「デザイン・ミュージアム」は、東西の名作を展示した美術館でも、貿易の振興をはかるための国際見本市会場でも、自社製品をピーアールするためのショウルームでもない。
そもそもデザインとは、人間の創造的な生産プロセス全体を指し示し、同時に、そうした生産活動の結果生まれることになる〈もの〉と〈環境〉の総体を意味している。しかも今日においては、デザインは単に〈もの〉や〈生産〉の問題に止まらず、実際にはそれが人びとの生活や行動と強く結び付くことによって広く〈文化〉それ自体の形成を促す推進力として存在するに至っている。
したがって、将来に向けて私たちが人間らしい真の〈文化〉を創造し、享受することができるかどうかは、ひとえに〈デザイン〉のもつ本質的な意味とその社会的機能をどれだけ私たちが理解し、知的財産として共有することができるかに依存しているといっても決して過言ではないだろう。「デザイン・ミュージアム」は、まさしくそうした文脈にあってその使命を果たしていかなければならない。
「デザイン・ミュージアム」とは、〈デザイン〉の文化的意義と社会的機能について、その過去を検証し、その現在を分析し、さらにはその将来をも展望する、新たに用意された館であり広場なのである。「デザイン・ミュージアム」の業務内容は下記の五つに大別することができる。
(1)調査研究および資料収集 (2)常設展示のテーマの設定と管理 (3)特別企画展の展開とリヴュー・コレクションの選定 (4)リファレンスおよびライブラリー業務 (5)その他の関連業務
これら五つの業務は常に有機的に関連づけられる必要があるのと同時に、デザイン史の研究成果を踏まえた学術的基盤に基づいて推進されなければならないだろう。それぞれの業務にかかわる提案内容の概略は以下のとおりである。
デザイン史の視野に立ち、学術的整合性のもとに広くデザインに関する調査研究を進める一方で、それを例証するにふさわしい、スケッチ、図面、モデル、完成品、文書記録といった一次資料の収集および保存を行なう。さらにこれらの一時資料は、一定のテーマにしたがいながら、図面、スライド、ヴィデオ、特殊映像ファイル、各種インデックスといったさまざまなメディアに加工し、二次資料として蓄積していく必要がある。またこの二次資料に関しては、複製し市販されてもよいだろう。
この調査研究および資料収集業務で得られた知識や情報は、『年報』や『研究紀要』(ともに仮称)としてまとめられ、広く一般に公開することが考えられる。そのためにも、デザイン史に関する高い学識と見識を身につけた人材をキュレイターとして集めることが急務となるものと思われる。
これまでの論議に従い、常設展示のテーマとして「日本デザインの歴史――幕末・明治から近未来まで」を設定し、「デザインはどのようにして生まれ、社会にどう貢献したのか(デザインの意味と社会的役割)」について、新たに開発された展示手法に基づいて、時代ごとに、しかも物語性と統一性をもたせながら例証することにしたい。
断片的な歴史資料や書籍は別にして、このテーマのもとに公刊されている十全な研究書ないしは展覧会カタログが現在のところ見当たらない以上、第一歩からこのテーマについての調査研究を行なう必要があり、調査研究の進め方としては、大きく分けて次の三つの段階が考えられうる。つまり、「史料の収集とその分析」の段階、それに続く「時代区分と物語性(主題化と分節化)の検討」の段階、そして「コレクションの選定と収集」の段階である。
「史料の収集とその分析」の段階では、史料は、デザイン史研究における対象と方法論を念頭に置きながら、幅広く収集されなければならない。そのためにはまず、プロダクトのインデックス化をはかる必要があり、これは将来、プロダクトの「基本戸籍台帳」となるものである。この史料の収集の作業については、かなりの膨大な時間を要するだけではなく、ミュージアム開館後の貴重なデータベースとして生かされなければならず、現段階で、史料の収集と整理に必要な予算措置も含めて、専任のキュレイターを採用されるのが望ましいものと思われる。
次に「時代区分と物語性(主題化と分節化)の検討」へと進む。まず、収集された史料はデザインの歴史研究の観点から分析が加えられ、扱う歴史範囲である「幕末・明治から近未来まで」について幾つかの時代に区分される必要がある。次に、区分された各時代はそれぞれに主題が設定され、さらにはその主題は小さく分節化されることになる。歴史書にたとえれば、主題が「章題」に、分節された項目が「節題」に相当する。そして、ここで区分された各時代がそれぞれのギャラリーを受け持ち、常設展示の全体は、こうしてできた各ギャラリーを連続させることによって一貫性と物語性をもたせながら構成されることになる。
そこで、理解を助けるために、ひとつのモデルとして、【図表一】を参照していただきたい。これは、史料の分析の結果、六つの時代区分が妥当であると判断された場合のモデルであり、主題も仮のものとして設定されている。また分節項目としては、「デザイン概念の導入」という主題が適切であるとの仮定に立って、その主題が分節化された場合、たとえば次のようなものが考えられるかもしれない。
(1)戦後の生活と物質 (2)GHQによるデザインの依頼 (3)海外のデザイナーへのデザインの依頼と啓蒙戦略 (4)国と行政の役割 (5)インダストリアル・デザイナーの登場 (6)産業界のデザイン業務の導入 (7)デザイン事務所の設立とその活動 (8)デザインの職能団体と学術団体の設立 (9)デザイン教育の導入 (10)民間団体によるデザイン・コンペの実施
「時代区分と物語性(主題化と分節化)の検討」が終了すると、その後「コレクションの選定と収集」の段階へ入る。当然ながら、コレクションの収集にあたっては、上記の調査研究の結果を踏まえて、各時代の主題と分節を例証するにふさわしいものを選定することになるであろうが、そうした枠組みのなかにあって、さらに幾つかの選定基準を設定することも可能であろう。
(1)独創的な造形思考の発展による斬新な様式性をもつもの (2)革新的な技術開発の成果に基づく有効な便益性をもつもの (3)生活様式の変革や経済活動の発展に大きく寄与した社会的意味性をもつもの
たとえば、以上のような諸点が考えられるのではないだろうか。
常設展示のテーマとして「日本デザインの歴史――幕末・明治から近未来まで」を設定し、「デザインはどのようにして生まれ、社会にどう貢献したのか」について、幾つかの時代に区分し、主題と分節とをもってデザインの重層的な意味とその進化の過程について物語るためには、単に展示物を単縦列的に並べるだけでは不十分であろう。美術作品に対しては美術館の展示手法があるように、また商品についてはショウルームの展示手法があるように、デザインの歴史的な意味と社会的役割を伝えようとする「デザイン・ミュージアム」には、当然その目的と内容に従って「デザイン・ミュージアム」独自の展示手法が新たに開拓されなければならない。それは一体どのような手法なのであろうか。
結論を先にいえば、それは、空間全体に視覚的情報媒体の機能をもたせた展示手法ということになるであろう。具体的にはそれは次のようなことを意味している。つまり、それぞれに主題化された各ギャラリーのほぼ全壁面(必要に応じて天井の一部も)が、文字による説明も含めてコラージュによってヴィジュアライズ(壁紙化)され、そのなかで、その当時の社会的諸側面やデザイン・プロセス、あるいはデザイン分野の様相が、幾つかの分節内容にしたがい再現されることになるのである。これは、旧来のパネルを多用した展示方法とは異なり、一種の絵巻物の性格をもち、デザイン様体の総合的なタイム・カプセル化ともいえるものである。たとえば、「デザイン概念の導入」を主題にもつ「ギャラリー3」では、その壁面が分節の数にしたがって分割されることになる。そして、そのなかのひとつである「GHQによるデザインの依頼」の分節部分では、(1)進駐軍が営む近代的な生活の様子 (2)GHQによるデザインの依頼書とアイテム (3)スケッチや図面類 (4)導入された新たな技術と旧来の伝統的な技術の対比、などが予定された壁面すべてに巧みにコラージュの手法によってヴィジュアライズされ、その壁面中央の床に何点かの試作品と完成品が設置されることになるのである。また同時に、ヴィジュアライズされた壁面で語られる内容にさらに具体性を与えるという意味において,必要に応じて一部の壁面や天井にも立体的な展示物を組み入れることも考えられよう。
どちらにしても、各壁面でコラージュに用いられるソースは、展示物同様に、デザイン史学的観点からの調査研究の成果を踏まえ、今後慎重に選定を行なわなければならないが、その構成や表現にあたっては、明らかにヴィジュアル・デザインとエディトリアル・デザインについての洗練された手法を導入する必要があるものと思われる。
一方、空間はどうであろうか。各ギャラリーの空間すべてを視覚情報の媒体要素とみなし、デザイン様体の総合的なタイム・カプセル化をはかるために新たに開発された上記の展示方法は、当然ギャラリーそれ自体についての新たな空間概念を要求することになる。
そこで、この新たな展示手法をされに有効なものにするためにも、各ギャラリーはそれぞれの主題とその時代背景に従って空間的質を追求する必要があろう。それは、主として柱や羽目板や天井や床などの建築部材の造形的な処理を意味するが、されにそうした視点は、陳列棚や照明器具の様式性と造形性にも及ぶものと考えられる。【図表二】は、ギャラリーの空間構成要素と情報内容の対応関係を示したものである。
さらには、展示物の選定や展示の手法、空間の処理だけではなく、各ギャラリーのレイアウトについても物語性と統一性をもたせる必要がある。たとえば、「プロローグ」と「エピローグ」のコーナーを設け、「プロローグ」においては、当常設展示の目的とデザインの歴史を概観するうえでの視点とを提示し、「エピローグ」においては、二一世紀を迎えてのデザインの新たな課題とフロンティアを示唆することにより、各ギャラリーを結ぶ動線に十分配慮しながら、この一五〇年間のデザインの意味と社会的役割の変遷を明快なかたちで印象づけてはどうであろうか。【図表三】は、そのようなことを配慮したレイアウト・パタンの一例である。
常設展が今日までのデザインの歴史の全体像を把握するためのものであるとすれば、特別企画展は、その細部に照明をあて、ひとつの時代やひとりのデザイナーや一定の事象について多角的に検討を行なうためのものである。ひとつの特別企画展の会期を一、二箇月と考えれば、年間五、六回の入れ替えが可能となる。
特別企画展のテーマに関しては、長い将来を見通した総合かつ系統的な視点から企画がなされなければならない。たとえばどのような企画が可能かについては、【図表四】にみられるように、AからEまでの五つのカテゴリーを用意し、それぞれのそのなかの項目を選択するかたちでひとつのマトリクスをつくることによって、一定のテーマを抽出し、その特徴と内容を描くことができる。そのような方法に従い例示した企画が【図表五】である。こうして、あらかじめカテゴリーを整備し、マトリクスを設定することによって、長期にわたる、総合的かつ系統的な特別展の企画が可能となるのである。
またこの特別企画展は、その時代の動向に沿った話題性についても配慮がなされなければならないし、当国際デザインセンターの他の部署で進められている企画や事業に呼応して開催されることもあるだろう。たとえば、ある部署で「デザイン・マネジメントに関する連続講座」が企画されている場合には、その期間、それをテーマにした特別企画展の開催が可能なのである。
常設展示と同様に、この特別企画展においても、展示構成のストーリー性をより明確に伝えるために、単に〈もの〉の展示に止まらず、映像による紹介とテキスト(多数の図版を含む)による解説も、あわせて必要となるであろう。
常設展と特別企画展に加えて、三番目の展示領域としてリヴュー・コレクションの選定と展示を考えてみたい。リヴュー・コレクションとは、発表されたばかりの革新性と話題性に富む内外の先行デザインを集めたものである。本の出版でいえば、新刊紹介と書評に相当する。したがってその展示空間は、常設展や特別企画展の展示空間に比べれば、かなり小さなものになろう。また入れ替えは日常的に行われることになる。
最後に巡回および貸出業務についても触れておきたい。文字どおりこの業務は、国内はもとより海外のデザイン・ミュージアムやデザイン・センターに対して、当デザイン・ミュージアムが企画した展覧会や、所蔵する資料や作品を貸し出したり、巡回したりすることを意味している。他のデザイン・センターやデザイン・ミュージアムとの交流が進めば、共同で企画し、それぞれの場所で同時に開催することも可能となろう。たとえば、名古屋のデザイン・ミュージアムが「英国のデザインの日本への影響」を、ロンドンのデザイン・ミュージアムが「日本のデザインの英国への影響」を同時に企画し、それらの特別展を相互に交換することで、日英両国のデザインの影響関係が同時に理解することができるようになるのである。
いずれにしてもこれらの展示業務は、どのようなテーマを扱うにせよ、社会や技術や文化との関連において〈もの〉の意味性を検証し紹介する必要があり、そのためには、単に〈もの〉を並べるだけの静的な展示に止まらず、映像、照明、音響などのもつ効果と最新技術とを必要に応じて積極的に取り入れていかなければならない。たとえば、ある特別企画展の場合は、TVスタジオのようなものになり、またある場合には、ファッションショウの会場のようなものになり、企画展の性格によっては、鑑賞者(入館者)が直接参加する形式を取る必要もあるであろう。いかなる展覧会であろうとも、今後、そのテーマにふさわしい、最も効果ある展示方法が開拓されなければならないのは、いうまでもない。
一般にいって、展覧会の場合は、情報の伝達は、企画したミュージアムから来館した鑑賞者へと流れていく。一方、リファレンスおよびライブラリー業務は、その流れが逆で、来館者の知的関心にしたがって、必要な情報をミュージアムが提供することになる。知的関心の流れの双方向性が実はミュージアムにとって重要な要素であり、そうした機能が常に活性化し、市民や来館者の要求に正確かつ迅速に応えるためには、日頃から調査研究および資料収集業務と密接な連携を保ちながら、デザインに関する情報や資料の整備を推進していかなければならない。リファレンスのアイテムとしては、たとえば次のものが考えられる。
(1)図書および文献目録 (2)スライド (3)ヴィデオ (4)特殊映像ファイル (5)デザイン・インデックス (6)デザイナー・インデックス (7)デザイン事務所インデックス (8)企業インデックス
「図書」のなかには、単に市販されている内外の単行本や雑誌のみならず、学会誌、社史、展覧会カタログなどの多様な出版物が含まれる。「文献目録」とは、そうした出版物を一定の視点から整理し、インデックス化したものである。
「スライド」「ヴィデオ」「特殊映像ファイル」とは、主として、調査研究および資料収集業務の過程において集められた一次資料をエンド・ユーザー(来館者)に利用可能なかたちに二次加工したものを指す。
「デザイン・インデックス」「デザイナー・インデックス」「デザイン事務所インデックス」「企業インデックス」とは、人間の社会で言えば戸籍台帳に相当するものである。〈ホンダNSX〉について知りたければ「デザイン・インデックス」を、〈ミッシャ・ブラック〉について知りたければ「デザイナー・インデックス」を、〈GKインダストリアルデザイン研究所〉について知りたければ「デザイン事務所インデックス」を、〈ソニー〉について知りたければ「企業インデックス」を検索し、必要な情報を入手することになる。これらのインデックスは、これから開発しなければならない情報検索システムであるが、将来的には、内外のデザイン・センターやデザイン・ミュージアムをオンライン化し、相互検索が可能となるであろうし、末端機器をデザイン事務所や企業のデザイン部門や大学の研究室に設置すれば、さらに利用範囲は拡大するであろう。
以上がおおよそのリファレンスのアイテムであり、これらの情報を管理し、来館者の求めに応じて提供するのがライブラリー業務である。したがって、各アイテムに対応した適切な設備と空間を来館者に対して用意する必要があるであろう。
このことに関しては次のようなことが考えられる。
(1)国際デザイン・コンペの主催と入賞作品の展示 (2)顕彰制度の設立と受賞対象作品(活動、研究)の展示(紹介) (3)デザイン史研究への支援 (4)国内外の研修キュレイターや各大学からの博物館実習学生を受け入れと指導
(1)についていえば、その目的や選考方法、課題の設定において、既存の国際デザイン・コンペとは異なる、新規性を模索する必要があるであろう。また、国際的に最も信頼性の高いコンペにするためのさまざまな方策も同時に検討しなければならない。
一方、国際コンペではないにしても、大学生を対象とした「ステューデント・デザイン・コンペ」や中高生を対象とした「ジュニア・デザイン・コンぺ」(ともに仮称)といったものを開催し、若年層からのデザイン意識の高まりを喚起する支援体制を用意することも、デザインのミュージアムとして必要なように思われる。
(2)についていえば、これまでの内外の顕彰制度の対象がデザイナーとしての個人の業績に偏っていたきらいがあるのを反省し、その対象範囲を、デザイン学研究、デザイン行政、デザイン振興といったデザインに関与するすべての領域に広げ、その分野で顕著な功績があった個人やグループや団体に授与すべきであるように思われる。
(3)についていえば、先の「一.調査研究および資料収集」の箇所で、その業務について述べるに際して、「デザイン史に関する高い学識と見識を身につけた人材をキュレイターとして集めることが急務になるものと思われる」と書いたが、わが国におけるデザイン史の研究者の数は、美術史や建築史の研究者に比べ、極めて少ないのが現状である。しかし、デザインの歴史や理論に明るいデザイナーの養成やデザイン・ミュージアムのキュレイターの養成が今後ますます必要になってくるものと考えられる。そのような意味において、デザイン史研究に対する支援も、デザイン・ミュージアムの関連事業に含めてもよいのではないだろうか。具体的には、学術団体としての「日本デザイン史学会」(仮称)設立に向けての支援、研究成果の発表の機会や場の提供、デザイン史研究者の国際交流のための留学制度の設立などが考えられる。
(4)についていえば、諸外国のデザイン・ミュージアムとの一定期間のキュレイター間の相互訪問が促進されることが望ましいのは、いうまでもない。またデザインやミュージアム、そしてキュレイター業務への理解を広げ、次の人材を育成する意味においても、大学生のためにインターンシップの場を提供したい。
ロンドンにコンラン財団によって「デザイン・ミュージアム」が開館したのは、一九八九年七月であった。いま日本にあっても、国際デザインセンターのなかのひとつの施設として「デザイン・ミュージアム」が具体的に構想されようとしている。この館をとおして、今後、デザインの文化的意義と社会的意味が広く国内外に発信されていくことを期待したいと思う。
(一九九二年および一九九三年)
図表1 主題と分節およびギャラリー。
図表2 空間構成要素と情報内容。
図表3 レイアウト・パタン例。
図表4 カテゴリー。
図表5 企画例。