中山修一著作集

著作集9 デザイン史学再構築の現場

第四部 集録「訳者あとがき」

序に代えて

この、著作集9『デザイン史学再構築の現場』の第四部「集録『訳者あとがき』」を構成する各論稿は、巻末の「初出一覧」に詳しく記載していますが、かつて神戸大学に在職していた期間のなかにあって、一九八三(昭和五八)年から一九九七(平成九)年までのあいだに出版した六冊の翻訳書の末尾に添えるための「訳者あとがき」として書かれたものです。

私が大学院の学生であったころから神戸大学に職を得たころまでを振り返ってみますと、デザイン史を学ぶテクストとして利用したのは、その多くが翻訳書でした。ここから、近代デザインの歴史の概略的な枠組みを学び、アーツ・アンド・クラフツやアール・ヌーヴォー、ドイツ工作連盟やバウハウスなどの個別の運動や事象を知ることができました。そうした背景もあってか、いずれ私も翻訳書を手掛けてみたいという気持ちは、学問の世界へ入る当初からありました。決して斜め読みをするのではなく、一字一句を逃すことなく読破することにより、その書物のなかに書かれてあるすべての内容を自分のものとすることができ、あわせて、書中のすべての固有名詞を洗い出し、それらに適語適訳をあてることによって、今後書く自分の論文に、用語上の統一性を付与できるものと考えていたからです。つまり、自分に課した重要な勉強の手段が、翻訳という仕事だったのです。

最初の翻訳は、ヨーロッパ旅行中にたまたまロンドンの書店で見つけた『英国のインダストリアル・デザイン』でした。これにより、これまでほとんど知る機会のなかった、アーツ・アンド・クラフツ以降の英国デザインの近代運動の実相に接することができました。その後私は、伝記文学の形式に属する『ミケランジェロ』と『ウィリアム・モリスの妻と娘』を翻訳しましたが、ここではじめて、芸術家やその家族の物語(有名無名を問わず、ひとりの人間の生から死までを実証的に叙述した歴史)のもつおもしろさに気づかされました。また、別の翻訳書である『美術教育の歴史と哲学』は、産業革命以降の英国の美術教育の歴史を跡付けたもので、この訳業を通して、通史記述の醍醐味を感じ取ることができただけでなく、まさしく表裏一体の関係にある英国デザインの近代の歴史を、他方の側面から見つめ直すこともできました。さらに、『英国のインダストリアル・デザイン』に続く、『デザイン論――ミッシャ・ブラックの世界』と『デザインのモダニズム』の翻訳は、私自身のモダニズム観を強化し、その反面、そのモダニズム観に修正を加えるうえでの、またとない貴重な体験となりました。いまなおこのふたつの訳書は、デザインの思想や哲学を内省する際の私の座右の書となっています。このように、私が行なった翻訳は、大きく分けて、伝記、通史、およびデザイン史・デザイン論の三つの領域にかかわるものでした。

いま改めて思い返してみますと、私にとって翻訳を通して得られたものは、単に知識の範囲だけに止まるものではありませんでした。良質な洋書への対峙は、書物としての全体的な構想力の精緻さ、それにふさわしい資料渉猟の厳密さ、加えて、それらを十全に援用した文章表現の巧みさ、といったものへの開眼の場でもありました。こうした副産物が、その後の私の研究の隅々に活かされてきたことは申すまでもありません。翻訳という仕事は、ある意味で機械的で独創性からかけ離れており、大学にあっては研究者の業績としては必ずしも高く評価されることはないのですが、しかし私の場合は、目立たぬも、研究上の新鮮な血肉となり、強固な土台となって、いまに至るまで、心臓の鼓動のように全身に波打っているのです。

(二〇一八年師走)