中山修一著作集

著作集11 研究余録――富本一枝の人間像 

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『著作集11』PDFダウンロード (12.6MB)  更新日:2025年11月10日

はじめに――著作集11の公開に際して

ここに公開する著作集11『研究余録――富本一枝の人間像』は、次の三編によって構成されています。

 第一編 富本一枝という生き方――性的少数者としての悲痛を宿す
 第二編 富本一枝が愛した女――美貌と才覚の小林信
 第三編 伝記書法私論――批判と偏見を越えて

これまで私は、主として日英デザインの歴史を、個人のデザイナーとしては、とりわけウィリアム・モリスと富本憲吉を研究の対象としてきましたが、富本の研究を進めるにつれて、富本の妻である富本一枝(旧姓尾竹)という女性の生き方について興味を抱くようになりました。果たして富本一枝とはどのような女性だったのでしょうか。

確かに富本憲吉自身は、外的環境に左右されることのない、固有の内的な個性と天分を秘めていたでしょう。しかしながら、もし一枝に出会わなければ、あのような富本憲吉の生涯は存在しなかったかもしれません。一枝を知るということは、富本憲吉という特異な芸術家の存在様式にかかわっての、よりよい理解の手助けになる一方で、女性の生き方を規定するその時代固有の諸力について学ぶ、よい機会ともなります。

この研究は、富本憲吉研究の副産物といえるものです。また、私自身、女性史や家族史を専門とする研究者でもありません。この著作集11の表題の一部に「余録」の二文字を使った理由もそこにあります。

第一編は、富本一枝という生き方を性的少数者としての文脈から記述します。このテーマは、とてもデリケートな問題を含みます。それだけに慎重な筆運びが必要になります。目的にあった内容になっているか、過不足なく描かれているか、読者のみなさまのご批評を仰ぎたいと思います。

続く第二編では、奈良女子高等師範学校の生徒であった小林信というひとりの女性が、どのようにして富本一枝と親交を結ぶようになり、そしてそれが破綻へと至ったのか、その歴史的経緯について叙述します。おそらくトランスジェンダー男性であったであろう富本一枝と、性における多数者に属する女性で、美貌と才覚に恵まれた小林信とのあいだに生まれた、大正期のひとつの恋愛物語になります。

これまで私は、著作集3『富本憲吉と一枝の近代の家族(上)』、著作集4『富本憲吉と一枝の近代の家族(下)』、および、この著作集11『研究余録――富本一枝の人間像』の第一編「富本一枝という生き方――性的少数者としての悲痛を宿す」におきまして、富本一枝に関する生涯を描いてきました。ところが、その記述内容に対して、ある研究者から批判が向けられました。そこで私は、最後の第三編「伝記書法私論――批判と偏見を越えて」に、それへの再批判としての役割を担わせます。果たして妥当な反論になっているかどうか、その適否を読者のみなさまのご判断にゆだねたいと思います。




二〇二五年二月二〇日
厳冬を越えた阿蘇南郷谷の小さきわが庵にて
中山修一

目次

凡 例
一.本文中『 』は書名、雑誌名、新聞名を示し、「 」は論文や詩、記事等の表題を表わしている。また、強調すべき固有の事象についても「 」が用いられている。
一.本文中《 》は作品名を示し、〈 〉は建物の名称を表わしている。
一.本文中の【 】は図版の参照番号を指し示している。
一.引用文および引用語句内の[ ]は本著作集の著者による補足である。