南郷草介は、阿蘇の森のなかに隠棲して研究を続ける、どの組織にも属さない、いわゆる独立研究者です。彼の日々の暮らしは、生活をすることと勉強をすることで成り立っています。「生活をすること」とは、町へ下りていって買い物をしたり、銀行や役場で用事をすませたり、家にあっては炊事や洗濯、掃除や庭いじりをすることを意味します。一方の「勉強をすること」とは、いうまでもなく、机に向かって資料に目を通したり、論文を執筆したりすることを意味し、ときおり、大きな町まで出かけては、図書館で調べ物をすることもあります。そこには、土日も休日も、正月や盆の休みもありませんし、旅行や外食のような娯楽も伴いません。このように草介の生活は、規則正しいといえば、まさしく機械のように狂いがなく、単調といえば、これまた機械のように極めて単調なのです。しかしながら、時計の針の刻みにも似た日常の正確な営みから一瞬はみ出すことも、ときにあるのです。それは、夜、夢のなかで見る非日常の世界を体験することでした。そこには、昼間の意識の領域とはまったく異なる、何に遭遇するかわからない、実に想像を超えた、未知なる世界が横たわっています。草介は、昼の生活と勉強だけでなく、夜の夢劇場に自分が立ち会うことにも、密かな楽しみを感じる人間でした。夢の内容は、そのほとんどが、昼間の勉強の延長上にある映像であり、物語であります。これまでに、執筆の出来事から刺激を受けて、遠くかなたの宇宙へと飛び立ったこともありましたし、執筆の登場人物と居残りをして、延々と話に興じたこともありました。
ある日、草介は、そうした夢のなかで起こった事象を書き止めようと考えました。といいますのも、翌朝目が覚めれば、そのほとんどすべてが、何もなかったかのように雲散霧消するのが常だったからです。これから書くのは、草介の夢日記とでも呼べるものです。ここまで筆を進めると、彼は、少し安心したようです。眠気が襲ってきました。さあ、今夜は、どんな夢を見ることになるのでしょうか。期待を胸に、まぶたが重なりました。「それでは、おやすみなさい」といったまま、草介は、まどろみのなかへと入ってゆきました。
(二〇二五年一〇月)