インクルーシヴ教育とケアリング
神戸大学附属特別支援学校2022年度研究集録
1.インクルーシヴ教育をめぐる関心の高まり
インクルーシヴ教育に対する関心が高まっている。特別支援学級に在籍する子どもは、半分以上の授業を特別支援学級で受けなければならないとする文部科学省の通知「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について」(2022年)と、それに対する国連障害者権利委員会からの勧告が、世間の関心に火をつけているように感じる。
この件の背景には、特別支援学級に在籍するが通常学校で学ぶことを保障するためのシステムをつくってきた学校の存在があるとされる。このところメディアによく取り上げられている学校に、豊中市立南桜塚小学校がある。この学校では、特別支援学級の担任が、特別支援学級に在籍する子どもたちが通常学級で学ぶことを保障している。受け入れ体制や環境を整備したり、保護者と綿密に連絡を取り合ったり、通常学級の担任と密接に連携を取り合ったりなど、特別支援学級の担任が、障害のある子どもをめぐってコーディネイター的な動きをする。こうした教員が教員集団の中で機能することが、この学校における、障害のある子どもたちの学びを最もよく保障できる最適解だったのだと理解できる。
先日も、ある自治体の障害者福祉政策に関わる審議会に出席した折、委員の一人がこの件について力のこもった発言をされていた。「豊中市と違ってうちの自治体では、いまだに障害のある子どもたちと障害のない子どもたちが分けられている、それに対してどう考えるのか」という問いかけだった。実際、よく知られていることだが、特別支援教育体制ができて以降、特別支援学級と特別支援学校の在籍者数は増加の一途をたどっている。子どもの数自体が減少の一途をたどっているにも関わらず、である。特別支援教育体制になって、子どもや保護者の希望に応じた学校選択ができるようになってきた。その結果として、特別支援学級や特別支援学校が選ばれるというこの現象は、控えめに考えても、通常学級の排除圧力の強まりに原因の一端を求めなければならないだろう。インクルーシヴ教育に対する関心の高まりは、こうした状況に対する社会の反応なのではないか。
2.インクルーシヴ教育の意味
そもそもインクルーシヴ教育という語が世界に知られるようになったユネスコの「サラマンカ宣言」(1994年)は、「差別とたたかう学校」という概念を提起している。
“インクルーシブ志向をもつ通常の学校こそ、差別的態度と戦い、すべての人を喜んで受け入れる地域社会をつくり上げ、インクルーシブ社会を築き上げ、万人のための教育を達成する最も効果的な手段であり、さらにそれらは、大多数の子どもたちに効果的な教育を提供し、全教育システムの効率を高め、ついには費用対効果の高いものとする。”(国立特別支援教育総合研究所のデータベースページにある訳出)
日本も2014年に批准した国連の障害者権利条約の第24条には、次のようにある。
“締約国は、この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現するため、障害者を包容するあらゆる段階の教育制度及び生涯学習を確保する。”(政府訳)
この条文にある「包容する」という語が、インクルージョンの訳語にあたる。つまり、この条文は、インクルーシヴな教育制度及び生涯学習を求めているのである。インクルージョンという語は、エクスクルージョン(排除)の反意語である。すなわち、インクルージョンというのは、排除とは逆の方向への動きを意味する。したがって、インクルーシヴな教育制度や生涯学習というのは、現在の教育制度や生涯学習に排除があることを前提として、その排除とたたかうことなのだと言っていい。
現在の教育制度や生涯学習における差別や排除をどのように捉えるか、またその差別や排除とたたかうとはどういうことか、という問いが、インクルーシヴ教育をめぐる議論の出発点になければならないと思う。
1979年の養護学校義務化によって、障害を理由にした義務教育の猶予・免除が廃止された。これによって障害を理由とする権利停止という明示的な差別が不法となった。2001年の特別支援教育制度成立によって、障害のある子どもと障害のない子どもが異なる学校で学ぶという原則が撤廃された。これによって障害を理由にした通常学校からの法的な排除はなくなった。そして今日に至るまで、後期中等教育の保障も大幅に進み、特別支援学校中学部卒業生の進学率は98%を超えるようになった。こうした歴史をふりかえると、障害のある子どもたちをめぐる教育制度の差別や排除は、着実に乗り越えられてきた。
そして現在。私たちが扱わなければならない差別や排除は、もっとソフトなものになってきているように思われる。「誰もあっちに行けとは言っていないけど、結果としてあっちに行かなければならない状況になっている」というようなソフトな差別や排除である。男女雇用機会均等法においても「間接差別」の禁止が扱われているように、表面的には差別・排除がないようにみえて、運用の結果として間接的に差別や排除が表れるような問題である。
3.差別や排除とたたかう、ということの意味
間接的な差別や排除の根は深い。男女雇用機会均等法でいえば、男女に保障されている育児休暇を取得するのが女性ばかりという状況は、「男が育児休暇なんて許せない」という職場の雰囲気や、家庭内のジェンダー問題に根ざしている。間接的な差別や排除を修正しようとすると、私たちの日常を支えている文化や意識の問題が問われることになるのだ。
差別や排除のない社会をどのようにイメージするかという議論の中に、「同化統合」か「異化統合」かという議論がある(石川准)。差別や排除の原因となっている異質性を同質化させることで統合をめざすか、異質性をそのままにして統合をめざすか、という議論である。他民族・多文化社会であるアメリカ社会がめざすのは、具材を溶け込ませることでおいしさを創り出す「メルティングポット」型社会か、あるいは個々の具材の個性を保ちながら全体としておいしさを実現している「サラダボール」型社会かという議論とも通じる。
インクルージョンという語であれ、共生社会という語であれ、暗黙の裡にめざされているのは、「同化統合」や「メルティングポット」型社会ではなく、「異化統合」や「サラダボール」型社会である。個々人のもつ異質性が尊重され、全体としてうまくいっているような社会、ということである。
個々人のもつ異質性を尊重するということは、私たちの日常を支える文化や意識の問題でもある。考えの異なる人、能力の異なる人、生活習慣の異なる人、身体の形の違う人、使う言葉が異なる人など、さまざまな差異に対する私たちの態度と行動が問われる。異質性を尊重するというのは、いかなる差異があろうとも、まずはその人の存在を肯定するということである。
学校における日常を考えたとき、子どもたち個々人の存在の肯定が大原則であることは論を俟たないだろう。存在の肯定は差異の肯定を意味する。しかしこの大原則は、ことさら教師に葛藤をもたらす。例えば、「暴力をふるう子ども」を肯定することはできない。暴力をふるうという行為と子どもの人格とは別だと考えて、人格を肯定して行為を否定するという操作がなされたとしても、教師は葛藤から自由になれるわけではない。対人関係において、行為と人格の把握とは密接につながっていて、容易に分けることができないからだ。
大阪市立大空小学校を扱った映画『みんなの学校』に、すぐ暴力をふるってしまう子どもと教師たちの格闘の記録が描かれている。その格闘の中に涙あり笑いありのドラマがある。暴力をふるう子どもの行為を閉じた関係の中で矯正しようとするドラマではない。学校関係者のみならず、地域住民も巻き込んで問題解決を図ろうとしていくドラマである。その中で果されていくのは、暴力をふるうという行為の矯正ではなく、その子どもも含めた多くの人たちの人格的な成長なのだと感じられる。
差異や存在を肯定するということは、放置することとは正反対の行為を導く。差異や存在を肯定すれば、相互にケアしあい、学びあい、成長しあう行為に導かれるはずなのだ。インクルーシヴ教育とケアリングは、必然的に接合する。
4.本校の教育実践をめぐって
本研究収録には、ケアリングに根ざした教育実践の記録が並んでいる。教師たちが個々の子どもたちの姿を捉え、その様子を自分たちの言葉で紡ごうとする。その把握を立脚点としながら、子どもたちを一方的に矯正しようとするのではなく、子どもたちが自ら人格的に成長していくことを願う行為として教育実践が行われる。さらに、教師たちの願いとそれに対する子どもたちの反応との間のズレを捉え、子どもたちの姿をさらに深く捉える契機としていく。
例えば、野原を題材にした絵本を読むことを出発点に、子どもの実体験の少なさを感じ取った教師たちが、野原に出て虫を捕まえてくるという流れをつくっていった中学部の授業記録がある。この授業に参加している子どもたちの中には、学校に居場所を失った経験をもち、教師を含めたおとなたちへの不信感を拭い去ることのできない子どもが含まれていた。その不信感は行動面にも表れていたが、教師たちは直截的に行動の矯正を図ろうとするのではなく、行動の背後にある不信感の払しょくに焦点を当てていた。子どもたちが自ら人格的に成長していくことへの願いが、野原に出て虫を捕まえるという授業の背景にあったのだと感じられる展開だった。
「野原を題材にした絵本を読んだ後に、野原で虫を捕まえる」という授業の型をモデル化しても、この授業の意味を伝えることにはならない。まったくならない。この授業に意味があると感じるのは、表面的な授業の流れではなく、教師たちのケアリングに根ざした行為が授業に表れている点にある。しかも、その授業をはじめとする長い時間をかけた教師たちのケアリングの結果として、子どもの人格的な成長が行動から感得することができたという物語が続くのである。
私は本校の教育実践の中に時々現れるこうした繊細な取り組みをみて、授業の原点にあるべきものを教えられたように思う。教師たちの気遣いとそれに呼応する子どもたちの反応が表現されることで成り立つ授業、そういった原点である。
このような授業がどこの学校のどの授業でも実現されているなら、学校における差別や排除はずいぶん少なくなるだろう。本校の教育実践から、差別や排除とたたかう学校の要素の一部を捉えることは難しくないはずだ。しかし、差別や排除とたたかう学校という基準で考えると、本校に欠けている部分が大きいことも明確だ。
こうした教育実践が、附属特別支援学校という特殊性を条件に成り立っているということ、つまり通常の公立学校の条件のもとでは、教師と子どもの比率という一点を捉えるだけでも、不可能だと思われてしまう点に、大きな弱点があるのだと思う。その結果、本校の教育実践は特別支援学校という枠から超えることが難しい。
もちろん特別支援学校として優れた実践を生み出していく学校に大きな存在価値があることは疑いえない。しかし優れた特別支援学校という枠組だけでは、総体として排除的な学校システムを補完することになってしまうという点に留意する必要があると思う。
本校の教育実践が、特別支援学校という枠を超えて、本来の教育実践の姿に立ち返るための問題提起になる方策を考えていきたい。
5.周辺からの問題提起
パウロ・フレイレの言説の中に、「被抑圧者しか社会を変革することはできない」というものがある。既存の社会秩序から利益を得ている抑圧者に、社会を変革するエネルギーは生まれえないと考えるためである。パウロ・フレイレの信念に依拠すれば、教育システムの中で周辺化された特別支援学校にこそ、教育システムを変革する力があるのではないか、ということになるかもしれない。周辺に位置づく教育実践は他にもある。夜間中学の実践や、社会教育実践がすぐに思い当たる。そうした周辺化された教育実践が連帯することで、「包容する教育制度と生涯学習」をめざすことができるのではないか。
私自身、2023年度で本校の校長職を終えるが、その後も引き続き変革のエネルギーが生まれ、高められていく過程に注目し、支援をしていきたいと思う。私の専門は、社会教育という領域にある。社会教育は学校教育に比べて、組織化されにくい領域である。昔から、社会教育は常に組織化の過程にある、とも言われてきた。それゆえ社会教育は学校教育よりも脆弱で認知度が低く、社会的な期待も低い。けれども、常に組織化の過程にあるという社会教育の特徴は、肯定的にも捉えられてきた。組織化の過程にあるために自由があり、人間が輝ける。
人々の教育を受ける権利を保障するために、学校教育は高度に組織化されてきた。障害のある子どもたちの教育を受ける権利も、学校システムの組織化の度合いを高めることで保障されてきた。しかし、組織化によって頑丈にそびえたつほど巨大になった制度は、人間を支配するようになる。イヴァン・イリイチはそのように主張した。本来は人間が人間の幸福のために使う道具であるはずの制度が、人間から力を奪い、人間を操作するようになってしまう。学校教育はそのようになってしまっていないか、とイリイチが問いかけたのは1970年代だった。その後も制度が巨大化することでさまざまな恩恵がもたらされてきたのと引き換えに、人間に対する不信に根ざした管理が進行し、間接的な差別や排除が社会の中に巣食ってきてしまったのではないか。
私は社会教育に、マンモス化した学校制度に対してアンチテーゼを投げかける役割を期待してきた。同様に、特別支援学校という周辺、さらには附属学校という周辺が、教育システム全体に蓄積した矛盾を修正する力をもちえるのではないか、と考えている。その拠り所になるべきなのが、徹底した人間愛であり、差別や排除とたたかう力とモチベーションなのだと思う。地道に子どもたちと向き合い、子どもたちが育っていく力を信じ、子どもたちの育ちを妨害するさまざまな外圧とたたかうこと、そしていろいろな回路を使って外部社会と通じ合い課題提起力を高めていくこと、そうしたことを通して教育システムの歪みを修正していく力をつけていくこと。ケアリングに根ざす学校の取り組みというのはそういうことなのではないかと思う。
引き続き、本校の超まじめで自由な教育実践に期待し続けていきたい。