中山修一著作集

著作集9 デザイン史学再構築の現場

第三部 デザイン史学を日本へ

第三話 新しい「デザイン史研究」を求めて

これまで日本において「デザイン史」がひとつの自立した研究領域としてみなされることはほとんどありませんでした。しかし、私の上の世代の少数の研究者たちによって、持続的にデザイン史研究が進められてきたことも事実です。彼らの研究の関心は、当然ながらヨーロッパの研究者たちの関心に倣ったものであり、近代的で民主的な方向へと社会が進歩するなかにあって、それにふさわしい生活様式の確立に寄与することになったオブジェクトのデザインがヨーロッパの歴史のなかでどう展開し成立したのかに注がれていました。つまり彼らの多くは、モダン・デザインについての、ないしはより広範なデザインの近代運動についての歴史的記述として「デザイン史」という学問を認識していたのです。

確かにそうした認識は、一九三〇年代から六〇年代の後半に至るまでヨーロッパにおいて強固な歴史観になっていました。それは、ニコラウス・ぺヴスナーやハーバート・リードなどのデザインの歴史家や批評家によって確立されてきた記述の伝統でもありました。しかし七〇年代に入り、モダン・デザインの実践と思想への懐疑が、ヨーロッパの社会と文化のなかにあって一段と強くなるにしたがい、デザイン史研究の刷新へ向けての議論もまた、活発に行なわれるようになったのでした。このことは、モダニズムのイデオローグたちがつくり上げていた従来の「モダン・デザインの系譜」についての歴史的記述の解体と再提示をおおむね意味していました。そうした欧米での論議を踏まえて、社会的、文化的、技術的文脈からのオブジェクト/イメージ(物質文化)の解釈に根拠を置く新しいデザイン史研究のフレームワークが八〇年代をとおして生み出されていったのです。

この時期から九〇年代にかかえて「デザイン史」や「物質文化」に焦点をあてた学術雑誌が欧米各国で次々と創刊されました。また、こうした研究成果は、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館とブライトン大学デザイン史研究センター(センター長はジョナサン・M・ウッダム教授)の共同プロジェクトに認められるように、世界的な規模でのミュージアムのコレクション・ポリシーの再構築を促していますし、すでにロンドンでは「デザイン・ミュージアム」が、マイアミでは「ウルフソニアン」といった物質文化系のミュージアムが誕生しています。現在、こうした学術の場やミュージアムのなかにあって、とくに近代産業社会の生産と消費にかかわって普通の人びとが体験したオブジェクト/イメージが、ナショナル・アイデンティティー、グローバル・プロダクツ、ジェンダー、ノスタルジア、モダニティーといった実に多様な視点から重層的に再解釈され、歴史のなかに再配置されようとしているのです。しかし残念なことに、日本にあっては、いまだこの種の研究とミュージアム活動は萌芽的状況に止まっており、若い人たちのこれからの研究成果が期待されているところです。

(一九九九年)

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図1 ブライトン大学(1996年)。

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図2 ブライトン大学のジョナサン・M・ウッダム教授(1996年)。

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図3 ブライトン大学デザイン史研究センターの資料閲覧コーナー(2002年)。