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研究内容

私たちのグループは、生物機能の中でも(1)汚染物質の代謝・分解に関わる酵素、また(2)植物が汚染物質を体内に取り込み、輸送するタンパク質に関する研究を、遺伝子工学、分子生物学、分析化学、構造生物学などを駆使して行っています。これら研究を通して、環境浄化、安全な作物の栽培に関する技術の開発を目指しています。

汚染物質として私たちは残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants、POPs)に焦点を当てています。これは、環境中での残留性、生物蓄積性、人や生物への毒性が高く、長距離移動性が懸念されている化合物です。そのため、残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約により、製造及び使用の廃絶・制限、排出の削減、これらの物質を含む廃棄物等の適正処理等が規定されています。しかしながら、POPsによる環境、生物、食料に渡る汚染の広がりは減少するどころか、全世界に拡大しています。POPsを環境から取り除き、食料となる作物に取り込まれないようにすることは、私たち人や野生生物の健康・生命に対する脅威を取り除くために重要です。

POPsに指定されている化合物
POPsに指定されている化合物
POPsの性質と食物連鎖による動物への蓄積
POPsの性質と食物連鎖による動物への蓄積

(1)薬物代謝酵素による汚染物質の代謝・分解メカニズムの解明と応用

動物は食物の摂取とともに多種多様な異物を体内に取り込んでしまいます。これら異物の蓄積は動物に深刻な毒性をもたらし、当代のみならず次世代にも影響を及ぼします。この悪影響を回避するため、動物は洗練された解毒システムを持っています。細胞内に侵入した異物はシトクロムP450(P450、CYP)モノオキシゲナーゼという代謝酵素により代謝反応を受けます。この反応により、異物は水に溶けやすくなり、その後のさらなる代謝反応を受けやすくなります。その結果、異物は体外に排泄されやすくなり、毒性が低減します。私たちはこのP450モノオキシゲナーゼに着目し、研究を行なっています。特に、哺乳類のP450モノオキシゲナーゼがPOPsとどのように反応するか調べています。これにより、POPsの毒性に影響を受けにくい動物、受けやすい動物が明らかとなり、動物の汚染物質に対する感受性を推測することが可能となります。

例えば、209種類あるPCBの中で最もダイオキシン様毒性が高いCB126(3,3′,4,4′,5-ペンタクロロビフェニル)はラット由来のP450モノオキシゲナーゼの一種CYP1A1により2種の水酸化代謝物に代謝されることを明らかにしました。水酸化代謝物は元のCB126に比べ水に溶けやすくなっているので、別の代謝酵素の反応を受けやすく、さらに体外から排泄されやすくなっていると考えられます。したがって、CB126の毒性は低下すると考えられます。一方、ヒト由来のCYP1A1はラットCYP1A1と非常に類似したアミノ酸配列(79%)を持っていますが、CB126を代謝することができません。すなわち、ヒトにおけるCB126の毒性はラットにおける毒性よりも高いと考えられます。

ラットの代謝酵素CYP1A1によるCB126代謝
ラットの代謝酵素CYP1A1によるCB126代謝

さらに、私たちは動物によって異なるPCB代謝活性の違いを、P450の三次元構造モデルを利用して明らかにしました。CB126のヒトとラットのCYP1A1による代謝活性の違いは、構成する500前後のアミノ酸のうち2つのアミノ酸が異なることに由来することが明らかとなりました。この2つのアミノ酸はCB126が基質として結合するCYP1A1の基質結合キャビティーに位置し、CB126が反応を受けやすいように配置させるのに重要であることがわかりました。すなわち、この二つのアミノ酸がヒトとラットでのCB126の代謝の違いを決定していると言えます。この二つのアミノ酸に注目すれば、PCBの毒性を受けやすい動物、そうでない動物を推測できるかもしれません。

一方、環境中には膨大な種類の微生物が生息しています。微生物もまた、動物と同様にP450モノオキシゲナーゼを持ち、これらは様々な構造を持つ化合物の代謝や生体関連物質の生合成を担っています。土壌細菌Bacillus megateriumが持つP450モノオキシゲナーゼであるP450BM3は、すべてのP450の中で最も活性が高く、細胞中の小胞体膜に結合し、活性を示すという一般的なP450の特徴を持たず、可溶性という珍しい性質を持っています。このため、タンパク質精製、立体構造の解析、変異体の作製による新しい酵素活性の付与が行われてきました。私たちはこの点に着目し、立体構造を利用したPOPsの結合に重要なアミノ酸の変異により、POPsを効率よく代謝するP450BM3を創り出す研究を行なっています。もし、POPsを代謝できるP450BM3を作製できれば、環境浄化に応用できるかもしれません。

土壌細菌由来P450BM3の立体構造とPCBの結合
土壌細菌由来P450BM3の立体構造とPCBの結合

(2)汚染物質による作物汚染を支配するメカニズムの解明と応用

植物は根を通して土から、生長に必要な水や栄養分を吸収し、体全体に供給しています。しかしながら、生長にプラスになるものばかりを吸収しているわけではありません。もし、汚染物質が根の近傍の土に存在していたなら、否応無しに汚染物質を吸収してしまいます。したがって、汚染程度の低い圃場で栽培することは安全な作物を栽培する上で大変重要です。一般に、POPsのような生物蓄積性の高い、すなわち脂肪に溶けやすい汚染物質は植物の根に吸収され蓄積こそしますが、地上部分にはほとんど輸送されません。よって、地上部分を食用とする作物の果実に移行・蓄積し、汚染することはありません。一方、キュウリやカボチャ、ズッキーニなどのウリ科作物はそれ以外の植物と比べ、POPsを葉や茎、果実に高濃度に蓄積します。例えば、40年以上も前に使用され、現在は使用禁止になっているPOPsがキュウリやカボチャの果実で残留基準値を超えて検出される事例が日本で起こっています。ウリ科作物を経由して人が摂取するPOPsは、健康に直ちに悪影響を及ぼすほどの濃度ではないかもしれません。しかし、残留基準値を超えることによる作物の回収・廃棄、さらには風評被害は作物を栽培する農家にとって大きな負担となります。では、なぜウリ科作物を栽培した時だけこのような汚染が発生するのでしょうか?

ズッキーニ植物体とその果実
ズッキーニ植物体とその果実

私たちはこの謎を解明すべく、汚染物質の根細胞への取り込み、根から地上部への輸送に着目し、研究を行いました。汚染物質、特に私たちがターゲットとしているPOPsは水に溶けにくい性質を持つことから土壌中では有機物質と強く結合して存在しています。植物は土壌と結合した無機養分を水に溶かし出し、利用します。これと同じ要領でPOPsを水に溶かし出してしまい、POPsは近くにある根に取り込まれます。ウリ科作物が汚染物質の根へ取り込み、蓄積する能力が高いために、地上部の果実の汚染を引き起こしてしまう可能性が考えられました。しかし、私たちの答えは「ノー」でした。生きた根を使って汚染物質の根への取り込みを顕微鏡を使って観察したところ、ウリ科植物であっても非ウリ科植物であっても同程度に、しかし根の中心近くの細胞まで取り込むことがわかりました。これまでの常識では、水に溶けにくい化学物質は根の表面に吸着し、根の中心には移動しないと考えられていました。ウリ科と非ウリ科の違いを、汚染物質の根への取り込みに見い出すことはできませんでしたが、新しい発見となりました。

次に、根から地上部への輸送にその違いがあると考えました。根から吸収した水や栄養分は茎を切ったときに滲み出てくる導管液という液体により輸送されます。昔から化粧水としても利用されている「ヘチマ水」はヘチマから採取した導管液です。水に溶けにくい性質を持つPOPsなので、何らかの方法によりこの導管液に溶けて輸送されるものと考えました。その方法がPOPsと導管液に含まれるタンパク質との結合によるものであることを私たちは導管液タンパク質を調べることで発見しました。すなわち、導管液に含まれるメジャーラテックスライクプロテイン(Major latex-like protein、MLP)がPOPsと結合して、導管液にPOPsを溶かしこみ、導管液の流れとともに根から地上部に輸送していました。POPsと結合するMLPを根に持ち、導管液を介して地上部に移動することがPOPsによる作物汚染に重要であることが明らかとなりました。

MLPによるPOPsの輸送とウリ科作物の汚染
MLPによるPOPsの輸送とウリ科作物の汚染

この研究成果から、MLPを汚染物質と結合しないように変化させたり、根で合成されるMLPや導管液に含まれるMLPの量を減らしたりすることで、キュウリやズッキーニのPOPs汚染を防ぐ手段になり、安全な食料の生産につながります。反対に、MLPを植物にたくさん作らせることができれば、汚染物質を効率よく蓄積できる環境浄化植物を作り出すことができます。植物を利用した環境浄化方法はファイトレメディエーションと呼ばれ、土の中に張り巡らされた根を利用して広範囲から低濃度の汚染物質を植物に吸収・濃縮させ、環境から効率よく取り除くことができます。

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