中山修一著作集

著作集26 残思余考――すべては夢のなかから  おお、わが遥かなる彼岸よ

第一部 ウィリアム・モリスの「レッド・ハウス」訪問

四番目の夜 夫婦のあり方にかかわる日英の歴史的進化の比較研究は可能か

「高群逸枝のパーソナリティーの研究――親子関係、職業選択、気質、そして心的風景」に続いて「橋本憲三の生涯――ひとりの『フェミニスト男子』の誕生経緯」を書き終えた南郷草介は、少し疲れが出たのか、いつのまにか深い眠りに入ってしまいました。それでも草介は、そのまどろみのなかにあって、トプシーの住む英国と自分の母国である日本にとって何か共通する、男女のかかわり方に関する不思議な歴史的進化の側面に思いを馳せていたのです。

教科書に書かれてあるように、英国における産業革命は、一八世紀半ばころからはじまり、一九世紀の三〇年代ころまでに完成します。「革命」といっても、一瞬のうちに成し遂げられたのではなく、長い歳月をかけて進行し、その担い手は、主として技術者や発明家といった民間の人たちでした。ウィリアム・モリスが生まれた一八三四年は、ちょうど産業革命の終了期にあたります。

産業革命の本質部分は、いうまでもなく、機械による大量生産です。そのことは、手の労働を衰退させ、農村共同体を崩壊させ、都市化の進展を促しました。また、それによる資本主義の発展により、資本家層と労働者層のふたつの階層が形成されてゆきました。さらには、人の移動が促進されたり、環境が汚染されたりもしました。そうした全般的な社会変動は、ある人びとにとっては利益につながるものでありましたが、別の人たちにとりましては、耐えがたい過酷な生き方を強いる元凶になりました。この状況下から、社会主義は誕生します。

一方、日本の産業革命は、英国から大きく遅れて、日清・日露のふたつの戦争から第一次世界大戦へと向かう時期に展開され、国家主導のもと極めて短期間のうちに成し遂げられました。高群逸枝の最初期の詩集である『日月の上に』と『放浪者の詩』が刊行されるのが一九二一(大正一〇)年で、日本における産業革命後の新たな社会と文化の出現時期と重なります。

続く昭和期にあって、逸枝は、これまでの詩人、そしてアナーキストという立場から越境して、女性史学を対象とする研究者の道へと転じます。逸枝はなぜここへ来て、詩人やアナーキストとしての活動からさらに一歩前に踏み出し、男性社会においてそれまで見向きもされなかった、いかにしてこれまで女性たちは生きてきたのかという歴史的主題にかかわって、学問として秩序立てて記述しようとする、黎明期の学術世界へと身を投じたのでしょうか。幼少期から内在する本人の熱い思いがあったことはいうまでもありませんが、夫である橋本憲三の強い勧めによるものであったこともまた間違いありません。明らかに、旧来の夫婦のあり方に変化が生じているのです。しかしながら草介には、この変化にあっては、逸枝と憲三の一組の夫婦に帰される特殊固有の理由だけからでは説明がつかない、両人さえも気づいていなかったかもしれない、もっと大きな世界史的な、あるいは文明史的な背景が潜んでいるように感じられるのでした。

実際、すでにそれと部分的に類似した行動をとっていた、先例となる夫婦が一九世紀の英国に存在しました。ウィリアム・モリスとその妻のジェイン・モリスのカップルです。英国の産業革命後の新しい社会、文化、政治の状況下において、詩人、そしてデザイナーから出発して革命的社会主義の道を歩み、ユートピアン・ロマンスの作家として、「ジョン・ボールの夢」において「過去」の、「希望の巡礼者たち」において「現在」の、さらに加えて「ユートピア便り」において「未来」の、かかる時空の人びとがどう生きていたか、あるいは、どう生きようとしているのか、社会主義世界の歴史的諸相の一端を現前化させたのがモリスでした。一方、その妻のジェインは、モリスの親友で画家のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティのモデルとなって、その職業を誇りに思い、そして同時に、根気を要する刺繡に自らの天分を見出して生きてゆきました。

モリスとジェイン、逸枝と憲三、このそれぞれの夫婦のあり方をつぶさに比較考量するならば、英国と日本の地域差、一九世紀と二〇世紀の時間差を超えて、男女関係にかかわる歴史的な進化の過程のなかで発生した、ある種共通する事例の存在を発見することができるのではないかと、いま草介は直感するのでした。

男か女かどちらかの、個別の研究や伝記は過去にありました。その限界を超えて、いまや遅ればせながら、男は女にどう接したのか、女は男をどう見たのか、男女の、あるいは夫婦の関係にかかわる研究や伝記がやっと胎動してきているのです。しかしながら、その一方で、日本と他国の夫婦や男女にみられる行動の内実と差異とを対象とした比較研究は、草介の知る限り、いまだ見出せません。

「新しい女」はどこから生まれたのか。「フェミニスト男子」はいかにして誕生したのか。そのカップルは、どのような夫婦関係を、あるいは、いかなる男女関係を築いて生きていったのか。それを主題にした日英の近代の夫婦の比較研究が、自身の次の研究のステップになりはしないかと、ベッドのなかにあって草介は、見果てぬ夢と関心とを相手に、しきりと格闘していたのでした。夫婦の文明史、あるいは男女関係の人類史、そうした学術の地平は、果たして存在するのだろうか。その可能性に思いが到達したところで、東の空が白み始めました。

(二〇二六年三月)