私たちは、相分離や界面重合といった従来のアプローチとは異なる、分子や粒子の自己組織化を利用した、新しい構造、メカニズムにより対象の分子を分離する水処理膜の開発を行っています。分離膜の性能向上には、膜厚や孔径などの構造制御が非常に重要となってきます。疎水性相互作用や静電相互作用といった分子間に働く力などを利用して、分子や粒子を自己組織化させることで、相分離や界面重合では成し得ない高度かつ精密な構造制御を行い、高性能な水処理膜の開発を目指しています。
熱誘起相分離法(TIPS)や非溶媒誘起相分離法(NIPS)といった、従来のポリマーの相分離を利用したポリマー系水処理膜は、コストや製造プロセスの点では優れていますが、精密な孔径制御は困難です。私たちは、数ナノメートルオーダーと、非常に小さな粒径を有するナノ粒子を基材とした、ナノ粒子積層型の水処理膜の開発を行っています。ナノ粒子は、バルクの材料と異なる性質を発現することが知られており、ファインマテリアルとして近年着目されています。目の粗い支持膜表面にナノ粒子を最密充填させ、支持膜表面にナノ細孔層を形成させることで、ナノ粒子間の間隙を利用した分離が可能となります。本手法で得られる水処理膜は、ポリマー系水処理膜より孔径が精密で、膜厚が薄く、ナノ粒子の粒径、および積層数により、分離性能、透水性能を容易に制御することも可能です。
逆浸透膜・正浸透膜は、水分子のみを透過できる水処理膜で、の分野で広く用いられています。しかしながら、現在実用化されているポリマー系逆浸透膜は、水分子より小さなスケールのポリマーのネットワーク構造を利用して水分子のみを透過させており、その性能向上は限界に達しつつあります。
一方で、生物は、タンパク質やペプチドなどの機能性分子を用いることで、対象の分子を選択的かつ高効率に細胞膜の内外を輸送しています。水分子も例外ではなく、Aquaporinといった水チャネル分子により輸送していることが分かっています。Aquaporinはその内部に水とほぼ同じ大きさの孔を有しており、水分子のみを高選択的、かつ高効率に透過させることができます。このような生体由来の水チャネル分子は、従来用いられているポリマー系逆浸透膜より、2桁以上速く水分子を透過することができます。私たちは、この細胞膜の優れた機能に着目し、生体模倣的アプローチから、正浸透膜・逆浸透膜の開発を行っています。多孔性の支持体表面に、細胞膜の構造の模倣として、リン脂質の二分子膜を形成・固定化し、生体由来の水チャネル分子を導入することにより、水処理膜としての応用を試みています。このようにして得られる生体模倣型分離膜は、水処理だけでなくバイオセンサーやバイオリアクターなどの様々な分野への応用が期待できます。