正確な過去の記憶が少しずつ薄れつつあるこのごろではあるが、新聞部での思い出となると、どうしてもあの失態が頭に浮かんでくる。それは広告原稿にかかわるものであった。
当時は、新聞の発行に先立って、掲載する広告の原稿を依頼主のところまで取りに行っていた。私が受け持ったのは、いまも上通にある老舗鞄専門店だった。お店に行き、次号の広告をお願いすると、快く承諾してくれた。原稿は、前号と同じ。
いよいよ新聞が刷り上がり、広告が掲載された一部をそのお店へもっていった。すると店主の方から、すかさず間違いを指摘された。店名の「〇〇かばん店」が、どういうわけか「〇〇かぱん店」となっていたのである。それでも、大目玉をくらうこともなく、さらには、あつかましくも、正規の広告料をいただくことになった。
それにしても、なぜ「ば」が「ぱ」に誤植され、それに気づかなかったのだろうか。前号と同一の広告ということで気のゆるみもあったのであろう、簡単な指示でもって印刷所に入稿してしまったことに加えて、丁寧な校正を怠ってしまったことが、こうした大失態につながったのである。釈明しようもない完全な私のミスであった。そして私は、店主の方のあの寛大な接し方に救われた。
それから何年かの歳月が流れて、私は大学に奉職した。自ら論文を書き、一方で学生が書く論文の指導をすることが、日々の生業となった。この間、執筆をしながら、また校正をしながら、高校時代の新聞部での失態が、ときどき頭を過ぎることがあった。思い返すたびに、恥じ入る気持ちにさせられる。
【初出:「新聞部での大失態」『卒業50周年記念誌』(熊本県立熊本高等学校 昭和42年[高19回]発行)2017年5月、28頁。】