中山修一著作集

著作集12 研究追記――記憶・回想・補遺

第三部 わが学究人生を顧みて

第一四編 わが学究人生「最終編」/余滴を集めて全三〇巻

私は、ウェブサイトで公開しています自身の「中山修一著作集」は、全二六巻をもって完結したいという構想のもと、いまだ手をつけていない原稿を日々執筆しながら、最終的には、ウィリアム・モリスの生誕二〇〇年に当たる二〇三四年に、無事すべてが完成することを夢見てきました。ところがある日、まだ書き足りない、もう少し書き残しておきたいという思いが頭をもたげてきました。一度そういう気持ちになると止めることができず、全二六巻を改め、全三〇巻とする方向へと突き進んでゆきました。加わる四巻は以下のとおりです。


  著作集27『余滴を集めて――高群逸枝研究』
  著作集28『余滴を集めて――橋本憲三研究』
  著作集29『余滴を集めて――石牟礼道子研究』
  著作集30『余滴を集めて――伝記書法研究』
 

この四巻に「余滴を集めて」という共通題を用いたのは、どの巻も、その内容はかつて論じたことのある考察にかかわっており、再度それをここに寄せ集めた形式になっていることに由来します。

それでは、この四巻の位置づけについて述べてみます。巻に付された番号の昇降順としましては、この四巻をもって、第三期(最終編)としました。その結果、著作集1から著作集15までの全一五巻を第一期(正編)、著作集16から著作集26までの全一一巻を第二期(続編)、そして今回の、著作集27から著作集30までの全四巻を第三期(最終編)として位置づけ、こうして「中山修一著作集」の全貌が、次のように見通せることになりました。


第一期(正編)(全一五巻)
  著作集1『デザインの近代史論』
  著作集2『ウィリアム・モリス研究』
  著作集3『富本憲吉と一枝の近代の家族(上)』
  著作集4『富本憲吉と一枝の近代の家族(下)』
  著作集5『富本憲吉研究』
  著作集6『ウィリアム・モリスの家族史』
  著作集7『日本のウィリアム・モリス』
  著作集8『英国デザインの英国性』
  著作集9『デザイン史学再構築の現場』
  著作集10『研究断章――日中のデザイン史』
  著作集11『研究余録――富本一枝の人間像』
  著作集12『研究追記――記憶・回想・補遺』
  著作集13『南阿蘇白雲夢想』
  著作集14『外輪山春雷秋月』
  著作集15『南郷谷千里百景』


第二期(続編)(全一一巻)
  著作集16『ひとつの思想――日本デザインの近代運動』
  著作集17『ふたつの性――富本一枝伝』
  著作集18『三つの巴――高群逸枝・橋本憲三・石牟礼道子』
  著作集19『翻訳/モリスの芸術論と社会主義論』
  著作集20『翻訳/モリス「ジョン・ボールの夢」』
  著作集21『翻訳/モリス「理想郷からの知らせ」』
  著作集22『残思余考――わがデザイン史論(上)』
  著作集23『残思余考――わがデザイン史論(下)』
  著作集24『残思余考――隠者の風花余情(上)』
  著作集25『残思余考――隠者の風花余情(下)』
  著作集26『残思余考――すべては夢のなかから』


第三期(最終編)(全四巻)
  著作集27『余滴を集めて――高群逸枝研究』
  著作集28『余滴を集めて――橋本憲三研究』
  著作集29『余滴を集めて――石牟礼道子研究』
  著作集30『余滴を集めて――伝記書法研究』
 

一方、別巻において再構成しています、「主題別著述総覧」におきましては、新たに公開するこの四巻は、「Ⅳ.火の国の女研究」の領域(テーマ)に配置したいと思います。その結果、主題別領域と、それを構成する巻は、次のようになりました。


Ⅰ.デザイン史・デザイン論(全八巻)
  著作集1『デザインの近代史論』
  著作集8『英国デザインの英国性』
  著作集9『デザイン史学再構築の現場』
  著作集10『研究断章――日中のデザイン史』
  著作集12『研究追記――記憶・回想・補遺』
  著作集16『ひとつの思想――日本デザインの近代運動』
  著作集22『残思余考――わがデザイン史論(上)』
  著作集23『残思余考――わがデザイン史論(下)』


Ⅱ.ウィリアム・モリス研究(全六巻)
  著作集2『ウィリアム・モリス研究』
  著作集6『ウィリアム・モリスの家族史』
  著作集7『日本のウィリアム・モリス』
  著作集19『翻訳/モリスの芸術論と社会主義論』
  著作集20『翻訳/モリス「ジョン・ボールの夢」』
  著作集21『翻訳/モリス「理想郷からの知らせ」』


Ⅲ.富本憲吉・富本一枝研究(全五巻)
  著作集3『富本憲吉と一枝の近代の家族(上)』
  著作集4『富本憲吉と一枝の近代の家族(下)』
  著作集5『富本憲吉研究』
  著作集11『研究余録――富本一枝の人間像』
  著作集17『ふたつの性――富本一枝伝』


Ⅳ.火の国の女研究(全六巻)
  著作集14『外輪山春雷秋月』
  著作集18『三つの巴――高群逸枝・橋本憲三・石牟礼道子』
  著作集27『余滴を集めて――高群逸枝研究』
  著作集28『余滴を集めて――橋本憲三研究』
  著作集29『余滴を集めて――石牟礼道子研究』
  著作集30『余滴を集めて――伝記書法研究』


Ⅴ.肥後大阿蘇に生きる(全五巻)
  著作集13『南阿蘇白雲夢想』
  著作集15『南郷谷千里百景』
  著作集24『残思余考――隠者の風花余情(上)』
  著作集25『残思余考――隠者の風花余情(下)』
  著作集26『残思余考――すべては夢のなかから』
 

「中山修一著作集」の、こうした新たな構想を考えながら、私は、自分のこれまでの研究の来歴について思いを馳せていました。

学生時代にさかのぼりますが、私の学問上の関心は、いまだ見ることのなかった、人間がデザインをする行為とその歴史の何たるかにありました。これが私の、「主題別著述総覧」における「Ⅰ.デザイン史・デザイン論」のはじまりです。

就職して研究者になると、「Ⅰ.デザイン史・デザイン論」における中心人物になっていたウィリアム・モリスの哲学と実践についての本格的な研究が待っていました。この論稿を集めたものが「Ⅱ.ウィリアム・モリス研究」です。

モリス研究という深い森のなかにあって、私は、デザイナーとしてのモリスの生き方に惹かれた日本最初の人物であった富本憲吉と遭遇する機会をもちました。それが縁で、次に出会った人物が、憲吉の妻の富本一枝でした。ここに至ってはじめて私は、一枝のトランスジェンダーとしてのセクシュアリティーに気づかされました。こうして、私にとっての「Ⅲ.富本憲吉・富本一枝研究」の幕が開くのです。

神戸大学での三九年間の教育と研究を終え、私は、出生の地である熊本の東に位置する阿蘇の山野に移り住み、この地にあって、ひとりの独立研究者として、研究を再開しました。六四歳になっていました。私ははじめて、いかなる組織にも属さない「自由」というものを手にしました。そこで、「Ⅰ.デザイン史・デザイン論」「Ⅱ.ウィリアム・モリス研究」「Ⅲ.富本憲吉・富本一枝研究」の世界を離れて、異界を探索する冒険の旅に出てみました。それは、ひとつには、火の国熊本が誇りとする、日本における女性史学の創始者である高群逸枝と、わが郷土に発生した水俣病と向き合い闘った詩人の石牟礼道子の、このふたりの女性を歴史のなかに訪ねることでした。そして、もうひとつは、森の生活のなかにあって、詩歌を書き、俳句をつくり、短歌を詠む自由も覚えました。

それらの作物は、いつのまにか堆積してゆき、「Ⅳ.火の国の女研究」と「Ⅴ.肥後大阿蘇に生きる」という、ふたつの納屋を要するまでに至りました。こうして私は、いまを迎えています。五つの納屋がすべての作物で満たされるには、地震も洪水もなく、順調に収穫が進んだとしても、まだ八年あるいはそれ以上の年月が必要です。

現役時代の私は、自身のことを「デザイン史家」、あるいは「デザイン史学者」とか「デザイン史研究者」として位置づけていました。しかしそれでは、「Ⅳ.火の国の女研究」と「Ⅴ.肥後大阿蘇に生きる」の作者を説明することはできません。いまや私は、「デザイン史家」としてだけではなく、「詩人」「女性史家」「伝記作家」としての自分を見つめるようになりました。ひとつの研究領域にあって一生を捧げるには、もはや大きく越境しているのです。モリスもそういう人でした。彼は、「詩人」「デザイナー」「政治活動家」「環境保護運動家」「デザイン事務所経営者」といった幾つものダイナミックな側面をもって一九世紀の英国を生きました。

私は、モリスと比べるには、あまりにも小さすぎて比較の対象にもなりません。しかし、意識してこうなったわけではありません。気づいてみると、結果として、複数の領域に身を置いていたのです。そしてこれは、無理を重ねての変貌ではなく、何か高きから低きへと水が流れるような自然にさすらいゆく現象でした。ここに私は、自由がもたらす「必然」を感じます。その点に関しては、私もモリスの仲間の一員になることができるのではないかと、密かに思っています。人が見れば、笑いの種にさえもなりませんが、モリスを師と仰ぐ私にとっては、この共通項が実は大きな励みと喜びになっているのです。

(二〇二六年五月)