機能性ポルフィリンナノクラスターの創成

東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻(相田研究室)


 
[1] サーモクロミズムを示すポルフィリンリング
 共有結合で連結されたポルフィリン二量体は、ユニット間の距離や角度に応じて励起子相互作用が変化し、吸収スペクトルなどの分光学的性質を異にします。私達はポルフィリン化合物の熱的に可逆な結合形成を利用すると、温度変化を色の変化としてアウトプットできるのではないかと考えました。私達は、大きな励起子相互作用を得るために、3-ピリジル亜鉛ポルフィリンからなる歪んだ環状構造のポルフィリンナノクラスターを設計し、亜鉛と窒素の配位結合の形成と熱的解離を利用して、ディスクリートな超分子集合体による初めてのサーモクロミズムを実現しました。
 
[2] 炭化水素のキラリティーを検出するポルフィリンボックス
 アルキニレンで架橋されたポルフィリン二量体は、ユニット間に大きな回転自由度を持ちます。通常、そのような回転異性体のコンフォメーションを任意の角度で固定化することは難しいのですが、私達が設計したmeso位に4-ピリジル基を有する亜鉛ポルフィリン二量体(2P4)は、亜鉛と窒素の配位結合によって自己集合化して、そのコンフォメーションが主としてキラルな直交型に固定化された箱形集合体(BOX⊥)を与えます。極めて興味深いことに、このキラルボックスBOX⊥を不斉炭化水素中に添加すると、その鏡像異性体間 ((S)-BOX⊥および (R)-BOX⊥) に平衡の偏りが生じ、系は光学活性を示しました。この発見は、「極性官能基をもたない不斉炭化水素は分子認識のターゲットにはならない」というこれまでの固定観念を一新するものでした。クロマトグラフィーなどの多段の認識プロセスに依存せず、ホスト分子がワンポットで不斉炭化水素の形を認識した希有の例として、とても興味深い研究成果となりました。
 
[4] 渦の流れのキラリティーを感じるポルフィリンナノファイバー
 上のような研究背景から、私達は「機械的な力によって生じる分子集合体の形態変化の分光学的視覚化」という極めて挑戦的な研究課題に取り組みました。私達は、デンドリマーポルフィリン(DP)からなる超分子ポリマーの溶液が、回転撹拌によって円二色性(CD)を示すという極めて新しい現象を見出しました。サンプル溶液は、撹拌の開始と停止および反転に俊敏に応答してCDの大きさや符号を可逆的に変化させました。DPは回転撹拌によって生じるマクロな渦の流れに沿って一方向にねじれ配向し、光学活性を与えていることが明らかになりました。このように、まるでコレステリック液晶相中の分子のラセン状の配列が「希薄溶液の回転撹拌」によって発現するとは、誰も想像していませんでした。渦のマクロな不斉は、自然界におけるキラル対称性の破れの原因の一つと考えられており、本発見はその起源を考える上での重要な指針を提供するものと考えられます。
 
[3,6] 無機ナノリングとの複合化によるポルフィリンアレイ
 私達は、巨大な環状無機クラスター(MC)が複数個のポルフィリンを包接し、それらが「面をあわせるように配列したH-会合体」を形成することを見出しました (図4)。この事実は、「π平面間にずれを有するJ-会合体を形成しやすい」という本来のポルフィリンの性質とは対照的な現象です。MCは、1995年のMüllerらによる結晶構造解析の成功以降、その応用に関する研究はほとんど報告されていませんでした。私達はここに着目し、MCによる無機・有機ナノコンポジットの構築に挑戦しました。電子ドナーとしての性質を持つMCは内包されたポルフィリンと光誘起電子移動を起こし、本包接錯体は、光・電子活性な新たな有機・無機ナノ複合体として位置づけることができます。私達はポルフィリンに代わりπ共役分子ワイヤーを用いることにより、MCがそれを鋳型として数珠つなぎに連結したポリロタキサンの構築にも成功しており、光導電性低次元ナノマテリアルとしての展開を期待しています。