研究内容

スイッチング特性を有する新しい金属錯体の開発

金属錯体の示すスイッチング現象には,スピンクロスオーバー,原子価互変異性,構造異性などが知られ、温度・圧力・光などにより金属錯体のスピン状態や色、構造の変化を示します。このような分子スイッチング現象は磁気メモリやディスプレイ,センサーとしての応用が期待されるため,近年注目を集め盛んに研究されています。 スピンクロスオーバーは,金属イオンと配位子との組み合わせによる配位子場分裂エネルギーと同一軌道内のスピン対生成エネルギーとの分子内の拮抗により,低スピンと高スピン状態との間で温度変化する現象です。

アゾ色素であるアゾビスフェノール配位子はONO配位ドナー原子を持ち,鉄(III)イオンに対して弱い配位子場を与えると考えられます。しかし,その鉄(III)錯体がこれまで非常に報告例の少ないアニオン性スピンクロスオーバー錯体であることを初めて明らかにしました(下図)。 また,N2O4配位圏に加え、アゾビスフェノール配位子とシッフ塩基配位子からなるN3O3配位圏を持つ中性鉄(III)錯体では温度ヒステリシスを持つ協同的なスピンクロスオーバーを示すこともわかりました。

金属錯体のスイッチング特性のメカニズム解明

上で述べたように、スピンクロスオーバーは金属錯体分子のエネルギーの拮抗による双安定現象ですが、 その転移挙動は結晶構造に強く依存し、例えば同じ組成を持ち異なる結晶構造(多形)を持つ錯体のスピンクロスオーバー挙動は大きく異なります。

チアゾール環を有するターピリジン型配位子からなる鉄(II)錯カチオンとBF4アニオンとの錯体において,脱水による構造転移とカップルしたスピンクロスオーバー挙動変化を発見しました。(下図) また、簡単な熱力学的考察からカチオンーアニオン間のクーロン相互作用がスピンクロスオーバーの転移エンタルピー変化に大きな寄与を与える可能性を明らかにしました。 このように,分子間相互作用の転移挙動への役割を明らかにすることで,スピンクロスオーバー錯体をはじめとしたスイッチング特性を持つ金属錯体の新しい機能性創出へつながるものと考えています。

複合機能性スピンクロスオーバー錯体の開発

スピンクロスオーバーではスピン状態や色変化に加え,非常に大きな配位構造変化も伴います。スピンクロスオーバーのスピン状態や構造変化を利用することで,対イオンの示す電子物性を制御することができれば,固体電子物性を自由に制御可能な物質開発につながるものと期待されます。

スピンクロスオーバーカチオン間に「π-スタッキング相互作用」を導入することで分子性伝導体を与える金属ジチオレン錯体とのハイブリッド錯体において,電気伝導性をスピンクロスオーバーにより制御することに世界で初めて成功しました(下図)。また,スピンクロスオーバーカチオンー磁性アニオン間に「ハロゲン結合相互作用」を導入することで,金属ジチオレン錯体の磁性をスピンクロスオーバーにより制御することにも成功しています。

物理的な刺激に加え,分子などに対する化学的刺激に対する電子物性の巨大応答を実現するための検討も行なっています。

機能性有機配位子の開発

有機分子の中には,酸化還元反応する電子供与体や受容体,さらには反応活性種である安定ラジカルなど電子機能を持った分子が数多くあります。このような機能性を持つ配位子からなる遷移金属錯体はこれまでにない機能性を示すことが期待されます。 有機電子受容体であるDCNQIは銅イオンと配位結合し高伝導性ラジカルアニオン塩を与えることが知られていますが,チオフェン縮環DCNQIはヨウ化銅(I)との高伝導性配位高分子を与えることを見出しました(下図)。 また,有機電子供与体TTFの基本骨格である1,3-ジチオール環も持つ配位子からなる鉄(II)錯体が急激なスピンクロスオーバー転移を示すことも明らかにしています。 金属イオンやプロトンとの配位による電荷移動実現へ向けた物質開発も行っています。