研究室からのメッセージMesseage

自然科学全体を俯瞰するだけの経験を持ち合わせておりませんので、以下、有機合成化 学に範囲を絞って私からのメッセージを書きます。もちろん、これは、これまでにお世話 になった先生方や諸先輩、同僚、学生との密接な研究生活から思い至ったものです。

1.研究とは

未開拓な土地へのはてしない知の旅です。目的地に着くことだけが、重要なのではありません。途中で、つらいときや苦しいときは必ずあります。それを乗り越えたものだけが味わえる「成功体験」が人格形成、成長を促すものと考えております。

2.化学とは

「化学」は科学の中でも、自分たちの知恵で人類の役に立つ新しい機能物質を作り出すことのできる唯一の分野です。中でも、有機合成は生命科学領域、材料科学領域などとも密接につながっており、いまや、有機合成力なくして「科学」の進歩はあり得ません。

3.有機合成の使命とは

必要な化合物を、高純度で迅速に合成し、提供することによって人類の存続や環境保全に役立つことと考えております。 そのために、求められる条件として、

  1. 原料は安価で容易に入手可能、枯渇性資源である石油由来ではない原料
  2. 触媒は高活性かつ高選択性、取り扱い容易、回収再利用可能
  3. 生成物は100%収率、100%選択性、容易に単離・精製が可能
  4. 単に化学収率だけでなく、原子効率、E-ファクターも満足させる反応の開発
  5. 合成工程はできるだけ(究極に)短段階、かつ有害な廃棄物を出さない

などが、あげられます。 私たちが開発した反応・触媒・方法論の科学的価値を認識、評価するのはまずもって、研究者自身であり、たとえ、発表時は支持してくれる人が少なくても「少数派の誇り」を持つことが必要と思います。そして、真に有用性かあるかどうかの実証は他者(たとえば全合成の研究者や企業化など)にゆだねます。

4.最後に

これからは物の豊かさから心の豊かさが求められる時代です。その中にあっても、基礎科学研究の重要性はゆるぎません。70億人を超える世界中の人々の健康で文化的生活を持続可能とするためにも、私たちは有機合成化学の力量を信じて、人類の存続に貢献したいと考えています。「高い志と強い責任感、そして熱い情熱」をもった若い人が有機合成化学分野に参画されることを歓迎します。

林 昌彦


現在、研究室配属や大学院進学を考えている学生の皆さんに向けて、大学の研究室とはどういうものか、その中で当研究室が現在何を目指しているかを述べたいと思います。

 現在、大学の教員をしている私ですが、恥ずかしながら、私が高校生だった頃、大学では何が行われているか、大学生になったら何をしたいか、ということを考えたことがありませんでした。自分の手元には教科書があったからです。数学、国語、英語、物理などの教科があり、それぞれに勉強する範囲が指定されていて、そこから逸脱する範囲のことは今は学ぶ必要ないと手を付けない。それは大学に入学してもすぐには変わりませんでした。その自分の中での常識が通じなくなったのが、研究室に配属された時でした。

 まず、教科書がない。もちろん、有機化学などの教科書はあるのですが、研究室では教科書に載っていることをしていても全く意味がありません。大学の研究室は、将来の研究者を育てる教育の場としてだけではなく、世界の最先端の科学を実践する研究の場であることも求められているからです。そして、そういう場であるから、終わりがありません。やるべきこと(そして次第に「やりたいこと」に変わりますが)が無限にあります。大学の研究室とはそういうところです。

 では、学生の皆さんは研究室で何を目標にしたらよいか。
これは私見ですが、研究者としての自分を自ら育てる、ということです。そしてそれは、「自覚」を持つことのみによって可能となります。私は、研究室の学生の皆さんにはいち早くこの自覚を芽生えさせてもらいたい(もちろんすでに持っている人もいます)と思っています。

当研究室では、世界最先端の有機化学を全ての学生の皆さんに進めてもらっています。そして、誰もが学年や立場の違いを超えて議論できる環境を用意しています。最初は私や先輩に言われた実験を行う研究スタイルだったものが、他人と議論し、知識と経験を積んでゆくことで、自らが考え実験を設計し結果を考察するようになる。その成長過程をぜひ楽しんでもらいたいと思います。

有機化学はとても面白いです。原子と原子を結合しまたは切断し、新たな分子を創造していく。どんな生成物が得られるかは実際に反応させてみないとわかりません。目的物が収率よく得られて、それが雪のようなきれいな結晶である時もあれば、副反応ばかり進行し溶けたチョコレートのような液体が得られるときもある。でも実は、そのチョコレートもどきの中に、とても面白い構造を有する化合物が、新反応の原石として存在している時もある。有機化学とはそのような学問です。

研究室を作り上げていくのは、教員だけではありません。むしろ、学生の皆さんが主体となります。

学生の皆さんと一緒に、「我々の研究室」、というものを喜怒哀楽しながら構築していきたいと考えています。

松原 亮介