それから何日かが立ったある夜、南郷草介は再び「赤い家」でモリスと対面していました。モリスは、前に草介に依頼していた「黒い女」の話を聞くのを楽しみにしていたようです。
「ソースケ、さっそくだけど、例の『黒い女』についてレクチャーしてくれないか」。「いいですよ、その『黒い女』は、本名を高群逸枝といいます。彼女が三六歳のときに出版した本が『黒い女』というタイトルの本で、それまでの自分が生きてきた道程を書き表わしたものなの。まあ、自叙伝的小説とでもいうのでしょうか。刊行は、ちょうど彼女が、無産婦人芸術連盟を設立し、主宰者となって『婦人戦線』を発刊しようとしている時期に重なります」。
「ほう、その高群女史だが、そのとき彼女は、私のことを知っていただろうか」。「私もその点が気になって、少し調べてみたんですが、驚くべきことに、トプシー、あなたの News from Nowhere を読んでいたことがわかったんだよ」。「そうか、興味深いね。それで彼女は、私の本についてどう書いている?」。「News from Nowhere が出てくるのは、『黒い女』の四年前に出た『戀愛創生』という本のなかなんだ。どうやらこの本を書くに当たって、日本における直近の News from Nowhere の翻訳書である『無何有郷だより』を読んでいたらしく、逸枝は、『戀愛創生』のなかで、こういっているので、いま、そのまま引用するよ」。
ウイリアム・モリスの「無何有郷だより」をみると、多くの子供達が、そこでは、自由な生活をして、森から丘へと遊び戯れてゐる。そこには學校といふものはない1。
「このなかの『子供』を『女性たち』に、そして『學校』を『家庭』に置き換えて読み直してみると、こうなるのだが……」といいつつ、草介は、次のように表現してみせました。
多くの女性たちが、そこでは、自由な生活をして、森から丘へと遊び戯れてゐる。そこには家庭といふものはない。
続けて草介は、こう言葉を継ぎます。「トプシー、このとき逸枝が発見した、あなたの描くユートピアは、彼女自身の魂に宿す理想世界と完全に一致したのではないかなぁ!と、私は思っているのです」。それを聞いて、トプシーは、「ううん……そうか」と大きく呼吸をして、うなずきました。
間違いなく、草介の目には、トプシーが逸枝に関心をもったことが見て取れました。そこで草介は彼にいいました。「逸枝はアナーキストとして活躍したあと、日本で最初の女性史学の研究者として身を起こし、『女性の歴史』(全四巻)を著わすのだが、夫の橋本憲三は、生前の逸枝の言葉として、このようなことを書き記しているのだよ。以下に引用してみるね」。
日記一巻と追加研究一巻とができ上ったら、「過去の紙くず」は一切焼いてしまって、また新しい出発をしましょう。あたたかいところに行って、そこで私は『女性の歴史』で書けなかった未来像を叙事詩のかたちで描くでしょう。たぶん私の最後の詩篇となるでしょう2。
「トプシー、あなたはこの文をどう読む? 私には、最晩年には、暖かいあの熊本の『火の国』に帰郷して、トプシーに倣って News from Nowhere を書きたいという、見果てぬ夢を語っているように、読めるんですが」。「なるほどね、それだったら、女性の過去と現在の姿に続く、解放のための闘争に立ち上がった女性たちのその後の未来社会を描くことになるんだね」。「私も、そういう思いが逸枝にあったように思います」。「ところで、高群女史は、ソースケと同じ、熊本『火の国』の生まれかい」。「はい、そうです」。「ソースケもそうだけど、彼女も情熱的だったのだろうねぇ。それで、その本は世に出たのかい」。「いいえ、残念ながら、刊行されることなく、逸枝は世を去ってしまいました」。「そうだったのかぁ。本当に残念だね。ぜひとも読んでみたかったなぁ。しかし、詩人にしてアナーキスト、そして女性史学者、何と豊かな才能の持ち主なんだろう」。「本当にそうですね」。
「ソースケ、今日のレクチャーはとても感動的だったし、さらにどうしても知りたいことがいま私を襲ってきたよ。それは、詩人、アナーキスト、そして女性史学者の三つの活動を結び付ける、糸のようなものが存在するかどうかなんだけどねぇ」。「そうそう、あなたについては、詩人、デザイナー、社会主義者を結ぶ糸を、世界の研究者がいま必死に探し求めています。トプシーと逸枝には何か共通するものがあるのかもしれませんね」。「そうなんだよ、それが判明すれば、もはやイギリスも日本もないね。地域と時間の差こそあれ、まさしく人類史における発芽がこの時代に起きているんだよ」。「私もそう思います。そうなれば、日英の赤と黒のブルースといった感じですね」。「ソースケ、私が、‘How I became a Socialist’ を書いたのは知っているよね、そこで尋ねるんだが、ソースケ、『いかにして私は詩人、アナーキスト、女性史学者になったか』を書いてみる気はないかね。とりわけ高群女史の性格とか精神世界が知りたいね」。「私にできるだろうか?」。「大丈夫だよ。ソースケ、私のモットーが、ヤン・ヴァン・エイクに倣った『私にできますならば』であることはよく知っているよね。私のこのモットーを、ソースケも使ってくれないか。期待して待っているから、今度会ったら読ませてくれたまえ」。
ここで目が覚めると、来る日も来る日も、草介は机に向かいました。こうしてできたのが、「高群逸枝のパーソナリティーの分析――親子関係、職業選択、気質、そして心的風景」でした。今度夢でトプシーに会ったら、ぜひ見せたいと、草介は思いました。
(二〇二五年一〇月)
(1)高群逸枝『戀愛創生』萬生閣、1926年、253-254頁。
(2)橋本憲三「三つの言葉 ✳後記にかえて」『高群逸枝全集』第一〇巻/火の国の女の日記、理論社、1970年(第4刷)、483頁。