中山修一著作集

著作集24 残思余考――隠者の風花余情(上)

第二部 火の国不死鳥(俳句編)

第二編 行人流星(二〇二四年/令和六年)

01.兼題[氷]

 暖のなか 震えて食らう かき氷

 杖をもち 氷張る道 ゆるゆると

 軒しずく 氷となりて 門飾り

(二〇二四年一月一二日)

02.兼題[寒造]

 寒造り 濁り濁りて 清き酒

 寒造り ほのかに見ゆる 紅の君

 しんみりと 艶もほどほど 寒造り

(二〇二四年一月一九日)

03.兼題[悴(かじか)む]

 悴む手 息を吹きかけ 前を見る

 天の月 悴みながら われ照らす

 いまここに 取るもの取れぬ 悴めり

(二〇二四年一月二六日)

04.兼題[扉]

 扉開け 声をかけるも 返事なし

 返事なく 扉を閉めて 上を見る

 上に見た 青空にまた ノックする

(二〇二四年二月二日)

05.兼題[入学試験]

 雪のなか 試験が終わり 寒椿

 春遠し また来る季節に 歩み出す

 入学や 親の顔見て 満たされり

(二〇二四年二月九日)

06.兼題[針供養]

 しみじみと 折れた針見て 手を合わす

 供養針 いまは彼方の 蓮となり

 よくやった 今年も廻る 針供養

(二〇二四年二月一六日)

07.兼題[海苔]

 きょうもまた 海苔しゃぶしゃぶに 舌鼓

 おにぎらず これもおにぎり 海苔を巻く

 板海苔の 香りと音に 誘われて

(二〇二四年二月二三日)

08.兼題[バス]

 ねこバスに 会いたし恋し 夜の道

 庭に置く かつての勤め 堂々と

 砂利道を ゆらりと揺れて 夢消える

(二〇二四年三月一日)

09.兼題[蛙(かわず)]

 雨降りて 蛙声出す 庭の池

 古池に いまも蛙は いるのかな

 見渡せば 蛙といわず 姿なし

(二〇二四年三月八日)

10.兼題[蓬(よもぎ)]

 もぐさ載せ 線香近づけ 邪気払う

 さしも草 燃ゆる思いや いまどこに

 草団子 あの色恋し 茶屋に行く

(二〇二四年三月一五日)

11.兼題[春塵(しゅんじん)]

 春塵を わが身に受けて いまを知る

 今日もまた 舞い立つ道を 行きにけり

 春塵も わが身も同じ 時の花

(二〇二四年三月二二日)

12.兼題[父]

 抱きしめる われ振り捨てて この子らを

 思えども 何を遺そう この子らに

 いま父は かなたで何を 思いしか

(二〇二四年三月二九日)

13.兼題[石鹸玉(しゃぼんだま)]

 うるわしき 都大路の しゃぼんだま

 七色に 丸く膨らみ 空に舞い

 音を立て はじけて消える 夢もまた

(二〇二四年四月一〇日)

14.兼題[クローバー]

 クローバー 編みし王冠 誇らしく

 幸せを 探し四葉の クローバー

 野に一面 花一匁 クローバー

(二〇二四年四月一七日)

15.兼題[菜の花]

 菜の花の その名はいまも 春の色

 タンポポも 菜の花もみな いのち色

 山桜 菜の花畑 村の道

(二〇二四年四月二四日)

16.兼題[辛夷(こぶし)]

 こぶし咲く 山野を歩く この春も

 森のなか 白く大きな こぶしかな

 目立たない 目立ちたがる わがこぶし

(二〇二四年五月一日)

17.兼題[風薫る]

 風運ぶ 緑の香り 届く朝

 新緑の 窓辺の朝に 風薫る

 風薫る いまカーディガンを 脱ぎ捨てる

(二〇二四年五月八日)

18.兼題[草笛]

 誇らしく 草笛吹いて 前に出る

 幼日の 笛吹き童子 いまいずこ

 草枯れて それに代わるは 口笛か

(二〇二四年五月一五日)

19.兼題[穴子]

 茶碗蒸し 天丼もよし 穴子かな

 焼き穴子 うなぎに負けじ 精を出す

 どんぶりを はみ出し勇む それ穴子

(二〇二四年五月二二日)

20.兼題[電車]

 花電車 いまは昔の 大輪か

 万国の 電車を使う わが市電

 久々に 窓から眺めむ 世の流れ

(二〇二四年五月二九日)

21.兼題[万緑]

 万緑の 山野に生きる いのちかな

 いまここに 生きる恵の 万緑野

 見渡せば ああ万緑に 小雨降る

(二〇二四年六月五日)

22.兼題[植田]

 田に見ゆる 白鳥の雄 いまわずか

 音を立て 水引く田には 人まばら

 田も荒れ コメはいずこの 国からか

(二〇二四年六月一二日)

23.兼題[鮎]

 鮎跳ねて しぶきのなかに 絵師ごころ

 燗をつけ 囲炉裏の鮎に 友を呼ぶ

 鮎釣りの 幼子隠れ 蟹探し

(二〇二四年六月一九日)

24.兼題[蜜豆]

 豆含み それから次に 蜜の味

 果物に さらに賑わう 豆と餅

 蜜豆と 無邪気に遊ぶ スプーンかな

(二〇二四年六月二六日)

25.兼題[木漏れ日]

 木漏れ日を 浴びて語りて 時流る

 木漏れ日が 射して通るや 樹々の森

 木漏れ日に 手を差し伸べて つかみけり

(二〇二四年七月三日)

26.兼題[蛇]

 開けてみた 郵便受けに とぐろ巻く

 悠然と ウッドデッキの 手すり行く

 お互いの 尾を食む二匹 太古から

(二〇二四年七月一〇日)

27.兼題[目高]

 久々に メダカを見つけ 持ち帰る

 日光を 浴びて輝く メダカあり

 生まれし子 食べて悠々 親メダカ

(二〇二四年七月一七日)

28.兼題[涼し]

 続く雨 涼しさ遠く 森の家

 秋来たり こころを占むる 涼の風

 山のなか 静かに涼し 人はなし

(二〇二四年七月二四日)

29.兼題[母]

 誰しもが 母から生まれ それ思う

 西の空 茜色射す 残り陽に

 われ遺り 母を思わん その色に

(二〇二四年七月三一日)

30.兼題[プール]

 夏空の 青がプールに 映りけり

 子の声と セミの鳴き声 重なりて

 しぶき揚げ 見守る母は 傘のなか

(二〇二四年八月七日)

31.兼題[天の川]

 地の川を 映し出したる 天空の

 悠々と 流れ輝く そのなかを

 われ独り 渡りて遊ぶ 夏の夜

(二〇二四年八月一四日)

32.兼題[西瓜]

 ああ西瓜 昔日常 いま貴重

 ああ西瓜 それでも食べる 夏恋し

 夏終わり 西瓜も消えて 秋は来ぬ

(二〇二四年八月二一日)

33.兼題[秋風]

 ひんやりと 夏の終わりに 肌に来る

 しみじみと 終わりを告げる 秋の風

 さわやかに 秋のひと風 舞にけり

(二〇二四年八月二八日)

34.兼題[桃]

 桃割れに 大人の気配 漂わせ

 巡りくる 桃の節句に 時思う

 桃太郎 いまのこの世に あらんかな

(二〇二四年九月四日)

35.兼題[虫]

 おお無常 いまの庭には 虫はなし

 ああ悲し 虫なき庭に 何求む

 にぎやかに 虫鳴く庭の 懐かしき

(二〇二四年九月一一日)

36.兼題[花野]

 アザミの野 黄色い蝶が 飛び回る

 静けさに わが手を伸ばす 秋の原

 われ独り 花野の上に 大となる

(二〇二四年九月一八日)

37.兼題[座る/座す]

 野に座せば 伝わる土の 香りかな

 秋に座す 色とりどりの 花模様

 魚跳ね 川面の岩に 腰掛ける

(二〇二四年九月二五日)

38.兼題[ふるさと/故郷]

 ふるさとを いつしか思う 年になり

 ふるさとに 帰る楽しさ 恥ずかしさ

 ふるさとと いまともにある わが身かな

(二〇二四年一〇月二日)

39.兼題[夜食]

 健康に 早寝早起き 夜食なし

 月眺め 酒と餅に 手を伸ばす

 懐かしき 母がつくりし 夜の食

(二〇二四年一〇月九日)

40.兼題[秋茄子]

 秋に茄子 七輪出して 生姜擦る

 ざるに載せ 秋のなすびの おすそ分け

 秋茄子を 辛子に漬けて 味愛でる

(二〇二四年一〇月一六日)

41.兼題[栗]

 山道に 落ちた栗見る ああ一年

 イノシシが いがを残して 食べにけり

 栗ご飯 栗ぜんざいも この季節

(二〇二四年一〇月二三日)

42.兼題[蓑虫]

 蓑虫の 蓑をまねして 傘を編む

 蓑虫や 自作の家に 顔を出し

 糸揺れて 蓑虫の家 地に落ちぬ

(二〇二四年一〇月三〇日)

43.兼題[渡り鳥]

 渡り鳥 流れ流れて 律儀にも

 渡り鳥 海を旅路に 南国へ

 大空を 群れて仲よく 渡り鳥

(二〇二四年一一月六日)

44.兼題[梟(ふくろう)]

 梟の その大きさに 見とれたり

 梟が 鳴かず話さず 木の上に

 梟よ どこからどこへ 行くのかい

(二〇二四年一一月一三日)

45.兼題[凩(こがらし)]

 木枯らしに 落ちし葉っぱを かき集め

 一輪車 乗せては運ぶ 谷底に

 繰り返す その背を包む 陽の幸

(二〇二四年一一月二〇日)

46.兼題[眼]

 鳥の眼も 虫の眼もまた 生きるため

 眼を捨てて 手で触れてみる 別世界

 心あり 見る眼聞く耳 なかりとも

(二〇二四年一一月二七日)

47.兼題[息白し]

 白き息 両手にあてて 暖をとる

 息白し 鼻赤しなる サンタ来る

 マラソンと 白い息への 白い声

(二〇二四年一二月四日)

48.兼題[聖夜]

 満天の 星降る夜が われに告ぐ

 キャンドルと 聖なる夜に 身を清む

 聖夜には 太古を越えて 舞い降りる

(二〇二四年一二月一一日)

49.兼題[湯豆腐]

 湯豆腐に わが影映り 湯気と消ゆ

 湯豆腐の 湯気の向こうに 君がいて

 湯豆腐や 片手にもった 赤ワイン

(二〇二四年一二月一八日)

自主詠句01.年の終わりに

 戸を開ける 今年はじめの 白い雪

 寒さとて 匂いも色も 放ちけり

 生かされし わが身を胸に 旅立ちぬ

(二〇二四年一二月二五日)