この、著作集9『デザイン史学再構築の現場』の第六部「伝記書法を問う――ウィリアム・モリス、富本一枝、高群逸枝を事例として」は、「目次」にもありますように、以下の三つの編から構成されています。
第一編 伝記書法論(1)――モリスの伝記作家はその妻をどう描いたか
第二編 伝記書法論(2)――富本一枝の伝記作家はその夫をどう描いたか
第三編 伝記書法論(3)――高群逸枝の伝記作家はその夫をどう描いたか
私は、一九七四(昭和四九)年四月に教育学部美術科の助手として神戸大学に採用されました。それ以降定年退職までの三九年間、教育者としてはプロダクト・デザインの実技とデザイン史の講義を行なってきました。一方研究者としては、日英の近代のデザインの歴史を主として扱ってきました。そのなかで、個人のデザイナーとしては、とくにウィリアム・モリスと富本憲吉の思想と実践に関心を寄せ、さらには、それぞれの個人研究から派生して、妻である富本一枝とジェイン・モリスの生き方にも興味をもつようになりました。
二〇一三(平成二五)年三月に定年を迎えると、その後私は、南阿蘇(南郷谷)の小庵に移り住み、いまなお研究活動を続けています。こうしてこの地に移り、研究が進むにつれて、私は、郷土の偉人である高群逸枝や石牟礼道子らにも関心をもつようになりました。
そうした経緯を経て、私は、彼らについての伝記を書きました。以下が、それに相当するものです。
著作集3『富本憲吉と一枝の近代の家族(上)』
著作集4『富本憲吉と一枝の近代の家族(下)』
著作集6『ウィリアム・モリスの家族史』
著作集11『研究余録――富本一枝の人間像』に所収の第一編「富本一枝という生き方――性的少数者としての悲痛を宿す」
著作集14『外輪山春雷秋月』に所収の「火の国の女たち――高群逸枝、中村汀女、石牟礼道子が織りなす青鞜の女たちとの友愛」
これまでに以上のような伝記を書いた私は、その書法について、思いを巡らすようになりました。果たして、伝記書法とは、いかにあるべきなのでしょうか。この分野における先行する伝記を批判的に検証するなかにあって、あるべき伝記書法を考察したのが、ここに収められている三編の論考です。これもまた、私にとっての「デザイン史学再構築の現場」のひとつの事象なのです。適切なものになっているか、願うばかりです。
(二〇二四年初夏)