私は、「まえがき」のなかで、伝記執筆にかかわる、私が希求する原理原則を、以下のような言葉で言い表わしました。
私があるべき姿として思い描く伝記作家たる者は、思い込みや決めつけといった、恣意や予断をいっさい排し、すべからく一次資料にある根拠(エヴィデンス)に基づき、記述の対象が女性であれ男性であれ、決してそれにとらわれず、同じ人権を有するものとしてゆめゆめ不当にも差別することなく、等しく両者に敬意のまなざしを向け、謙虚かつ真摯なる態度のなかにあって、慎重のうえにも慎重にその複雑で微細な人生模様を、あくまでも真実に肉薄すべく、丁寧かつ静謐を旨として描き出さなければならない。
これが、私が求める、伝記執筆にかかわる原理原則であり、構成する各論文にあって、その底辺を流れる基本となる考えでもありました。一言でいえば、実証主義の重要性を強調する姿勢ということになるでしょうか。
なぜ私は、証拠(エヴィデンス)に基づく実証や論証を重視するのでしょうか。それはいうまでもなく、伝記にあっては、かつて実在した人物、つまりは主人公の存在様式の再現にかかわって、限りなく真実に接近する必要があるからです。読者は、真実に近い記述であればこそ、信頼と安心のもとに、ここから歴史的教訓を読み取ることができます。しかし他方で、もし、創作的で作為的な記述であれば、どうでしょう。結果的に書き手は、読み手の期待を裏切り、虚偽という不要な害悪をまき散らすことになるのです。その意味で伝記は、事実を越えた過剰な虚飾のもと、讃美なり賞讃なりを一方的に浴びせるだけの英雄伝や烈女伝でもなければ、また、その一方で、主人公のみならず、その配偶者なり、別の登場人物なりを意図的に断罪する処刑の場でもないのです。
私は、「伝記書法論集成」の副題に「人権と名誉を守る闘いの一環として」いう語句を選びました。これは、ここに所収されている論考のすべてが、富本憲吉や橋本憲三、高群逸枝や石牟礼道子といった人びとの「人権と名誉を守る闘いの一環として」書かれたものであることを実際に示します。しかし、他方で理念的には、これは、私が日常生活において信念とする「人権と名誉の尊重」を明示したものにほかなりません。
私の研究対象でありますウィリアム・モリスの「最期の言葉は、世界から『迷妄』(mumbo-jumbo)をなくしたい」1というものでした。私たちの、過ぎし時代に寄り添うまなざし、そして、いまこの時代と触れ合うまなざし、加えて、近く訪れるであろう時代へと向かうまなざし――つまり、私たちの、過去の歴史を解読する目、いまの現実世界を分析する目、未来のヴィジョンを提起する目に、「迷妄」が介入してはいないでしょうか。モリスは、世界からの「迷妄」の排除を求めました。私が、実証主義を重んじるのも、まさしく、ここにあります。
愚考するに、ユートピア的で柔らかい詩的感性、現実的で強固な政治的信念、そして、そこから生み出される、視覚・物質文化を表象するデザイン、森羅万象を蘇生させる文学作品、知的営為によって構築される学問――まさしくここを土壌として、モリス、高群、石牟礼をつなぐ、共通の近代の精神は、発芽したのではないでしょうか。能力は別にして、心情としては、できれば私も、この共通精神の末尾に連なりたいと強く希望します。
さあ、今日の世界を見渡せば、戦争や核兵器の放棄に手をこまねいています、なぜ平和主義に徹することができないのでしょうか。原子力発電から自然エネルギーに転換することに躊躇しています、なぜ過去の教訓に学ぼうとしないのでしょうか。差別や迫害が横行し難民が生まれています、なぜ人権が守られないのでしょうか。気候の変動を止めることができません、なぜ自然のなかに生きる道を模索しないのでしょうか。いまだにジェンダー平等が達成されていません、なぜ人の名誉が無視され毀損されなければならないのでしょうか。
男と女、富める者と貧しい者、多数者と少数者、健常者と障害者、そして勝ち組と負け組のあいだに理不尽にも大きな溝が存在します、なぜ同じ人間が平等に生を享受できる地平が用意できないのでしょうか。全体的に見ると、明らかに人類の生存が脅かされているのです。間違いなくここに、人が人として真に生きるうえでの避けがたい「闘い」の初動が存在することになります。
誰しも、その人の仕事には限界があります。一個人にできることには限りがあります。あるのは、わずかに残る「余滴」、ただそれだけなのです。しかしそれでも、「余滴」には、いかに微量であろうとも音も色も、そして動きもあり、ここに、光り輝くいのちがあるのです。そうした「余滴を集めて」、共同体の一人ひとりが力をあわせるならば、うるわしい「滴(しずく)」の集合体となって、きっと、差別も偏見も抑圧もない世界の再構築へとつながってゆくはずです。「滴の意思」を私は信じているのです。
そこで、改めて問います。果たして、詩とデザインと政治をつなぐモリスの仕事の真価は、何だったのでしょうか。モリスの影響を受けた憲吉は、自身の役割をどう理解していたのでしょうか。一枝は、自分の性をどう受け止めて、自らの生を得ようとしたのでしょうか。逸枝が生み出した仕事には、どのような意味と力とが込められていたのでしょうか。道子は、何に抗って、そして、何を求めて、自分の仕事と向き合っていたのでしょうか。加えて憲三は、何ゆえに、逸枝の「後援者」になり、道子の「最後の人」になったのでしょうか。
それぞれが、一個の余滴であり、一片の短冊であるにちがいありません。それでも、一個の余滴が集まって雨になり川になれば、人間の大地を潤し、生きる力を与えます。他方で、彼らを含む、有名無名にかかわりなく、人びとが揮毫する一片の短冊を順次笹の枝に結んでゆけば、実に大きな七夕飾りとなって人間の魂に働きかけては、歓喜の詩情を掘り起こします。疑いもなく、そこには大地があるのです、そして、魂が存在するのです。
思うに、七夕飾りには「天空への願い」が込められています。そしてまた、未来へ向けての「ヴィジョン」が示されています。幸いにもこの間、私は、日本国憲法の「前文」はいうまでもなく、「人権と名誉の尊重」や「ジェンダー平等」といった「ヴィジョン」が書かれた短冊に巡り会いました。そのことは私に、人としてのあり方について信じるにふさわしい指針の一端を与えました。その思いを背負って書かれた、自分なりの一つひとつの表現が、「伝記書法論集成――人権と名誉を守る闘いの一環として」を構成する諸論でした。これこそが、私の「天空への願い」でもあるのです。森羅万象に支えられ、書く機会をもたせてもらったことに研究者としての誇りを感じ、ここに、こころからの感謝の気持ちを書き記します。ありがとうございました。
「中山修一著作集」は全二六巻で事実上完結しています。「余滴を集めて」の四部作は、いわば、本編から遠く離れた辺境の地に居場所をもつ「番外編」であり、同時に、続編が勢い余って繰り返されただけの「重複記」であり、さらには、ありがたくも限られた一部の人たちから求められた「アンコール版」でもあります。しかしそれも、「最終編」という名辞のもとに、ここに幕が降りようとしています。もう言い残したことはありません。私の研究にも限りがあり、眠りの時間が来たようです。みなさん、おやすみなさい、そして、ごきげんよう、またお会いしましょう――。
(二〇二六年三月)
(1)Jan Marsh, Jane and May Morris: A Biographical Story 1839-1938, Pandora Press, London, 1986, p. 232. [マーシュ『ウィリアム・モリスの妻と娘』中山修一・小野康男・吉村健一訳、晶文社、1993年、313頁を参照]