■報告者(共同報告の場合は代表者)
□氏名(ふりがな):末森(すえもり) 明夫(あきお)
■報告題目(40字以内):キリシタン版対訳辞書群及び洋学資料対訳辞書群における聾唖関連語彙
■発表要旨(2,000字以内)[註、文献、図表等を含む]:

 岡山(1935)は江戸時代以前の文献に見られる聾唖関連語彙に言及し、聾唖関連語彙史の嚆矢とされている。伊藤(1998)は『日葡辞書』に載録されている障害者関連語彙の調査を行い、聾唖関連語彙が8語に上ることを報告した。新谷(2010)は『羅葡日辞書』に載録されている聾唖関連語彙を調査し、『日葡辞書』との違いが見られることを明らかにした。しかしながら、『日葡辞書』『羅葡日辞書』以外のキリシタン版対訳辞書、更には洋学資料対訳辞書群に載録されている聾唖関連語彙に関する調査報告は見られない。本稿では、キリシタン版対訳辞書群及び洋学資料対訳辞書群に載録されている聾唖関連語彙の調査を行い、聾唖関連語彙史に新たな知見を呈することを試みた。
キリシタン版対訳辞書群(『羅葡日辞書』『日葡辞書』『葡日辞書』『西日辞書』『羅西日辞書』)に載録されている聾唖関連語彙の調査の結果、イエズス会関係者による対訳辞書群とコリャードになる対訳辞書群の間には聾唖関連語彙における傾向の違いが見られ、載録語彙全体における傾向の違いが聾唖関連語彙にも反映されていることが窺われた。(1) 前者は見出しラテン語[surdus]の対訳日本語に[mimixij]や[t?unbo]を充てたのに対し、後者では[qicazu]のみを充てた。(2) 前者は見出しラテン語[mutus]、[elinguis]の対訳日本語に[voxi]、[yezzu]を用いたのに対し、後者は[vbuxi]、[monoivazu]、[mugon]を用いた。(3) 前者は見出しラテン語[surda?ter]の対訳日本語に[mimidouoi]を用いなかったのに対し、後者では[mimidovoi]を用いた。すなわち、キリシタン版対訳辞書群に載録されている聾唖関連語彙は、中世後期から近世初期における聾唖関連語彙が大和語系語彙及び漢文訓読語彙を含む多様な成り立ちを持つ他、各語彙素の語義にも揺れが見られることが窺われた。 
  
図 『西日辞書』載録聾唖関連単語(左) [?ordo qicazu〈聞かず〉 ?ordo in poc mimidovoi〈耳遠い〉](74ォ25)、(右)[mudo vbuxi〈唖〉](84ォ29)
 一方、江戸時代中期より幕末期における洋学資料対訳辞書群(『蘭語訳撰』『和蘭字彙』『メドハースト英和・和英辞書』等)に載録されている聾唖関連語彙の調査の結果、「聾(ツンボ)」「唖(ヲシ)」のみ載録されている例が大半であった。すなわち、キリシタン版対訳辞書群に載録されている聾唖関連語彙が、九州地方の方言と考えられる単語も含むなど多岐に渡る一方、洋学資料対訳辞書群に載録されている聾唖関連語彙は限定的である傾向が窺われた。
 キリシタン版対訳辞書群は日本語学習者を対象に編まれたものが多く、口語を含む様々な日本語の単語の載録が図られたものと考えられている。一方、洋学資料対訳辞書群は蘭語や英語の学習者を対象に編まれたものが多く、蘭語や英語の載録に重心が置かれたものと考えられている。このような編集方針の違いが両群の載録聾唖関連語彙の傾向の違いに反映されているものとも考えられた。今後は上記の調査結果に基づき、聾唖関連語彙素の語義の変化を考察することが望まれる。
伊藤政雄 (1998).ポルトガル語の中の障害者 歴史の中のろうあ者 近代出版
岡山準 (1935).日本聾唖史稿 東京聾唖学校(編)東京聾唖学校紀要第二輯 pp.1-36.
新谷嘉浩 (2010).「つんぼ」の呼称〜羅葡日辞書・日葡辞書から考察する〜 近畿聾史研究グループ(編) 聾史レポート集,1,6-34.