これまで南郷草介が関心をもって研究してきたのは、詩人であってデザイナーで、そして政治活動家としても知られる一九世紀英国の著名人ウィリアム・モリスについてでした。モリスはまた、自身のデザイン会社である「モリス商会」を運営する経営者であり、さらには、古建築物保護協会を中心に活動する環境保護運動家でもありました。このように実に多彩な顔をもち、世界中にその名が知れ渡った出色の人物こそ、モリスその人でした。
この夜、草介のまどろみのなかにあって映し出されたのは、ロンドン郊外のアプトンの地にそそり立つ「赤い家」と呼ばれるモリスの二階建ての邸宅でした。若いころ草介は、何度かこの「赤い家」を訪ねており、いわば彼にとっての曽遊の地でありました。この豪邸は、ジェイン・バーデンとの結婚に際してモリスが、友人で建築家のフィリップ・ウェブに依頼して設計させたもので、赤いレンガ造りであったために「赤い家」と呼ばれ、広い庭と幾つもの居室を備えていました。また、この家の壁や天井に施された装飾、あるいは置かれている家具やガラス器は、すべてモリスとその仲間たちの手によってデザインされ、建設当時この屋敷は、ゴシック様式の大聖堂になぞらえて「芸術の殿堂」として賞賛されました。
玄関を入ると、モリスが待っていました。「やあ、ソースケ」と、モリスが声をかけると、「久しぶり、トプシー」といいながら、ふたりは固いハグを交わしました。モリスは、その髪の毛が、まとまりのつかないウエイヴのかかった形状をしていたので、仲間内にあっては「トップ」とか「トプシー」とかの通り名で呼ばれており、それに倣って草介も、「トプシー」と呼ぶのが慣例となっていたのです。
「ソースケがここに来るのは、何年ぶりになる?」と、トプシーが尋ねると、草介は室内や天井を懐かしそうに見渡しながら、「ううん、五〇年以上前のようでもあり、昨日のことでもあるような……」と応じます。続けてトプシーは、「承知のように、この家は『赤い家』と呼ばれているんだけれど、聞くところによると、ソースケの国には『黒い女』がいるそうではないか。人の知るとおり、私も熱心な政治活動家で、ネッドの妻で、互いに信頼しあう数少ない女友だちだったジョージーに宛てて出した手紙のなかで、自分のことを『半ばアナーキスト』と書いたこともあったんだが、アナ―キストたちが使用する旗の色が『黒』なんだよなぁ。その『黒い女』もアナーキストなのかい」。「そう、その女も、正真正銘のアナーキストでした。それに、アナーキストを宣言する前は、トプシーと同じように、何と、詩人だったんだよ」。「へえー、それはなおさらおもしろいね。詩人でアナーキストか、親近感湧くねぇ。どうだいソースケ、一度その『黒い女』について、私にレクチャーしてくれないか」。
(二〇二五年一〇月)