Home | Research | People | Publication | オサムシ自然史研究会 | オサムシの交尾器のはなし


「錠と鍵」の機能
The function of genital lock-and-key in ground beetles


高見泰興


はじめに

生物の持つ特徴が,なぜそうなっているのかを明らかにすることは,生物学の重要なテーマの一つです.一般に,生物の形態や行動は,その生物がうまく繁殖するために役立っていると考えられます.例えば,花の色や形,においは,昆虫や鳥を呼び寄せ,花粉を運んでもらうのに都合よくできています.カブトムシのツノやクワガタのアゴは,ライバルの雄と闘ってエサ場を独占し,そこに来る雌と交尾するために役立ちます.

オサムシ(オオオサムシ亜属)の交尾器にある錠と鍵(前節参照)は,彼らの繁殖にどのように役立っているのでしょうか.錠と鍵のような交尾器は,種が違うと合わないので,雑種ができにくくなります.錠と鍵は,無駄な交尾を避けるという点で繁殖に役立っているのかもしれません.しかし,それだけのためにドウキョウオサムシのような巨大な交尾器が必要でしょうか.しかも,別種との交尾で,交尾器が壊れてしまったり,死んでしまったりするのは,繁殖に役立っているとは言えません.

最近のアオオサムシを用いた研究から,オサムシの繁殖に役立つような錠と鍵の機能がわかってきました.これからその成果を紹介します.


オサムシの交尾

繁殖期(5〜7月)に雄と雌を一緒に飼っていると,交尾を観察することができます.最初は,雄が雌の背中に乗ろうとします.雌はしばしば嫌がりますが,雄の幅広い前符節が吸盤のように張り付くので,雌を捕まえるのに役立ちます.

雄は雌の背中に乗ると,腹端から陰茎を出して,雌の腹端に差し込みます(前節参照).この状態で交尾が続きます.アオオサムシでは1時間半くらいですが,ミカワオサムシやドウキョウオサムシなどでは30分,キイオサムシでは5時間以上も続きます.

外からは見えませんが,交尾嚢の中では,陰茎の先から内袋がせり出し,交尾片が膣盲嚢に差し込まれます(前節参照).この状態で精包(せいほう)が作られます.精包は弾力のあるタンパク質のカプセルで,中に精子が入っています(図1).精包は,交尾嚢の奥にある受精嚢(じゅせいのう),輸卵管(ゆらんかん),膣盲嚢の開口部をふさぐように,しっかりと貼り付けられます.



図1 アオオサムシの雌交尾器の構造と精包の位置
精包は交尾嚢の奥に貼り付き,受精嚢,輸卵管,膣盲嚢の入り口がふさがれます.



精包の中の精子は,交尾後3時間ほどで受精嚢へ移動します.雌は,産卵の直前に卵を受精させるので,その時まで受精嚢に精子を貯めておきます.残った精包は雌によって消化され,1〜2日ほどで完全に無くなります.これは,精包のタンパク質を吸収して,卵を作るための栄養にするためかもしれません.


交尾片の機能1: 精包を貼り付ける

もし交尾片がなかったら,オサムシの交尾はどうなってしまうのでしょうか.生物の持つ特徴を使えなくすると,逆にその機能がわかります.交尾片を切って機能を制限すれば,交尾片の機能を調べることができるのです.

交尾片を切り取った雄と,未交尾の雌を交尾させます.すると,交尾片をほとんど取ってしまった雄は,精包を形成できません.もし精包を作れたとしても,交尾嚢の奥に貼り付けることができず,受精嚢へ精子が移動しません(図2).それに対して,交尾片の先だけを切って大部分を残した雄は,普通に精包を貼り付けることができ,受精嚢へ精子が移動します(図3).



図2 交尾片を切除した雄は,精包を奥に貼り付けられません




図3 交尾片を切り取った雄の交尾成功
交尾片を全て切除すると精包を貼り付けられませんが,先端だけならあまり問題ありません.


このような実験から,交尾片は精包を正しく形成するために役立つことがわかります.雄は,交尾片で交尾器を固定して,精子が移動しやすい場所に精包を貼り付けているのです.


交尾片の機能2: ライバルの精包をはがす

オサムシの雌は,一生のうちに何回も交尾すると考えられています.つまり,1頭の雄の精子だけが,受精に使われるわけではないのです.雄が自分の子孫を残すには,ライバル雄の精子ではなく,自分の精子を卵と受精させなければなりません.

1頭の雌に2頭の雄が続けて交尾すると,興味深いことが起こります.後から交尾した雄は,ライバルの精包をはがして,自分の精包と取り換えるのです.雌の交尾嚢には,2つの精包が入ります(図4).DNA鑑定 で精包の持ち主を調べると,交尾嚢の奥に貼り付いている方が後から交尾した雄の精包で,はがされた方が先に交尾した雄の精包であることがわかります(図5).



図4 連続交尾の結果
2頭の雄が連続して交尾すると,最初の雄の精包ははがされ,2番目の雄の精包が奥に貼り付きます.




図5 精包はがしの成功率
1頭の雌に2頭の雄が続けて交尾した時,2番目の雄の80%は最初の雄の精包をはがし,代わりに自分の精包を貼り付けます.
残りの20%の雄は精包をはがすことができず,自分の精包を作れなかったり,異常な場所に作ったりします(Takami 2007より).


この「精包はがし」は,ライバルの交尾が終わった直後が最も効果的です.なぜなら,精包から受精嚢へ精子が移動するには時間がかかるので,その前にはがしてしまえば,代わりに自分の精子を雌に送り込むことができるからです.それに対して,雄は交尾後も雌の背中に乗り続けることがあります.これは,雌がライバル雄と再交尾しないように,守っているのだと考えられます.

雄は,どうやってライバルの精包をはがしているのでしょうか.まだ直接的な証拠はありませんが,おそらく交尾片を使っていると考えられます.精包は膣盲嚢の入り口をふさいでしまうので,そのままでは交尾片を差し込むことができません.後から交尾した雄は,交尾片を栓抜きのように使って,邪魔な精包をはがすと考えられます.しかし,上手くはがせず,自分の精包を作れないこともあります(図5).精包は,ライバル雄の邪魔をする「交尾栓(こうびせん)」でもあるのです.


おわりに

本節では,オサムシの交尾器にある「錠と鍵」のうち,鍵である交尾片の機能を紹介しました.アオオサムシの交尾片は,雌の交尾器に精包を貼り付けたり,ライバルの精包をはがしたりするのに役立っていました.これは,雄がライバルよりも多くの精子を雌に送り込み,多くの子孫を残すために進化した仕組みだと考えられます.

オオオサムシ亜属の種は,さまざまな形の交尾片を持っています.しかし,アオオサムシ以外の種で,交尾片がどのように働いているかはわかっていません.ドウキョウオサムシの巨大な交尾片は,いったい何の役に立っているのでしょうか.これから解明しなければならない問題です.

また,雌がもつ「錠」である膣盲嚢の機能もまだわかっていません.一つの可能性として,雄が精包をはり付けたりはがしたりすると,雌にとっては交尾器が傷ついたりして負担になりそうです .そのため,雌は交尾片が当たらないように,「逃げ」を作っているのかもしれません.これを確かめるためにも,更なる研究が必要です.


参考文献

高見泰興 (2001) 性選択から見たオサムシ交尾器の機能と進化. 昆虫と自然, 36: 24-28.
Takami, Y. (2002) Mating behavior, insemination and sperm transfer in the ground beetle Carabus insulicola. Zoological Science, 19: 1067-1073.
Takami, Y. (2003) Experimental analysis of the effect of genital morphology on insemination success in the ground beetle Carabus insulicola (Coleoptera: Carabidae). Ethology Ecology & Evolution, 15: 51-61.
Takami, Y. (2007) Spermatophore displacement and male fertilization success in the ground beetle Carabus insulicola. Behavioral Ecology, 18: 628-634.



前節 オサムシを分ける錠と鍵