イ チジク株枯病菌の感染戦略に関する解剖学的研究
神戸大学 森林資源学研究室 黒田慶子 Kuroda, Keiko
神戸大学 森林資源学研究室 黒田慶子 Kuroda, Keiko
乳液分泌
✴第
216回森林学会大会要旨(2015年3月27日〜)
Ceratocystis ficicola接種によるイチジク株枯病発病メカニズムの検討
(1) 解剖学的手法による発病過程の追跡 隅田皐月1
・ 黒田慶子1 ・ 森田剛成2 ・ 軸丸祥大2
1神戸大学大学院農学研究科 ・
2広島県広島県立総合技術研究所農業技術センター
イチジク品種「蓬莱柿」二年生苗の主幹に、アイノキクイムシに
よるC.
ficicolaの媒介を模した4点接種を行い、宿主内における本菌の動態と宿主細胞の反応との関係を解剖学的に検討した。接種1週間後、接種部では道管
内腔と柔細胞内に菌糸が観察された。また、柔細胞内容物および道管と木部繊維の細胞壁が黄色~褐色
に着色しており、宿主細胞の防御反応により二次代謝物質が生成したと推測された。接種部から垂直方
向に5cm離れた部位では菌の観察頻度が低く、局所的に道管内腔に観察された。着色物質の蓄積は明
瞭でなく、宿主細胞の反応は強まっていなかったと考えられた。防御反応による変色部位(傷害心材)
では、道管の通水機能が停止することが知られている。葉の萎凋という外部病徴は2〜3週間後から認
められたが、その前に接種部付近で変色部の横断面積が拡大し、通水可能な道管が著しく減少してい
た。従って、本病感染木は感染部位で通水が停止して萎凋・枯死に至ることが示され、ブナ科樹木萎凋
病(ナラ枯れ)との共通点が認められた。
(2)
宿主の水分生理と病徴進展 黒田慶子 ・ 隅田皐月 ・ 森田剛成 ・ 軸丸祥大
イチジク品種「蓬莱柿」2年生苗の主幹にC.
ficicolaの4点接種を行い、土壌の保水程度と病徴進展の関係について検討した。供試苗の下部に熱流束センサーを装着して水分通導の変化の非破壊的
追跡を試みた。土壌水分や気温を測定しつつ供試苗を定期的に抜き取り、本菌の感染の確認および酸性
フクシン液の注入による水分通導範囲の検出を行った。「非保水区」では接種10日後から葉が萎凋し
始めた個体が発生したが、土壌水分の低下を抑制した「保水区」の病徴発現は2週間後以降で、葉が萎
凋せずに落葉する例が目立った。落葉個体でも萎凋個体と同様に、接種部位付近で木部の変色が拡大
し、通導範囲が著しく減少していた。熱流束センサーで主幹部の熱の出入りを調べたところ、通導が活
発な健全苗では、晴天の昼間はセンサーの外側(大気)から内側(主幹内部)への熱移動が大きく、木
部樹液が低温傾向であることが推測された。接種苗で萎凋や落葉が開始する前の段階で、主幹外部から
内側への熱移動が少なくなる傾向が認められた。樹液流動が緩慢になったか、木部含水率の低下に起因
するのではないかと推測した。この時期は木部の変色が拡大する時期とほぼ一致していた。
✴平
成26年度 日本植物病理学会大会
黒田慶子・隅田皐月・梶井千永・森田剛成:株枯病菌を接種したイ
チジクにおける病徴の進展(2)宿主の防御反応に起因する内部病徴と通水阻害
要旨:イチジク品種「蓬莱柿」の2年生苗に株枯病菌を4点接種し
て定期的に抜き取り、宿主細胞の反応、水分通導阻害と病徴との関係を解剖学的手法により検討し
た。病徴発現前の個体を中心に検鏡したところ、接種1週間後には接種部周辺の道管内腔で菌糸が観察され、さらに日数の経過に伴い、放射柔細胞や軸方向柔細
胞内への菌糸の侵入が確認された。菌糸の周囲では宿主の防御反応による二次代謝物質の生産が増加
し、柔細胞内および道管、木部繊維等の細胞壁は黄色〜褐色
に着色した。この変色部位(傷害心材)では、道管の水分通導が停止することが知られている。柔細胞内のデンプンは接種後に徐々に減少してやがて消失し、防
御物質の生産に消費されたものと推測された。接種2〜3週間後には変色部位はさらに拡大し、葉の黄
変や萎凋という外部病徴の発現前の段階で、通水可能な道
管が著しく減少していた。以上のように株枯病罹病木では通水が停止して萎凋・枯死に至ることが示唆され、ブナ科樹木萎凋病(ナラ枯れ)などの樹木萎凋病と
の共通点が認められた。
✴The 8th Pacific
Regional Wood Anatomy Conference, 17-21 October
2013, Nanjing Forestry University, China
๏Keiko
Kuroda: Collaboration of wilt pathogen and
vector beetle induces extensive xylem
dysfunction and wilt symptom successfully.
๏C. Kajii,
K. Kuroda, et al.: Xylem dysfunction in Ficus
carica infected with a wilt fungus Ceratocystis
ficicola and the role of the vector beetle
Euwallacea interjectus
๏C. Kajii
& K. Kuroda: Laticifer structures of Ficus
carica L.
関連の報告類
✴梶井千永・森田剛成・軸
丸祥大・黒田慶子:青変菌Ceratocystisが関与するイチジク萎凋病の解剖学的研究,樹木医学
研究17:5-6, 2013
✴黒田 慶子・梶井
千永・森田 剛成・軸丸 祥大・山岡 裕一・梶村 恒:
イチジク株枯病におけるCeratocystis属菌と養菌性キクイムシの連携
124回森林学会大会, 2013.03
✴梶井千永・森田剛成・軸
丸祥大・梶村恒・黒田慶子:アイノキクイムシの樹幹内行動はイチジク株枯病の発病にどう影響するのか,
日本生態学会近畿地区会 2012年6月9日,奨励賞を
受賞しました。
✴梶井千永、森田剛成、軸
丸祥大、梶村 恒、山岡裕一、黒田慶子:イチジク株枯病菌(Ceratocystis
ficicola)自然感染木における宿主細胞の反応と通導阻害の進行,H24年度日本植物病理学会大会要旨集,
2012.03
要 旨:イチジク株枯病の病原菌C. ficicolaは、土壌感染性の強い菌であると共にアイノキクイムシによって媒介される. しかし虫媒伝染による発病プロセスについては不明な点が多く, 防除を一段と困難なものにしている.本研究では、効率的な防除法開発のための基礎資料を得るために、本種の加害による宿主への影響について解剖学的手法に より明らかにした. 供試木には、アイノキクイムシの穿入があり、萎凋症状の発生直後で枯死していない26年生の自然感染木を用いた. 供試木の基部では木部が7割以上変色し、付傷や感染による傷害心材と考えられた. 感染木では変色部の拡大により樹幹上部への水分供給が著しく低下し、萎凋に至ったと推測した. 変色部ではアイノキクイムシの孔道が多数見られるとともに病原菌が確認された. また、変色部から未変色部へと伸びた新しい孔道の中から、メスのアイノキクイムシ成虫と菌糸. 宿主細胞による二次代謝物質の生成が見られた. 以上の結果から, アイノキクイムシの孔道伸長が変色部の拡大及び通導阻害の進行に関わることが示唆された。
イチジク株枯病感染木
放射乳管
Ceratocystis ficicola
媒介甲虫
アイノキクイムシ
イチジク主幹の放射断面(木部)
研究報告
✴イチ
ジク株枯病に関する研究論文
1.森田剛成,軸丸祥大,黒田慶子:株枯病菌を接種したイチジク苗木
における病徴の進展過程 (1)木部の通水阻害と萎凋症状の関係,植物病理学会報, 82 :3
01-309, 2016
2.隅田 皐月,梶井 千永 ,森田 剛成 ,黒田
慶子:株枯病菌を接種したイチジク苗木における病徴の進展過程 (2)
宿主細胞の防御反応と内部病徴に関する解剖学的検討,植物病理学会報, 82 :310-317,
2016
3.隅田
皐月・森田剛成・軸丸祥大・黒田慶子: Ceratocystis
ficicola接種によるイチジク株枯病発病過程の解剖学的研究,樹木医学研究19:
96-97, 2015
4.C Kajii, T Morita, K Kuroda
Laticifers of ficus carica and their potential
role in plant defense, IAWA journal
35(2):109-115. 2014 全文PDF
ダウンロード
5.Kajii, C., Morita, T., Jikumaru, S., Kajimura, H., Yamaoka Y. and Kuroda, K.: Xylem dysfunction in Ficus carica infected with wilt fungus Ceratocystis ficicola and the role of the vector beetle Euwallacea interjectus, IAWA Journal 34 (3): 301–312, 2013 全文PDF ダウンロード
図1 供試苗木の模式図
図2 切り口の処理(矢印)
✴学
会発表
✴樹
木医学会第20回大会要旨(2015年10月24~25、東京農業大学)
イチジク株枯病菌Ceratocystis
ficicolaの土壌から宿主への侵入経路の解明
隅田皐月(神戸大院農)・森田剛成(広島総研)・黒田慶子(神戸大院農)
1.はじめに
C.
ficicolaによるイチジク株枯病は我が国のイチジク産地で蔓延しており、枯死被害が増加している。伝染経路の一つである土壌経由の感染に対する防除
方法として、本菌により汚染された土壌への殺菌剤かん注処理や、抵抗性台木の使用が挙げられるが、
現状では十分な防除効果は出ていない。被害軽減を図るにおいて、土壌中での本菌の感染戦略、つまり
本菌の宿主への侵入経路を知ることは重要である。イチジク(Ficus carica
L.)は挿木栽培が一般的であり、主な侵入経路として根と挿穂切り口が考えられる。本研究では、切り口由来の感染に着目してそこからの侵入を阻害する処理
を施した接種実験を行い、本菌の宿主への侵入経路および発病過程について、病理解剖学的手法を用い
て検討した。
2.試料と方法
イチジク品種「蓬莱柿」の挿木二年苗18本(平均枝長50.7
cm)を用い、以下の接種実験を行った。①接種区(6本):汚染土壌(厚膜胞子104個 /培土1
ml)へ移植した。②切り口処理区(6本):挿穂切り口(図1)にトップジンMを塗布しゴム製
キャップを被せた(図2)後に汚染土壌へ移植した。③対照区(6本):滅菌土壌へ移植した。供試苗
木の外観変化を観察しながら、定期的に一部の個体を採取し、菌の分離、根乾重の計測を行い、試料片
をFAAで固定した。スライディングミクロトームで厚さ20
µmの切片を作製し、光学顕微鏡で観察した。
3.結果と考察
「接種区」では接種11日後には葉が萎れ始め、19日後に菌を 分離した結果、挿穂基部(図1)の木部に本菌の侵入が確認された。その後、42日後には全ての個体 で萎凋の開始が見られた。「切り口処理区」では、接種42日後に初めて一部の個体に葉の萎れが発生 した。切り口処理による発病抑制が顕著であることから、本菌は挿穂切り口が主な侵入経路であると判 断された。切り口では、接種前の段階でカルスや樹皮の形成が無く、皮層、木部、髄が土壌に接してい たことから、侵入が容易であったと考えられる。また、萎凋開始個体の木部には褐変が見られ、顕微鏡 下では柔細胞類に二次代謝物質の蓄積が認められた。よって、萎凋の原因は、宿主の防御反応で生じた 傷害心材の拡大による通水機能の低下と推測された。褐変は一部の根にも観察され、「接種区」では根 の重量増加が見られなかったことから、本菌は根の成長を抑制すると推測された。しかし、「切り口処 理区」でも根への侵入があるにも関わらず発病が抑制されていることから、本菌は根への侵入よりも挿 穂断面からの侵入の方が容易であり、それが萎凋に直接関わっている可能性がある。従って、土壌経由 感染に対する防除では、挿穂切り口からの侵入阻止の対策が重要であると言える。
森田ら2016 図4
森田ら2016 図3
隅田ら2