Science

生体膜は、生物学に残された大きな未開のフロンティアで、シグナル伝達、エネルギー変換など、全ての生命活動に重要な役割を果たしているにもかかわらず、その構造や機能についてまだ分かっていないことが多くあります。私たちは、脂質やタンパク質分子を自分たちで組み合わせて、固体基板表面に生体膜の人工的なモデル系を作製する技術(人工生体膜)を開発しています。生体膜の多様な機能を分子レベルで再現・解析することで、基礎生物学だけでなく医療診断、食品安全性検査、環境計測など幅広い応用に活かせる膜システムを開発します。

Projects

(1) パターン化人工生体膜:

生体膜は、脂質分子が表裏二層に並んだ二分子膜構造を持つています。私たちは、この脂質膜を固体基板表面に特定のパターンで作製する技術を開発してきました。ガラスなどの基板表面において、光重合性脂質膜を光リソグラフィー技術でパターン化重合し、生体由来の脂質膜と組み合わせることで、パターン化人工生体膜を形成することができます。生体由来の脂質膜は、分子が側方拡散できるという生体膜の基本物性(流動性)を保持しており、生体膜のモデルとなります。一方、ポリマー脂質膜は、生体由来の脂質膜と同じ二分子膜構造を持っているため、脂質分子の拡散障壁として働くだけでなく、流動性脂質膜を側方から支えて安定化します。この世界的にもオリジナルな独自技術を用いて、私たちは生体膜の構造を精密に再現し、その機能を定量的に解析する技術を開発しています。

(2) ナノ空間

生体膜で行われる高感度なシグナル伝達や高効率なエネルギー変換には、膜の2次元構造だけでなく、膜と膜との間にある極めて微小な空間が重要な役割を果たしています。私たちは、パターン化人工生体膜とシリコーンエラストマー(polydimethylsiloxane: PDMS)との間に厚さが100 nm以下のナノ空間を形成して、その中で生体分子を超高感度で計測する技術を開発しています。ナノ空間において分子をひとつずつ観測することで(1分子計測)、個々の分子の性質や機能をこれまでよりも飛躍的に詳しく解析することができます。

(3) シグナル伝達

外部からの刺激を細胞内に伝えるシグナル伝達は、生体膜において行われる最も重要な機能のひとつです。脂質ラフトと呼ばれる生体膜のヘテロな脂質環境は、膜タンパク質の膜内における分布や分子間相互作用に影響を与え、シグナル伝達にも重要な役割を果たすと考えられています。私たちは、生体膜におけるシグナル伝達の分子機構を解明するため、パターン化人工生体膜に膜タンパク質を再構成して、ヘテロな脂質環境での分布や分子間の相互作用などを1分子蛍光観察で定量的に評価する技術を開発しています。

(4) 光合成

植物や藻類などが行う光合成は、地球上の生き物の大部分が依存するエネルギー源です。太陽光のエネルギーは、チラコイド膜と呼ばれる膜において化学エネルギーに変換されます。高等植物のチラコイド膜には、光化学系II (PSII)、シトクロムb6f (Cytb6f)、光化学系I (PSI)、ATP合成酵素など多様なタンパク質群が高密度に分布しています。2次元膜におけるタンパク質の動的な分子分布や複合体形成が光合成機能にどのような影響を与えるかは、重要でありながら理解が充分にできていない難問です。私たちは、チラコイド膜をパターン化人工生体膜に再現して、膜タンパク質分子の動的な分布と機能を詳細に調べる技術を開発しています。