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現代の経済、現代と経済Courses

第5回 再び「経済自由化」のお話し:フリードマンとTPP

第4回 経済をコントロールするお話し

  •  前回は経済をコントロールする考え方を中心にお話ししました。アダム・スミスによる「市場重視」の考え方では必ずしもうまくいかない、として、マルクスは資本主義に代わる社会主義を、ケインズは資本主義を補正する財政金融政策を提唱しました。ケインズの主張した経済政策により戦前に頻繁に生じた経済恐慌はなくなりましたが、その反面、インフレ傾向や財政赤字、最近では乗数効果の減少等の問題が指摘されています。
     今回取り上げる新自由主義(Neo Liberalism)は、「政府による経済への介入を批判し、個人の自由と責任にもとづく競争と市場メカニズムを重視」する考え方で、アダム・スミスの考え方をさらに徹底させたものです。この思想は世界的に保守派の基本理念となり、今日に至るまで各国の経済政策等に大きな影響力を持ち続けています。

     この新自由主義の中でも代表的な論客が、ミルトン・フリードマン(1912-2006)です。彼は、新自由主義の思想を背景にケインズ批判を展開しました。ケインズの財政・金融政策に対して反対し、「政府は市場メカニズムを重視し、通貨供給量のコントロールだけに注意すればよい」というマネタリズムの考えを主張しました。
     またフリードマンは新自由主義の立場から、市場メカニズムを重視し、政府による様々な規制や制度に反対しました。フリードマンが反対した経済政策には以下のようなものがあります。
    ・農産物の買い取り保障価格制度
    ・輸入関税または輸出制限
    ・物価や賃金に対する規制・統制
    ・産業や銀行に対する様々な規制
    ・(公的年金等)社会保障や福祉制度
    ・営利目的の郵便事業の禁止
    ・ 国や自治体が保有・経営する有料道路
     このような彼の主張は1980年代以降、大きな影響を及ぼし、世界的に「民営化・規制緩和」という大きなトレンドを生みました。日本でも、国鉄や郵政公社、道路公団等の民営化、金融自由化、派遣労働自由化という政策が実施されています。

     これらの政策は、市場メカニズムを重視することで、個人の自由と責任に基づく市場競争を促し、経済全体を活性化させる狙いがあります。また各国政府が膨大な財政赤字を抱えている状況では、市場に介入するだけの余裕がないことも影響しています。
     これらの政策の結果、各国の経済は市場活性化という当初の目的は達成したものの、市場競争の激化による所得格差が拡大したと言われています。このように新自由主義にもとづく経済政策は一定の評価があるものの、反面、社会的弱者を切り捨てているのではないか、との批判もあります。
     
  •  経済自由化と関連して、次に貿易の問題を取り上げます。
     アダム・スミスやフリードマンが主張したように、貿易に関しては、政府が介入せずに自由に取引をすることが良い、ということが現在では共通認識となっています。これはデヴィッド・リカードによる「比較優位」説によって経済学的に説明されます。
     これを簡単な例を使って説明していきましょう。例えば日本とフィリピンで米と自動車をそれぞれ作っているとします。そのとき「100人でどれだけ作れるか」という「生産性」に注目してみます。日本では米を100人で1000t、自動車を100人で500台作れるとします。またフィリピンでは米を100人で900t、自動車を100人で300台作れるとします。これをまとめると下の表のようになります。 
       米 自動車 
     日本  1000t(100人) 500台 (100人)
     フィリピン  900t(100人) 300台(100人)
     計  1900t(200人)  800台(200人)
    ここで日本は米でも自動車でもフィリピンより生産性が高いことが分かります(米:日1000kg>比900kg、自動車:日500台>比300台)。このとき「米でも自動車でも、日本はフィリピンより「絶対優位」である」と言います。
     これだけを見ると、米も自動車も日本で生産した方が良いように見えますが、別の見方もあります。日本では自動車1台の生産性は米2tと同じですが、フィリピンでは自動車1台の生産性は米3tと同じになります。つまり自動車を基準とすると、日本よりフィリピンの方が米の生産性が高いことになります。このとき「フィリピンは米の生産において日本より「比較優位」にある」と言います。逆に米1tの生産性を基準に考えると、日本の自動車は1/2台、フィリピンは1/3台となり、自動車に関しては日本の方がフィリピンより比較優位があることになります。
     ここで「アダム・スミス」のお話しで出てきた「分業」を考えます。つまり各国がそれぞれ得意な分野に生産の比重を移していくことを考えます。この例で言うと、フィリピンは(自動車1台を基準とした生産で日本と比較して)相対的に生産性の高い米の生産に、日本は自動車生産に生産比重を移します。たとえばフィリピンでは自動車を作っていた100人が全員、米の生産に移り、日本では米を作っていた100人のうち、80人が自動車生産に移るとします。これをまとめると、下の表のようになります。
       米 自動車 
     日本  200t(20人) 900台 (180人)
     フィリピン  1800t(200人) 0台(0人)
     計  2000t(220人)  900台(180人)
    これを前の表と比較すると、日本+フィリピンの生産合計でみると、米・自動車ともに生産が増えていることが分かります。
     さらに日本とフィリピンが貿易を開始して、日本からフィリピンへ自動車を350台、フィリピンから日本へコメを850tそれぞれ輸出すると、下の表のようになります。
       米 自動車 
     日本 1050t 550台
     フィリピン  950t 350台
     計  2000t  900台
    この表と最初の表を比べると、各国ともに米は50t、自動車は50台増えていることが分かります。このように各国は「比較優位」産業に生産比重を移し、貿易することで両国に利益をもたらします。
     
  •  各国は国際的に「分業」し、「貿易」を行うことで、豊かになっていくことが可能です。しかし頭では理解できても、実際に行動を移すとなるといろいろと問題が生じます。上の例で言えば、日本で米を作っている人たちは、「米の生産をやめて自動車を作りにいく」ことになります。当然、米を作っている人たちは反発します。それでも貿易を止めれば、自国だけでなく、他の国も豊かになっていきません。
     したがって各国は「自由貿易を強化する」という合意のもとで、様々な協定を結んでいます。世界的な枠組みとしては長らくGATT(関税・貿易の一般協定、1948-95年)が中心的存在でしたが、現在ではその後継としてWTO(世界貿易機関)という所で貿易自由化のための様々な取り決めをしています。
     ただしWTOでは、全加盟国で合議するためルールを決定するのに時間がかかり、貿易自由化の話しが進みません。そこで「経済関係の良好な国が集まってルールを作り、貿易しましょう」という協定が増えています。それがFTA(自由貿易協定)EPA(経済連携協定)と呼ばれるものです。FTAは特定国との間で関税や貿易障壁撤廃を目指す協定で、EPAはFTAの内容に加え、投資規制や国際間の労働移動や模造品の扱い等、幅広い経済関係強化を目指すものです。

     今話題のTPP(環太平洋経済連携協定)は、環太平洋諸国の経済自由化を目的としたEPAで、日本も最近、交渉参加国となりました。なぜ日本のTPP参加がこれほど議論になるかというと、それによって国内産業に与えるインパクトが非常に大きいためです。これは日本の経済構造において、国際競争力の高い製造業と低い農業が併存していることに原因があります。
     これまで日本政府は、生産性の低い農業を守るために高い関税をかけてきました。しかしTPPのような自由貿易協定において、高い関税をかけることは許されません。その一方で、製造業はいくら生産性が高いと言っても貿易相手国が高い関税をかけてしまえば、外国での日本製品価格は高くなり、輸出が難しくなってしまいます。なので日本の製造業としては貿易相手国が高い関税をかけないような状況にするため、①日本政府が相手国と自由貿易協定を締結するか、②貿易相手国に工場を移転させるか、という選択肢になります。
     日本政府としては、伝統的に票田である農業を守りたい、だけど自由貿易協定を結ばなければ製造業が海外移転してしまい、雇用や税収の面で大きな打撃を受ける、というジレンマに常に直面している訳です。今回、日本がTPPに参加するということは、従来の「農業を保護する」政策を修正し、生産性を高める政策に転換することを意味しています。
     
第6回 インフレとデフレのお話し

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講義概要

「経済のしくみ」編
第1回 経済学とは?:市場とGDPのお話し
第2回 お金のお話し
第3回 アダム・スミスという人のお話し
第4回 経済をコントロールするお話し:マルクス、ケインズ
第5回 再び「経済自由化」のお話し:フリードマン
「日本経済の問題」編
第6回 インフレとデフレのお話し:アベノミクスとインフレターゲット
第7回 政府と日銀の経済政策のお話し:財政政策と金融政策と国債
第8回 日本の諸問題:円高と年金問題
「世界経済の問題」編
第9回 世界経済の重要性:途上国援助について
第10回 豊かな国と貧しい国

講義資料

オリエンテーション
第1回 オリエンテーション:経済学とは?+消費税増税について
「経済のしくみ」編
第2回 市場メカニズムとGDPの話し
第3回 お金のお話し
第4回 アダム・スミスという人のお話し
第5回 経済をコントロールするお話し:マルクス、ケインズ
第6回 再び「経済自由化」のお話し:フリードマン、TPP
「日本経済の問題」編
第7回 インフレとデフレのお話し:アベノミクスとインフレターゲット
第8回 財政政策と金融政策と国債の話し
第9回 日本が直面する諸問題:円高と産業空洞化&年金と国債と消費税
「世界経済の問題」編
第10回 世界経済の重要性:途上国援助について
第11回 豊かな国と貧しい国:制度設計の重要性

バナースペース

Koji KAWABATA

GSICS, Kobe University
2-1 Rokkodai, Nada
Kobe 657-8501, Japan

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