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オサムシを分ける錠と鍵
Genital lock-and-key in ground beetles: Locks for isolation, keys for taxonomy


高見泰興,石川良輔


はじめに

昆虫の魅力とは何でしょうか? 美しいチョウの翅や,カブトムシやクワガタのツノやアゴは,とても魅力的です.では,オサムシの魅力は何でしょうか? オサムシにはツノもなく,たいてい地味で目立たない格好をしています.しかし,オサムシにも隠された魅力があります.私たちが「錠(じょう)と鍵(かぎ)」と呼んでいる部分です.

「錠と鍵」とは,鍵穴の付いた錠前と,それを開ける鍵のことです(図1).錠は,決まった鍵でないと開きません.オサムシに,鍵や鍵穴なんてあるのでしょうか? 答えは「イエス」です.



図1 錠と鍵


オサムシの錠と鍵とは,雄と雌の交尾器(こうびき)のことです.交尾器は,雄から雌へ,精子を受け渡すための器官です.オサムシの交尾器は,交尾の時にがっちりと組み合わさります.それが,鍵を差し込んだ錠前のようなのです.

オサムシの錠と鍵のような交尾器には,どのような意味があるのでしょうか.実は,オサムシにとって,そして人間にとっても,大切な意味がかくされています.これからその意味を紹介します.


オサムシの交尾器の仕組み

昆虫が好きな人は,チョウやカブトムシ,セミ,カマキリなど,いろいろな昆虫を手に取って見たことがあるでしょう.しかし,交尾器はあまり見たことがないのではないでしょうか.なぜなら,昆虫の交尾器は,普段は体の中に隠されているので,解剖しないと見ることができないからです.

雄の交尾器は,雌に精子を送り込むチューブです.オサムシでは,硬い筒状の陰茎(いんけい)の先に,膜質で袋状の内袋(ないたい)が付いています.普段,内袋は陰茎の中にしまわれていますが,交尾の時には,内袋が押し出されてふくらみます(図2).内袋の一部は硬くなって,「交尾片(こうびへん)」という突起になっています.この交尾片が「鍵」のギザギザにあたります.



図2 アオオサムシのオス交尾器と,内袋が押し出される仕組み
内袋は陰茎の中に「裏返し」の状態でしまわれていますが,体液の圧力で押し出され,交尾片が回転するように出てきます.


雌の交尾器は,雄の交尾器を受け入れ,精子を受け取る器官です.オサムシでは,交尾嚢(こうびのう)という袋です(図3).交尾嚢の下側に,別の細長い袋がついています.これは「膣盲嚢(ちつもうのう)」と呼ばれ,「鍵」に合わさる「鍵穴」にあたります.

 同じ種類のオサムシでは,交尾片と膣盲嚢の大きさが似ています.なぜなら,交尾器が組み合わさる時に,雄の交尾片が雌の膣盲嚢に差し込まれるからです(図3).



図3 アオオサムシの雌雄交尾器の構造と結合のしくみ(Ishikawa, 1987, Takami, 2003より改変)




交尾器が「種」を分ける:生殖隔離

錠と鍵は,対応しているものでなければ開きません.オサムシの錠と鍵も同じです.

錠と鍵の形は,オサムシの種類によって違います(図4).例えば,近畿地方の山地にいるヤマトオサムシは三角形の交尾片を持っていますが,マヤサンオサムシの交尾片は細長い釣針型です.平地にいるヤコンオサムシは,幅の広い五角形の交尾片を持っています.金剛山だけにいるドウキョウオサムシの交尾片は巨大な釣針型で,雄の体長の三分の一ほどもあります.そして,それぞれの種類の雌は,雄の交尾片に良く合う形の膣盲嚢を持っています.



図4 近畿地方のオサムシ(オオオサムシ亜属)と雄の交尾器
交尾器の写真は,体に比べて2倍に拡大してあります.


もし,別の種類の雄と雌が交尾をしようとすると,どうなるのでしょうか.実は,交尾片と膣盲嚢の形が合わないので,うまく交尾ができません.交尾片を膣盲嚢に差し込むことができなかったり,無理に差し込もうとして交尾器が壊れてしまうこともあります.

オサムシは,錠と鍵が合わないと交尾ができないので,別の種類の間で雑種ができにくくなります .生物の間に雑種ができにくいことを,「生殖隔離(せいしょくかくり)」があるといいます.つまり,オサムシの交尾器にある錠と鍵は,生殖隔離をもたらす仕組みなのです.

錠と鍵が合えば,交尾ができます.例えば,マヤサンオサムシの雄と雌は,交尾をして子孫を残すことができます.このように,交尾をして子孫を残せる個体をまとめて,「種(しゅ)」と呼びます .同じ錠と鍵を持つマヤサンオサムシ同士は,同種と考えられます.しかし,マヤサンオサムシとヤコンオサムシは,錠と鍵が違って交尾ができないので,別種と考えられます.種は,生き物を分類したり,生活を調べたり,数えたりする時の重要な単位の一つです.


「種」を分けるための交尾器:分類形質

オオクワガタとノコギリクワガタは,大アゴの形や大きさが違います.私たちは,大アゴの形や大きさを見て,クワガタの種を見分けることができます.

生物の種を見分けて整理する研究を「分類学(ぶんるいがく)」といいます.分類学では,生物の形の違いを調べます.種の違いが見つけやすい特徴のことを,「分類形質(ぶんるいけいしつ)」といいます.クワガタの大アゴの形は,分類形質の一つです.

オサムシの錠と鍵のようになった交尾器も,分類形質の一つです .しかもオサムシは,交尾器の形が違うと交尾がうまくできないので,その形の違いは種を見分ける(=交尾して繁殖できるかどうかを見分ける)ためにも役立ちます.

種を見分けられると,生物の多様性を知ることができます.例えば,世界には853種のオサムシが知られていますが,日本にはその4%の35種が生息することがわかります.ずいぶん少ないように感じますが,過去の限られたチャンスに大陸から渡ってきたためだと考えられます.

種を見分けられると,自然破壊の深刻さを測ることもできます.自然を切り拓いて街にすると,もともと棲んでいた生物が少なくなります.少なくなった種を調べれば,どのような生息場所が破壊されたかがわかります.つまり,自然を回復する方法を考えるためにも役立つのです.


「錠と鍵」を持つオサムシの特徴

実は,全てのオサムシが,錠と鍵のような交尾器を持っているわけではありません.日本では,オオオサムシ亜属というグループのオサムシだけです.上で紹介したマヤサンオサムシ,ヤコンオサムシ,ヤマトオサムシ,ドウキョウオサムシ,アオオサムシは,すべてオオオサムシ亜属の種です.クロナガオサムシやマイマイカブリの仲間には,交尾片も膣盲嚢もありません.

海外にも,錠と鍵のような交尾器を持ったオサムシがいます.しかし,オオオサムシ亜属のような,交尾片と膣盲嚢という仕組みではありません.イランからコーカサス山脈の周辺に住むコブスジオサムシの仲間では,交尾片の反対側に別の突起があります(図5).同じ地域に住むアトキリオサムシでは,交尾片はありませんが,内袋と交尾嚢の形そのものが,錠と鍵のように対応しています(図5).



図5 海外のオサムシの「錠と鍵」(Ishikawa, 1978より改変)


不思議なことに,交尾器が錠と鍵になっているオサムシの種は,一般に外見の違いがあまりはっきりしません.オオオサムシ亜属の種も,色や大きさは違いますが,形はあまり違いません(図4).そして,狭い地域に多くの種が棲んでいる傾向があります.これは,交尾器の錠と鍵が生殖隔離として働くので,交尾器の形が少し変わるだけで,新しい種ができるからだと考えられています.

対照的に,広い分布域を持つグループの種は,外見の違いが著しい割に交尾器の違いが少ない傾向があります .これは,錠と鍵による生殖隔離がないので,新しい種ができる前に分布を広げたり,体の色や形が変わったためかもしれません.


おわりに

オサムシには,カッコいいツノや大きなアゴはありません.しかし,錠と鍵のような不思議な交尾器を持った種がいます.魅力を内に秘めた昆虫と言えるかもしれません.

オサムシが持っている錠と鍵のような交尾器には,2つの意味がありました.一つは,オサムシが仲間を見分けて,違う種の間で雑種ができないように働く,生殖隔離の仕組みという意味です.もう一つは,私たちが種を見分ける時の指標となる,分類形質という意味です.「オサムシを分ける錠と鍵」という言葉には,この2つの意味が同時に込められています.

なぜ,錠と鍵のような交尾器ができたのでしょうか.また,なぜ一部のオサムシだけが,錠と鍵を持つようになったのでしょうか.その理由は現在研究中です.次節「錠と鍵の機能」で,これまでにわかったことを紹介します.


参考文献

Ishikawa, R. (1978) A revision of the higher taxa of the subtribe Carabina. Bulletin of the National Science Museum, Series A (Zoology), 4: 45-68.
Ishikawa, R. (1987) On the function of the copulatory organs of Ohomopterus (Coleoptera, Carabidae, Genus Carabus). Kontyû, 55: 202-206.
石川良輔 (1991) オサムシを分ける錠と鍵. 八坂書房.
Takami, Y. (2003) Experimental analysis of the effect of genital morphology on insemination success in the ground beetle Carabus insulicola (Coleoptera: Carabidae). Ethology Ecology & Evolution, 15: 51-61.



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