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Comments No.10 津田英二研究室

日韓は、人類の課題解決のために連帯できるか

毎年必ず韓国に行くようになって20年以上が経過した。この間、韓国経済はめまぐるしい発展を見せ、日韓共催ワールドカップ、韓流ブームなどを経て、日韓関係は大きく変わった。20年前の韓国は物が安くて買い物が楽しかったけれども、国際電話も航空運賃もとても高かった。日韓は、20年前に比べて対等で近い関係になったというのが、私の生活実感である。

その一方で、日本の植民地政策をめぐる日韓の葛藤は、20年を経ても変わっていない。もちろんいくつかの事実認識について歩み寄りがあったし、それぞれの政府の公式見解にも変化があった。しかし、葛藤の構図自体には変化はないように感じられる。

2016年に政府間で調整された日韓合意は、すでに破綻しており、今後も機能することはないだろうと思われる。これまで多くの人たちが葛藤の解決のために努力を重ねてきたにもかかわらず、戦後70年以上を経ても未だに解決に近づかない。そもそも解決するものなのか、解決するとはどういうことなのか、ということを改めて考えさせられる。

私自身、日本の植民地政策においてアジア諸国に大きな被害をもたらしたことについて、いったんは次のように考えている。まず、加害国が日本であろうがどこの国であろうが、ファシズムを容認した当時の世界に対する徹底した反省がなされてきたかどうかを、まずは問う必要がある。その上で、先祖が加害国の一員であった日本人として、この葛藤をどう引き受けるかということを考える。つまり、日韓間の複雑な関係について、人類の課題として考えるという道筋と、国家間の課題として考えるという道筋を分ける必要があると思っている。

例えば、韓国の歴史資料館で日本軍による拷問のレプリカを見て、日本人として申し訳なく思ったりする。私たちの2世代以上前の日本人の仕業に対して、私たちの世代が何を感じなければならないのか、考える。私自身がもしも2世代以上前に生まれていて、拷問する側に立っていることもあり得た、などとも考える。感情的には、日本人としての私に罪の意識が生まれるのは避けがたい。しかし、感情面を抜きにして考えれば、そのような立場になることは日本人でなくてもありえたはずであり、日本人であるというだけの理由で現在を生きる私自身が罪悪感をもつ必要はないはずである。むしろ考えるべきは、過酷な植民地政策を実行することになった仕組みや過程を反省し、その反省を生かした国家を作ってきているか、ということのはずである。

しかし、その反省をするということは、本質的には日本という枠組みを超えて、普遍主義的な観点に立脚するということでもある。もちろん戦前の日本、あるいは現在まで続いてきている日本人気質や政治システム、社会構造を変えることは大切であるが、国際問題を戦争によって解決しようとする指向性は日本だけがもっていたわけではない。戦争によって人命や人権がないがしろにされた原因は、戦争そのものにあるというほうが適切である。普遍的な反戦平和こそが本質なのである。

片や、韓国側が感情を抑制させることができないということも、理解しなければならない。韓国側からすれば、日本軍が行った非人道的行為の特殊性こそが問題なのだということになる。被害者にとって過酷な経験は、その人にとって一回性の重大なできごとである。戦争を体験した人たちに共通の普遍的な経験なのだという説得は意味を持たないだろう。

日本政府は、こうした加害・被害の関係を「そろそろご破算にしよう」と言っている。韓国側には、あるいは日本の国民の間にも、そうしたいと考える人たちと、それは無理な相談だという人たちとがいる。日韓合意を無効にしようという韓国の大きな勢力は、「無理な相談」だという意思を示している。被害国側が「無理な相談だ」と考える限り、加害国側がご破算を強いることはできない。

ここで私を暗澹たる気持ちにさせるのは、一方で韓国に日韓合意を破綻させた道義的責任を負わせようとする日本の雰囲気であり、また他方で韓国の政治的環境に普遍主義の精神が育っていないことである。

どの国にも右派と左派との対立があるが、日本のそれと韓国のそれとはずいぶん様子が違う。日本の場合は、右派は国家主義的指向性、左派は普遍主義的指向性というような別れ方をしている。右派は、国家の内と外とを明確に分け、自分たちの国を繁栄させことに力点を置き、強い国家を形成することを通して結果的に平和や人権にも貢献しようと考える。左派は、人類の課題解決から発想をスタートさせ、それに貢献する社会や国家のしくみをつくろうと考える。少なくとも、私は日本の右派と左派をこのような形で対立的に捉えてきた。ここで強調したいことは、日本には左派の歴史的蓄積がそれなりにあるということである。1970年代の社会運動は、まさに普遍主義を指向したし、社会科学研究の多くも国家の枠組みをはるかに超える普遍主義を指向してきた。それらの影響は社会の至るところに及んでいる。私自身、国家への貢献よりも人類への貢献のほうが優先するという環境の中で育ってきた。普遍主義を指向する環境の中で研究・教育・実践ができるというのは、考えてみたら当たり前ではないし、ありがたいことなのかもしれない。

そのような幸運な状況が、このところにわかに揺らいできているのではないかと危惧している。左右のバランスが崩れ、普遍主義的指向性が後退しているのではないか。世界共通の動向といえるかもしれないが、自民族中心主義、自国中心主義がさまざまな局面で姿をみせる。かつて中道と思われていたような考え方が、今では左寄りに位置づけられるようになっているように感じる。例えば、20年前は左派系新聞といえば「赤旗」が思い浮かんだが、かつては中道の大手メディアと目されていた「朝日新聞」が今や代表的な左派系新聞のように言われている。社会全体の右傾化の中で、日韓合意の機能不全は、日本の右派にとって格好の韓国叩きの材料になってしまう。戦争に突き進んだかつての国家主義の反省から成り立ってきた普遍主義的諸制度が、徐々に切り崩されていく。今の日本には、健全な普遍主義の立て直しが必要だと思う。

片や韓国の右派と左派は、日本の常識から考えるとたいへん複雑である。韓国の左派は、北朝鮮との和解・統合をめざし、日本に対しては加害責任を厳しく追及する。日本帝国主義から身を守りつつ、朝鮮民族の民族国家を再興するというのが、左派のめざすところであるようにみえる。右派はというと、ひとことで言えば反共がテーマであり、北朝鮮の影響から身を守りつつ、韓国の資本主義経済の発展に重心を置いているようにみえる。問題は、この右派と左派との対立軸に、普遍主義が入り込む余地が乏しいということである。左右いずれの社会運動においても、韓国人あるいは朝鮮人としてのアイデンティティに彩られている。右派が韓国を統一体とした国家主義、左派が統一民族国家の実現をめざす国家主義だという違いがあるだけで、国家主義へのアンチテーゼとしての普遍主義が提示されない。民族の恨自体が一定の普遍的課題を提示してきていることが、かえってその固有性を突き抜ける障害になっているのではないか。

では韓国に普遍主義的思考や生き方がないのかといえば、そんなことはない。私自身は、障害者や障害者支援にかかわっている人たちと交流を深めているが、彼らの普遍主義的指向性は強い。障害の問題という人類共通の課題に立ち向かっているのだから、当然と言えば当然である。世界中を飛びまわり、たくさんの人と友好な関係を築きながら多くのことを吸収している。もちろん、私たちとも障害の問題をめぐって課題意識を共有し、相互主体的な語り合いを行う。彼らの普遍主義的指向性には、クリスチャニティが大きく影響しているように感じることもある。人類という枠で考えるとき、スピリチュアリティの果たす役割は案外大きいのかもしれない。

日韓間の葛藤、韓国の普遍主義が成熟することで、次の段階に至ることができるのかもしれないと思う。日韓の平和運動や女性運動が、普遍主義的観点からそれぞれのカウンターパートと対話を通して共闘できるようになることが、ひとつの目安ではないかと思う。そうなれば、慰安婦像はもっと抽象化して、植民地時代の人々の過酷な経験、それを引き起こした世界の構造のアイコンとして、人類の課題としての戦争平和の象徴へと昇華されるだろう。

植民地時代の経験を過去の記憶にしようとする日本政府の目論見が外れた今日、私たちにできることは、韓国の人たちとの民際交流によって、同じ方向を見て協力しながら課題を解決しようとする小さな努力の積み重ねなのだと思う。