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1. 若い人々へのメッセージ

このホームページを読んでいる人には、これから参加する研究室を探している、あるいは研究を始めて数年たったという若い人もいることかと思います。大学の研究室は、そのほとんどが企業ではなかなかできないような基礎研究をしています。基礎研究は、日常的な必要性や応用から離れているため、何の目的でされているのか、専門外の人には分かりにくいものも多くあるかと思います。私たちの研究室では、生命にとって非常に重要でありながら分かっていないことが多い生体膜を理解・活用するための手段として、生体膜のモデル系(人工生体膜)をガラスやシリコンのような固体基板の表面に構築する研究を行っています。「なぜ固体基板の表面に膜を作るのか?」これには二つの大きな理由があります。ひとつめの理由は、固体と液体の界面(生体膜は水中でしか存在できません!)に膜があることで、膜内の分子を非常に高感度・高精度に測定することができるということです。顕微鏡を用いてひとつずつの分子を観測することも可能です。もうひとつの理由は、半導体集積回路の作製に用いられる微細加工技術を用いて膜をデザイン・加工できることです。皆さんの身の回りにある電子機器を制御する集積回路は、半導体の板の上に様々な回路が作られたものです。その技術を膜に応用することで将来、膜を自然と人間とを結ぶインターフェースができるのではないかと夢見ています。そのような長期的ビジョンにもとづいて、分子の自己組織化現象と、半導体微細加工技術、高感度計測技術を融合する研究を進めています。生物学、化学から物理、工学に至る幅広い分野の技術を融合した研究であるため、ほとんどの研究テーマは他大学、他分野との共同研究として進められています。研究を通じて広い世界を経験し、世界で活躍するための能力を養うことも、研究の大きな醍醐味です。そのような分野融合的かつ異文化との接点の多い研究に興味を持たれる方はぜひ一度、ご連絡ください。

2. 大学で研究をする目的

大学の研究室で研究する目的は、「研究を通じて教育をする」ことです。研究は、科学技術や学問の基礎となる知識や技術を獲得するプロセスです。基礎研究は、日常的な必要性や応用から離れているため、自由な考えで未知の課題に取り組むことができる芸術や哲学にも似た創造的な活動です。研究活動の基本的な流れは、まず仮説を作り、それを検証するための方法(実験など)を考えて、実際に実験をして結果を得る(あるいはものを作る)というものです。そして、論文や学会発表という形で世界に新しい知識・技術を知らせます。特に、英語で書かれた論文は、世界中の人が読むことができ後世にも残るという意味で、研究活動が目指す重要なアウトプットであると言えます。論文という一種の芸術作品にたどり着くまでの長いプロセスの中に、皆さんが今後どのような職業に就いても役立つ普遍的なエッセンスが含まれています。純粋な基礎研究(特に世界最先端の研究)は、大学や限られた研究機関でしか行われておらず、企業や行政・民間団体における研究開発の大部分は特定の応用を目的としたものです。従って、自由で創造的な考えを推し進める基礎研究は、大学にいる間しかできない大学院生・研究員の特権であると言えます。大学にいる期間は短いので、その間に一生懸命研究をしてできるだけ多くの「普遍的なエッセンス」を自分のものにしてください。

3. 基礎実験技術の大切さ

すでに研究を始めている皆さんは、日々多くの実験をして良い結果を出そうと努力していることかと思います。良い結果を得るためには実験量が大切ですが、もうひとつ非常に大切なことが実験の質(実験技術)です。そのことを皆さんはあまり意識することがないかもしれないので、少し説明します。実験技術とは何でしょうか。最も基本的には、「正しい方法で実験をしている」、「実験作業を毎回、確実に同じでぶれずに行える」ということになるかと思います。例えば、緩衝液作製では、正しい方法で化合物を秤量して溶液を作っているのか、測定された濃度やpHがどのくらい正確か、同じ条件で作製した緩衝液がどのくらい同じものであるかが個人の実験技術で異なってきます。また、表面化しない問題として、実験器具や試薬の扱いから来る不純物・粒子の混入などは、ほとんどの場合見過ごされているかと思います。実験技術が不十分であると、同じ実験をしても結果がばらつく、なぜうまくいくのか(うまくいかないのか)が分からないなどの問題につながります。
では、実験技術を向上させるには何が必要でしょうか。基本的には、次の3点を意識することがまずは重要です。(1)これまでの試行錯誤、経験から決まった実験方法、条件がある場合には、それらを遵守する(標準作業書(マニュアル)がある場合には、それに記載されている通りに作業を行う)。(2)細部を大切にする(スパチュラの洗浄、机へのおき方など、全ての細かい作業を意識して行う)、(3)実験工程を詳細に記録する、他のメンバーと情報共有する。以上の3点です。全体の実験工程が長くなり作業が複雑化するほど、個別作業を確実にこなすことが重要になります。いかに簡単な作業であっても、それをおろそかにすることで実験全体の成功確率(歩留まり)が極端に低くなり、研究そのものが成り立たなくなるリスクがあります。研究者は自分の知識と技術をもとに世界を渡り歩く職人であり、職人としての高い自由度を獲得するためには、高いレベルの実験技術が必要です。そのような実験技術は一朝一夕では得ることができないことを認識して、実験技術をいかにして向上させるかということを常に意識してほしいと思います。