スギ・ヒノキ等人工林の病害で,枯死する例や材質の低
下に関わるもの
近年,人工林の長伐期化がすすめられているが,材質を低下させる病害の発生を知らないで伐期を延ばすと,将来,用材として使えない樹木ばかり維持すること
になる。下記の病害の発生状況を専門家が確認して伐期の判断をする必要がある。下記の病害の他に,生立木に
腐朽(腐れ)を起こす菌もある。
1. スギ・ヒノキの暗色枝枯病
糸状菌(カビ)による病気である。スギ・ヒノキ・ヒバ
などの壮齢木に材質劣化や先枯れ,枯死を起こし,林業上重要な病害であるが,枯れない場合が多いため見過ご
されてきた。また,枯死した場合には乾燥害と判断されることも多いようである。病原菌は
Guignardia cryptomeriae
Sawadaと命名された(沢田1950)が,近年の研究により(小林1988,宮下2005),この病気の病原菌としてBotryosphaeria属
の菌を含む数種の菌が存在することがわかってきたため,菌の所属変更などが検討されている。
感染被害は西日本(近畿,九州,四国)に多い。菌の侵入・感染は枝の基部で起こり,木部が長く露出した例では中心部に枝跡が見られる(写真下参照)。感染
木では葉枯れや枝枯れ,樹幹の部分壊死による陥没や材の変色が起こる。乾燥した環境下では集団的枯損を起こ
す場合もある。このページ上右の写真に示したス
ギ林では,台風により本病の感染が増加し,3年後に葉枯れ症状が集団で発生した(特に写真の左半分で褐色の葉が目立つ)。
また,本病はスギの黒心材化(後述)促進の要因の一つ
でもある。
関連の研究報告・総説
1.黒田慶子:スギ黒心材の発生原因 森林技術, 812:34-39, 2009.11
2.黒田慶子:病原体の侵入に対する樹木組織の反応」
-発病の兆しを検出する-
生存圏シンポジウム「樹木の健康を診断する」要旨集 79:23-26, 2007 (PDFダウンロード)
3.黒田慶子:木材を安心して使うために(6)スギ黒
心材の発生原因と対策. 木材工業, 61(12):611-613, 2006. (PDFファイルダウンロー
ド)
4. Kuroda, K.:
Xylem dysfunction in Yezo spruce (Picea jezoensis)
after inoculation with the blue-stain fungus
Ceratocystis polonica. Forest Pathology 35(5):
346-358. 2005. (PDF
ファイルダウンロード)
5.Kuroda, K.:
Degradation of Conifer Plantations in the Kansai
District. Bulletin of the Forestry and Forest
Products Research Institute, 2:247-254, 2003(PDF
ファイルダウンロード)
6.黒田慶子: ヒノキ漏脂病
の罹病樹齢 および樹脂流出促進要因の解剖学的検討.木材学会誌 46:503-509,2000
7.黒田慶子
他:ヒノキ漏脂病の発現機構の解明と被害軽減技術の開発.農林水産技術会議事務局,研究成果337,82pp,1999
8. 黒田慶子:ヒ
ノキ漏脂病罹病木における樹脂流出機構の解明.森林総合研究所所報 124 P.6-7 1999 (PDF
ファイルダウンロード)
9.Kuroda, K.:Seasonal
variation in traumatic
resin canal formation in Chamaecyparis obtusa
phloem. IAWA Journal 19(2) 181-189, 1998
10.黒田慶子:樹病:病原微生物の感染戦略と樹木
の反応.木材保存, 22(4), 205-214, 1996
2. ヒノキの漏脂病
病原体は糸状
菌(カビ)Cistella japonica Suto
et Kobayashiで ある。
ヒノキ,ヒノキアスナロ(アテ,ヒバ)が罹病し,樹幹から樹脂の流出が多年にわたって継続する。樹齢10年ごろから発症するが,樹脂流出量が増えるまでは
見つけにくく,20年生を越えてから問題になる場合がある。さらに年数を経ると流出した樹脂の影響で形成層
の部分的壊死が起こり,やがて樹幹が変形・扁平
化する。菌の伝染経路や感染木の感受性については不明な点が多い。防除法はなく,被害発生が多い場所には,罹病する樹種は植栽しないことが大事である。
被害林分の調
査と罹病木の解剖の結果から,下記のことを明らかにした。
1. ヒノキ漏脂病の罹病樹齢
および樹脂流出促進要因の解剖学的検討 木材学会誌
46:503-509,2000より
漏
脂症状を示す樹幹の師部には傷害樹脂道が多層認められた(写真右:罹病ヒノキ樹皮の横断面の顕微鏡
写真)。被害の多い林分では,漏脂症状の無い個体でも樹
脂道が形成されていた。このような個体は健全木ではなく「罹病しているが未発症」と考えるべきであろう。形成から3年以上経過した古い師部には傷害樹脂道
は形成されないという知見(Kuroda 1998) から,罹病樹齢は5〜8年生ごろの若齢期に
遡り,発症までに年数がかかることが明らかになった。本
病の罹病要因や発生環境を把握するには,若齢時にさかのぼった調査が必要である。発症個体では樹幹全周に樹脂道が認められ,エピセリウム細胞の分化を促す
刺激が樹幹全体に加えられていることが示唆された。環境や生理的要因が樹脂道形成促進に影響する可
能性がある。金沢の11年生個体を除いて,発症個体には
形成層の部分的壊死が認められ,壊死部では樹脂嚢の発達が顕著であった。成長がおう盛な林分で樹脂漏出と形成層壊死が促進される傾向があった。
2. ヒノキ漏脂病発生林分の環境的特徴と罹病木におけ
る傷害の履歴 ―京都府舞鶴市の4林分における調査結果―
暗色枝枯病菌の多点感染によるスギの枯死
(A)形成層壊死による木部露出.(B)繰り返し感
染による著しい通水阻害
I:
過去の感染部位,
D:
菌感染による辺材の変色
破
線 L:形成層が生きている部分
原図: 樹木医学(鈴木和夫編)
朝
倉書店,1999 のカラー口絵より
関 連の記述は「2.2 樹木の構造と機能」参照
3. スギの黒心材
心
材が黒いスギを「黒心」と総称する。美観的に商品価値を下げる以外に心材含水率が高く乾燥に問題があり,対策技術が探られてきた。発生原因調査と対策技
術の検討は,森林総合研究所を中心に1992年から始まり,報告書も出ている。本稿では「樹木生理と病理学」の
視点を主に「黒心(黒心材)の発生に係わる
要因と発生防止対策」を解説した。黒心には,目立った傷や病虫害の痕跡が無いものと有るものがあり,要因では,前者では遺伝的要因(後者では被害・感染)
が疑われている。また,事象的には合併症や発現程度のばらつきがある。
この両タイプの黒心の代表的な形態や形成過程,対
策として黒色枝枯れ病に遺伝的 に強い品種を選ぶこと,立木の非破壊検査の能力などについての解説は, 木材工業,
61(12):611-613,
2006,および 森林技術, 812:34-39, 2009に掲載されている。
詳細は,以下の解説文や報告書をご覧下さい。
針葉樹人工林の病害と健康低下
黒田 慶子 Kuroda, Keiko