中山修一著作集

著作集11 研究余録――富本一枝の人間像

第二編 富本一枝が愛した女――美貌と才覚の小林信

はじめに

周知のように、偉大な芸術家や著名な文豪などではなく「普通の人びと」がどう生きたのか、とりわけ「普通の女性」の人生がどうであったのか、それを関係する資料から読み解き、「歴史」のなかに再配置することが、今日的に歴史学に要請されている課題のひとつになっています。小林信は、まさにその「普通の女」のひとりに挙げることができるものと思われます。そこで、明治、大正、昭和の時代に生きたひとりの女性を、出生、教育、職業、結婚、出産、家庭生活、創作表現、加えてジェンダー/セクシュアリティーといった幾つかの指標となる文脈に沿って全体的に描いてみることはできないか、そういう思いのもと、とりあえず本稿におきましては、大正時代の奈良県における「小林信の学生生活と富本一枝との親交」という主題に限定したうえで、その様相の一端を女子教育と職業選択、あわせてジェンダー/セクシュアリティーという文脈から描写することにいたします。

そしてまた同時に、そのことと表裏をなして本稿は、富本一枝というひとりの女性の愛と性を巡る、あるいは、母親としての娘の教育にかかわる、一片の事例研究という役割を担うことになります。