中山修一著作集

著作集1 デザインの近代史論

第二部 デザイン史学とミューゼオロジーの刷新

第五章 ミュージアムにおけるヴァーチャル・リアリティー

さきほどご紹介にありました神戸大学の中山でございます。私の研究領域は「デザイン史」という分野です。そしてこれまで私は、デザイン史の研究成果をミュージアムという場においてどのように見せていったらよいのかという、デザインのミューゼオロジーについても、また一方で大変関心をもってきました。そこで今日は、次の三つの点から話題を提供させていただきたいと思っています。

第一点として、デザイン史とはどのような学問なのかということに関しまして、まずご紹介したいと思います。次に二点目として、日本を含めまして、世界的な文脈にあって、デザインのミュージアムはいまどのような活動を展開しているのかということにつきまして、ご報告させていただきたいと思っています。そして最後の三点目として、今後デザインのミュージアムにおきまして、コンピュータ技術がどのように導入されることによって、どのような活動が可能になっていくのかを少し展望してみたいと考えています。

それでは一点目としまして、デザイン史とはどのような学問なのかということに関しまして、ご紹介させていただきます。と申しましても、デザイン史は、美術史や建築史と比較しまして、まだその研究の歴史は極めて浅く、これまで日本において「デザイン史」がひとつの自立した研究領域としてみなされることはほとんどありませんでした。その理由は、デザイン教育を担う造形芸術系の大学では、戦後の経済の発展に歩調をあわせて、有能なデザイナーを養成することに主眼が置かれ、デザイン史研究を含めたデザインの学問的研究がおおむねないがしろにされてきたことに起因していました。しかしそうした状況が日本にあったにもかかわらず、それまで私の上の世代の少数の研究者たちによって、持続的にデザイン史研究は進められてきていました。彼らの研究の関心は、当然ながらヨーロッパの研究者たちの関心に倣ったものでありました。つまり、近代的で民主的な方向へと社会が進歩するなかにあって、それにふさわしい生活様式の確立を促すことになったオブジェクトのデザインがヨーロッパの歴史のなかでどう展開し成立したのかというテーマにとくに関心が注がれていました。したがいまして、彼らは、多かれ少なかれモダニズムというイデオロギーに支えられたモダン・デザインについての歴史記述として「デザイン史」という学問を認識していたのです。

確かにそうした認識は、一九三〇年代から六〇年代後半に至るまでヨーロッパにおいて強固な歴史観になっていました。しかし七〇年代に入ると、モダン・デザインの実践と思想に疑問が付されるようになり、いわゆるポスト・モダン的状況が現れてくることになるのです。

こうして新たに生まれた状況は、従来の歴史記述の刷新を要求しました。いわゆる「新しい歴史学」の要請です。このことは、「デザイン史」の場合についていえば、モダニズムのイデオローグたちがつくり上げていた「モダン・デザインの系譜」についての歴史記述の否定を意味しました。そして、それに代わる新しいデザイン史の記述スタイルが七〇年代から八〇年代をとおして欧米の研究者のあいだで激しく論議されるようになったのです。その結果「デザイン史」は、社会的、文化的、技術的文脈からオブジェクトとイメージの解釈、つまりは視覚文化と物質文化の歴史的分析という新しい学問上の基盤を獲得し、多くのデザイン史研究者が大学やミュージアムで活躍の場を得るようになったのです。英国にあっては、その学問の発展は他国に比べて著しく、一九七七年にデザイン史学会が創設され、さらに八八年からは、その学会誌が年四回オクスフォード大学出版局から刊行されるようになりました。こうしてデザイン史という学問は、次第にその地歩を固めるに至ったわけであります。

次に話題の二点目としまして、日本を含めた世界的な文脈にあって、デザインのミュージアムはいまどのような活動を展開しているのかということにつきまして、概略的なご報告をさせていただきたいと思います。これまでの説明からもご判断いただけますように、デザイン史という学問は、大変新しいディシプリンであるわけです。しかし、それにもかかわらず、近年欧米を中心として著しい研究の成果が認められるようになりました。されにミュージアムにおいてもその成果を次第に取り入れようとする傾向が見受けられるようになりました。ここで具体的なミュージアム・レヴェルでの新しい傾向をご紹介する前に、そうした傾向の背景に、次のようなミュージアムに対しての社会的要求があることも見逃すことはできないと思われますので、先にその点につきましてお話をさせていただきたいと思います。

これまで、ミュージアムといいますと、芸術家の作品へのアクセスの場としての美術館が一般に機能してきました。しかしこの二〇年ほどのあいだに、とくに欧米においては、産業革命以来の一九世紀と二〇世紀の生活文化や視覚・物質文化がどのように生み出されてきたのかという知的欲求が顕在化し、そのことがミュージアムへと波及しているのです。著名な芸術家の作品を鑑賞することだけでは、今日私たちが生きている二〇世紀の文化や生活を理解することはできません。そのことをよりよく理解するためには、当然ながら、私たちを取り巻いている物質環境へ目を向けなければなりません。それらはすべて、私たち普通の人間によってデザインされたものなのです。そして、クルマや家電であれ、あるいはファッションやポスターであれ、それらのオブジェクトのデザインには、実は、その時代の社会的、経済的、技術的、文化的エレメントが刻み込まれているわけでありまして、その総体が、その時代を生きた人びとが生み出した文化と考えることができるのです。このように考えてみますと、一九世紀以来の大衆的な社会と文化の状況を歴史的に検証しようとした場合、デザインが重要なキーワードとなることが判明してきます。そして、それと同時に、今日の私たちが何を生産し、何を消費して、どのような生活様式をつくり上げてきたのかを検証する場としての、つまりは視覚文化と物質文化を分析する館としての新しい機能をもったミュージアムがいま求められている理由も、ご理解いただけるのではないかと思います。

それでは、話をもとにもどしまして、そうした目的をもったミュージアムや展覧会活動の現状についてお話を続けさせていただきたいと思います。デザインのミュージアムにおいてどのようなオブジェクトをコレクションし、展示するのかは、多くの場合デザイン史の研究成果を待たなければなりません。したがいまして、デザイン史という学問がいまだ初期の発展の段階にある現状では、デザインのミュージアムも、残念ながら、決してそれ以上のものではないのです。しかし幾つかの萌芽的な動向をご紹介することは可能です。世界的に見て、デザインの展覧会の初期の成果は、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館で一九八一年以降定期的にボイラーハウス・プロジェクトの手によって開催された展覧会によるものでありました。このなかには、「売るためのイメージ」とか、「若者文化」とか、「ソニー」や「コカコーラ」と題された展覧会のほかにも、フォードの「シアラ」というクルマがどのようなプロセスによって生み出されたのかを検証した展覧会も含まれていました。こうした一連の活動の実績を踏まえて、ロンドン東部のテムズ川の河畔に「デザイン・ミュージアム」が一九八九年に開館しました。おそらくこれが、世界で最初のデザインのミュージアムということになります。

一方、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館にも、常設展示空間として一九九二年に「二〇世紀ギャラリー」がオープンしました。ここでは、七つの主題のもとに今世紀のデザインの歴史が検証されていますし、現在、このギャラリーのための独自の建物の建築構想も進んでいるところです。また、ご承知のように、フランスでは、パリ装飾美術博物館やポンピドゥー・センターがこの分野の研究に力を入れていますし、アメリカでは、ニューヨーク近代美術館やクーパー=ヒューイット国立デザイン・ミュージアムが有名で、最近ではさらに、マイアミ・ビーチ(フロリダ)に「ウルフソニアン」というデザインのミュージアムが完成し、その開館記念展覧会である「モダニティーをデザインする」という展覧会が現在世界を巡回しているところです。

日本では、ポスターのコレクションを中心にすえた大阪のサントリー・ミュージアムや工業製品に力を注いでいる、名古屋の国際デザインセンターの「デザイン・ミュージアム」などが、あるにはありますが、そうした活発な世界の動向からすれば、日本はすいぶん遅れを取っています。たとえば、二年前に大阪のサントリー・ミュージアムで戦後の日本の工業製品を集めた「メイド・イン・ジャパン」展が開催されましたが、もともとこの展覧会は、「日本のデザイン――一九五〇年以降の通覧」というタイトルのもとにフィラデルフィア美術館が企画し、その後主だったヨーロッパの都市を巡回し、最後にやっと日本に受け入れられたという事情をもつ展覧会だったわけです。いまや、日本の研究機関やミュージアムにおいても、工業製品やファッション、ポスターや漫画、写真や広告といった、私たちが実際に体験する生活文化や視覚・物質文化に対して積極的に目を向けることが急務になっているのではないでしょうか。

すでにイギリスでは、今年からヴィクトリア・アンド・アルバート博物館とブライトン大学デザイン史研究センターの連携のもとに、工業製品のコレクション選定に関する研究プロジェクトが政府予算を伴ってスタートしました。これは、五年間の期限を限定したプロジェクトですが、二〇世紀の物質文化を構成するオブジェクトとして、どのような研究成果に基づいて何が選択され、公開展示のためのどのような方法論が生み出されるのか、世界の関係者がいま見守っているところです。

それでは最後になりましたが、三番目の話題としまして、今後デザインのミュージアムにおきまして、現物のコレクションや展示とは別の次元として、コンピュータやヴァーチャル・リアリティーの技術が導入されることによって、どのような活動が可能になっていくのかを四つの観点から展望してみたいと思います。

コンピュータを駆使してまず達成しなければならない第一点は、人間が生み出したオブジェクトについての戸籍簿のようなものの作成です。この場合、デザイナーの名前や全体の形状を表わす画像だけでなく、外形やパーツやアッセンブリーの図面、さらには価格や生産数なども重要なデータとなります。こうしたデータベースは、いつ、どこで、どのような生産技術のもとに、どのような形状をしたオブジェクトが生み出され、その当時の社会や生活や文化にどのような影響を与えたのかを知るための基礎的データということになります。そして世界のミュージアムや研究機関だけでなく、個人レヴェルでもデータへのアクセスが可能にならなければなりません。

二点目は、デザインの決定プロセスを追体験するための技術の導入です。これまでのミュージアムにおいては、現物の作品を単縦列に配置するだけで、どのようにしてその形状が生まれるに至ったかにつきましては、ほとんど情報が与えられておらず、ブラック・ボックス化していました。過去のオブジェクトについて、どのような社会的、技術的、文化的要因が複合し合って、その形状や色や装飾が決定されていったのかを追体験できるようになれば、まさしく私たちは物質世界の生命の誕生に立ち合うことができるようになるのです。

いま申しました二点目は、人間がオブジェクトを生み出す生産についての技術とデザインの追体験に関したものでありましたが、三点目としましては、過去の物質環境のもとで人間が営んだ生活を追体験することが要求されると思います。たとえば明治村や江戸東京博物館などがそのような装置の楽しみを与えてくれていますが、ヴァーチャル・リアリティーの技術がさらに発展すれば、どの時代のどのような生活も自由に疑似体験することができるようになるだけではなく、その疑似空間とのさまざまな感性レヴェルでの交感も可能になるものと考えられます。

最後の四点目は、過去の追体験ではなく、未来の生産や生活様式のシミュレイションです。いまデザイナーがデザインしているものは、一年後や数年後に社会に現われることになるオブジェクトです。そうであるならば、そのようなデザインの総体としての未来の物質環境をいまのこの時点で私たちが仮構の世界として体験することは可能であると思われます。現実に即した未来の生活をあらかじめ体験することによって、誰もが未来を批判的に分析することが可能になり、人間の今後の生存にかかわって、あるべき様式を多元的な視点から検討することができるようになるのです。

以上の四つの点が、コンピュータとヴァーチャル・リアリティーの技術の発展に寄せるデザインのミューゼオロジーからの期待ということになりそうです。

大変大雑把ではありましたが、これまで私は、学問としてのデザイン史の発展過程、デザインのミュージアムの現状、そして最後に、この分野のミュージアムにおけるヴァーチャル・リアリティーの可能性につきまして話題を提供させていただきました。ありがとうございました。

(一九九八年)