他国に先駆けて産業革命を達成した英国は、その負の側面を修復する目的で一八三五年に「美術と製造」にかかわる特別委員会を下院に設置した。その遺産が、現在の王立美術大学とヴィクトリア・アンド・アルバート博物館であるのは、周知のとおりである。しかし、こうした美術教育への国家の介入にもかかわらず、二〇世紀の前半までの英国に「美術と製造」に関する明快な理論と実践が登場することはなかった。
この書評で取り上げるハーバート・リード(一八九三―一九六八年)の『芸術と産業――インダストリアル・デザインの原理』の初版が出版されたのは一九三四年のことであった。このときノエル・キャリントンは、「私たちは一〇〇年間待っていたといえるかもしれない」1とこの本を評し、さらに晩年には「この著書は、表現上あまりにも明快だったために、間違いなく、この国のデザイン運動全体にとってのひとつの新約聖書となった」2と回想している。確かに「芸術と産業」は、英国にあっては一九世紀から長い時間をかけて引き継がれてきていた、デザイン上の最重要課題であった。それへの二〇世紀的回答が、このリードの『芸術と産業』だったわけである。リードは、ウィリアム・モリスとその追従者たちを決然と断罪したうえで、ナチの弾圧によりバウハウスが閉鎖されると英国に亡命していたヴァルター・グロピウスが一九三四年にデザイン・産業協会で行なった講演録を引用し、「ここに述べられているグロピウス博士の理想を支持し、広めること、ただそれだけが本書における私の切望するところです」3と付け加えている。
しかし六〇年代になると、デザインにおける近代運動は厳しい批判にさらされていく。それに伴い、それまでニコラウス・ペヴスナー、ハーバート・リード、ルイス・マンフォード、ジークフリート・ギーディオンといったデザイン史家やデザイン批評家たちに共有されていた機能主義的理想も機械美学の神話も疑問に付され、両大戦間期において彼らによって「確立された批評の伝統を塗り替える」4作業が進行していく一方で、実践のレヴェルでは、禁欲的な「グッド・デザイン」が「ポップ・デザイン」、さらには「ポスト・モダン」の華美なるデザインへと置き換えられていくのである。モダニストたちにとっては、オブジェクトとイメージ、つまりは内容と形式は、一方が一方にとっての虚偽の化身であってはならず、同義でなければならなかった。しかし、「ポスト・モダニストたちにしてみれば、[こうした]全体論の強要こそが虚偽であるだけではなく、まさしく疎外の存在がこの線に沿って組織化されることになるのである」5。七〇年代から八〇年代にかけては、こうした理論的背景のもとに、聖なるものへの拒絶、束縛からの解放、権威や体制への不服従といった態度が、多様な表現の可能性を開花させていくことになるが、そうした異議申し立ての経路も、九〇年代には、新たな地球規模での課題――環境、資源、エネルギー、人口、食料などなどの問題群――に直面する。
リードは、『芸術と産業』において、新しい二〇世紀の社会的文化的価値を体現した人間を措定したうえで、そうした人間の生活にふさわしいデザインの原理を提示しえた。果たして二一世紀を迎えたこの時期、私たちは、リードに倣い、今日的な地球規模での問題群の解決に立ち向う人間像を描き切り、そうした人間が生きる生活とそれに必要なオブジェクトのイメージを提示しえているだろうか。そのような意味で、このリードの『芸術と産業』は今日的意義を保ち続けているのではないだろうか。
(二〇〇八年)
図1 Herbert Read, Art and Industry: The Principles of Industrial Design, 5th edition, Faber and Faber, London, 1965 の表紙。
図2 ハーバート・リード『インダストリアル・デザイン』(勝見勝・前田泰次訳、みすず書房、1957年)の表紙。
(1)See Robin Kinross, ‘Herbert Read’s Art and Industry: a history’, Journal of Design History, vol. 1, no. 1, Oxford University Press, 1988, p. 35.
(2)Noel Carrington, Industrial Design in Britain, George and Unwin, London, 1976, p. 149.[キャリントン『英国のインダストリアル・デザイン』中山修一ほか訳、晶文社、1983年、218頁を参照]
(3)Herbert Read, Art and Industry: The Principles of Industrial Design, 5th edition, Faber and Faber, London, 1965, p. 63.[リード『インダストリアル・デザイン』勝見勝・前田泰次訳、みすず書房、1957年、67頁を参照]
(4)Penny Sparke, An Introduction to Design and Culture in the Twentieth Century, Allen and Unwin, London, 1986, p. xxi.[スパーク『近代デザイン史――二十世紀のデザインと文化』白石和也ほか訳、ダヴィッド社、1993年、15頁を参照]
(5)Paul Greenhalgh (ed.), Modernism in Design, Reaktion Books, London, 1990, p. 18.[グリーンハルジュ編『デザインのモダニズム』中山修一ほか訳、鹿島出版会、1997年、20頁を参照]