いまや古典となっている、モダン・デザインの正当性を主張する立場に立ったデザインの歴史や理論に関する書物が、ニコラウス・ぺヴスナーやハーバート・リードのようなモダニスト・イデオローグたちによってあいついで出版されたのは、両大戦間期のことであった。それ以降、そこに記述されていた内容は、日本を含む多くの国々に影響を及ぼし、大きな力を発揮したが、六〇年代に入ると、デザインの近代運動への懐疑とともに、その支配力が薄れ、それに代わるデザイン史記述の新たな枠組みが模索されはじめた。その作業は、とくに英国の研究者たちによって積極的に進められ、一九七七年には、この分野の学術団体であるデザイン史学会が創設され、一九八八年には、その学会の雑誌である『デザイン史』がオクスフォード大学出版局から創刊された。
そうした新たな潮流のなかにあって、その先陣を切ったのが、一九八〇年に出版されたジョン・へスケット著『インダストリアル・デザイン』1【図一】であり、続いてエイドリアン・フォーティー著『欲望のオブジェクト デザインと社会 一七五〇―一九八〇年』2【図二】とペニー・スパーク著『二〇世紀のデザインと文化への招待』3【図三】が、一九八六年に出版された。ともに、モダン・デザインの発展史としての歴史記述から離れて、政治的、社会的、文化的文脈からデザインの歴史が語られていた。一九八九年にはジョン・A・ウォーカー著『デザイン史学とデザインの歴史』4【図四】が出版され、そのなかで、デザイン史記述の方法論が詳しく論じられた。さらに一九九二年には、キャサリン・マクダーモットが『デザイン史基礎』5【図五】を上梓した。この本は、産業革命からポスト・モダニズムまでの小史と、基本となる用語や概念についての詳細な解説でもって構成されていた。
一九八〇年代から九〇年代のはじめにかけての、このような入門書の刊行を起点として、デザインの歴史研究は刷新され、その後さらに新たな展開が推し進められていくことになる。
(二〇〇八年)
図1 John Heskett, Industrial Design, Thames and Hudson, London, 1980 の表紙。
図2 Adrian Forty, Objects of Desire Design and Society 1750-1980, Thames and Hudson, London, 1986 の表紙。
図3 Penny Sparke, An Introduction to Design and Culture in the Twentieth Century, Allen & Unwin, London, 1986 の表紙。
図4 John A. Walker, Design History and the History of Design, Pluto Press, London, 1989 の表紙。
図5 Catherine McDermott, Essential Design, Bloomsbury Publishing, London, 1992 の表紙。
(1)John Heskett, Industrial Design, Thames and Hudson, London, 1980. 翻訳書は、ジョン・へスケット『インダストリアル・デザインの歴史』榮久庵祥二+GK研究所訳、晶文社 1985年。
(2)Adrian Forty, Objects of Desire Design and Society 1750-1980, Thames and Hudson, London, 1986. 翻訳書は、アドリアン・フォーティ『欲望のオブジェ デザインと社会 一七五〇―一九八〇』高島平吾訳、鹿島出版会、1992年。
(3)Penny Sparke, An Introduction to Design and Culture in the Twentieth Century, Allen & Unwin, London, 1986. 翻訳書は、ペニー・スパーク『近代デザイン史――二十世紀のデザインと文化』白石和也・飯岡正麻訳、ダヴィッド社、1993年。
(4)John A. Walker, Design History and the History of Design, Pluto Press, London, 1989. 翻訳書は、ジョン・A・ウォーカー『デザイン史とは何か――モノ文化の構造と生成』栄久庵祥二訳、技法堂出版、1998年。
(5)Catherine McDermott, Essential Design, Bloomsbury Publishing, London, 1992. 翻訳書は、キャサリン・マクダーモット『モダン・デザインのすべてA to Z』木下哲夫訳、スカイドア、1996年。