中山修一著作集

著作集9 デザイン史学再構築の現場

第四部 集録「訳者あとがき」

第一話 『英国のインダストリアル・デザイン』の「訳者あとがき」

この本【図一】は、Noel Carrington, Industrial Design in Britain, George Allen & Unwin, 1976 の全訳である。

訳書題である『英国のインダストリアル・デザイン』は、原著題をそのまま訳したものである。書題を見る限りでは、広範囲な英国のデザインの歴史を扱っているように思われるが、実際に本書が対象としている範囲は、主として両大戦間にまたがる幾分狭い範囲で、内容的にはDIA(デザイン・産業協会)を中心に記述されている。おそらく著者には、DIAの歴史が近代の英国におけるインダストリアル・デザインの歴史であるとはいわないまでも、かなりの重い位置を占めているとの判断と自負があったのだろう。というのも、著者自身この期間のDIA運動に直接かかわった体験の持ち主であり、しかもそれをとおして、創設者や多くの主だった人たちと面識があったことを考え合わせれば、それも当然のことかもしれない。日本におけるDIAの紹介はまだ限られた極少数のものだけだが、確かに本書を読む限りにおいても、アーツ・アンド・クラフツ運動から離れ、機械文明におけるデザインの意味を問い、実践活動を行なったこの運動体の役割は決して小さくないことがわかる。そういう意味では、著者同様、DIAの歴史をイギリスの近代デザインの歴史と考えてもよいだろう。

一般に、どのようなデザイン運動においてもそのなかにユートピアが存在する。アーツ・アンド・クラフツ運動にはアーツ・アンド・クラフツ運動の、DIAにはDIAのユートピアが。それは、ものをつくる行為それ自体が、生活様式、さらに広くいえば文明のあり方を決定づける直接的な表現だからであろう。そのように考えれば、デザインという行為のなかには、実際にものを製作する行為と、生活なり文明なり生き方なりを思考する行為とのふたつの行為がかかわりあいをもちながら内包されていることが理解できる。それではDIAのデザイン上のユートピアとは何だったのであろうか。それは、一言でいえば、歴史様式に決別し、機械生産に立脚した生活様式を確立することであったといえるだろう。すなわちそれは、「産業と美術の結婚」であり、「目的への適合」ということになる。したがってその運動の歴史のひとつは、当然のことながら、その理想実現を阻止しているものに対するねばり強い闘いの歴史となってゆく。たとえば、形態上の問題としては「意味のない」装飾に対しての闘いであり、趣味(生き方や価値観という意味に近い)上の問題としては、無分別な時代物収集熱や偏った保存・保護運動に対しての闘いである。しかし一方では、ウィリアム・モリスから受け継いだ、製作品の「質」の問題や「労働に対する喜び」の問題などは、もちろん十分な問題の解決とまではゆかないまでも、合成材料に対する嫌悪感、工場労働における人間疎外への関心、企業の社会的責任の追及などといったかたちで継承しながら、今日のデザイン理論上の諸課題へと橋渡ししている。

DIAもそうだが、デザイン思想にユートピアが内在している以上、デザイン運動が現実批判につながってゆくことは避けられない。本書では、個人的行為に近いものであったにせよ、美観を損なうものに対するピーチの反対運動や戦後処理に対するピックの再建案などがその好例となっている。ふたりとも、美しい、調和がとれている、生き生きしている、といった芸術的観点を社会化することを行動の原理としている。「芸術の社会化」である。また一方、著者キャリントン自身も、複合建築やコンピューターなどの科学・技術に対して、人間中心の立場から否定的にとらえたり、目的を同じくするはずのデザイン団体間の主導権争いに対しても同様に無意味さを指摘したりしているが、これは、体制、組織、技術などの静的な社会的要素を芸術化(人間化)する観点からの批判と受け止められる。「社会の芸術化」である。「芸術の社会化」も、「社会の芸術化」も、結局のところは同根で、芸術と社会の一体化という理想になるだろう。

本書を通読すると、この理想が、DIAのデザイン思想を説明するにあたって、「美術」という言葉をあえて使わず避けて通ったその創設当初から、先駆者と呼ばれる人たちの頭のなかにあったことがわかる。この立場を継承し、今日のデザイン理論上の諸問題を考えた場合、装飾や機能などの形態論的なアプローチだけで終わるのではなく、企業の役割や倫理性、人間の労働の意味、科学・技術のあり方、さらにはデザイン教育の内容にまで及ぶ広範囲で全体的な哲学的アプローチが必然的に必要になってくるだろう。しかし、それもこれも、結局は生きる人間の趣味にかかわる問題であり、人間や生活や文明の価値の問題と切り離して考えることはできないのである。

ここで、この翻訳を進めるにあたっての経緯を述べておきたい。主に奇数章を中山が、偶数章を織田が下訳し、その後全訳稿を中山が加筆・訂正し、織田が確認した。その間、神戸大学教育学部の黒田健二郎教授には、親切にも、原文にあたって全訳稿に目を通していただき、誤訳や悪訳について数々の指摘をいただいた。このことは、はじめて翻訳を経験するわれわれにとって、計り知れないほど心強いものであり、このうえない勉強の機会となった。心よりお礼申し上げたい。もちろん、その最終的な責任が訳者にあるのはいうまでもなく、今後の識者のご指摘とご批判をいただき、さらに勉強を続けたいと思う。最後に、われわれの仕事の方向性、本書の内容を的確に理解され、翻訳の機会を与えてくださった晶文社、ならびに編集者の島崎勉氏にお礼の言葉を申し上げたい。

(一九八二年一二月)

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図1 『英国のインダストリアル・デザイン』の表紙。