(2) 音に応答する分子集合体

音楽の音で整列する超分子ナノファイバー
 音楽は音による芸術であり、時間を軸として様々な音が融合して、音と静寂、音の高低、音の強弱などが変化します。それらを組合せることによって、音楽のリズムやメロディーそしてハーモニーが生まれます。音楽は、人の感情と密接に関わっていて、その心理的効果が古くから知られています。しかし、その一方で、音楽と物質の物理的な関わりはほとんど研究されていません。
 「人は音楽を聴くことができるが、分子は音楽を聴くことができるのだろうか?」音楽の心理的な効果によって、人は時々、身近な「物」を擬人化してしまい、あたかもそれらが音楽を聴いていると想像してしまうことがあります。このような発想は、分子が生き物ではないため、それがおかしな疑問だとすぐに気が付くはずです。しかし、それを物質科学的な視点から考えてみると、音は多数の分子が集まって形成する物質の振動であることから、音の振動と分子には何らかの物理的な関わりがあっても、実は不思議ではありません。そのような一般的関心事の正しい科学的理解と応用を目指して、我々は、音楽の音の振動を感じとることができるナノスケール物質の開発を行ってきました。


 我々は、平面構造を持つアントラセンという分子に、かさ高い側鎖ユニットを取り付けることによって、ねじれ構造を持つ柔軟性の高いナノファイバーを合成しました。そして、そのアントラセン誘導体からなる超分子ナノファイバーが、溶液中で、幅広い領域の周波数(〜1000 Hz)の音に応答して整列することを見出しました。超分子ナノファイバーの応答領域は、通常の音楽に用いられる周波数領域の多くをカバーしており、早い音響配向の応答・緩和特性を持ち、実際の音楽に含まれる時間発展を持つ幅広い周波数領域の混在音に対して俊敏に応答して、動的な音響配向現象を与えることがわかりました。そのような超分子ナノファイバーの音への応答性に着目して、そのサンプル溶液に向けてクラシック音楽(ベートーベン「運命」, モーツアルト「交響曲40番」「交響曲41番」)を流したところ、そのメロディーに合わせてナノファイバーが整列することを発見しました。ナノファイバーは音楽の音に応答して、あたかも踊っているかのようなユニークな現象を示すことが明らかになりました。ナノファイバーは音楽の音による溶液振動および流動による流体力学的な相互作用によって整列現象を引き起こしていると考えられます。本研究は、音楽とナノスケール分子の直接的な物理的相互作用を科学的に明らかにした世界で初めての研究例です。
 本研究成果は、音楽と物質のミクロレベルでの関わりを理解する上での極めて重要な知見を含んでおり、また、音響ナノテクノロジーのさきがけ研究として、ナノマシン、医療、食品化学、材料化学など様々な分野への応用に期待されます。

 
 
図1. 音楽によるポルフィリンナノファイバーの整列
ChemPlusChem 2014, 79, 516–523 (Highlighted in Cover Picture and ChemistryViews [Musical Molecules, Jan 08, 2014], Phys.org [Nanofibers align to the sound of Beethoven and Mozart, Jan 08, 2014], NanotechJapan [Jan 20, 2014], ワイリー・サイエンスカフェで紹介 [Jan 10, 2014]).
KAWADE夢ムック/文藝別冊「モーツァルト」, 河出書房新社, 2013, 138–147
 

超分子ナノファイバーのサンプル溶液にクラシック音楽を流すと、演奏時間を軸にしてナノファイバーの配向プロファイルが得られます。そのプロファイルは音楽に固有のものになります。