■報告者(共同報告の場合は代表者)
□氏名(ふりがな):大野真由子(おおのまゆこ)
■報告題目(40字以内):障害者福祉制度の谷間に落ちる難病者の支援制度設計における具体的課題
■発表要旨(2,000字以内)[註、文献、図表等を含む]:

T.問題と目的
これまでの身体障害者をめぐる福祉制度は、症状がある程度固定化された状態にある障害者のみを対象としてきた。このことは、申請に際して求められる症状「固定」の要件、障害程度等級表に記載されている身体の欠損や機能制限を中心とした認定基準、「障害」の程度区分によって画一化されているサービス内容などから指摘することができるだろう。
このような現行制度の下で、難病者や慢性疾患をもつ者はしばしば「制度の谷間」に落ちているといわれてきた。だが、どのように谷間に落ちているのか、また支援設計に際して具体的にどのような困難があるのかといったことについて詳細に検討したものはほとんど見当たらない。
そこで、本研究では、慢性的な疼痛を主症状とする難治性の病いであるCRPS(複合性局所疼痛性症候群)患者を対象とし、その語りからCRPSという病いの特徴を提示することを通して、CRPSがいかなる理由によって現行の障害者福祉制度の対象となっていないのかを明示するとともに、支援制度を設計する際の具体的課題について検討することを目的とする。

U.対象・方法
CRPS患者7名に対して半構造化面接を行なった。

V.結果と考察
患者の語りから明らかにされたCRPSの病いの特徴のうち、障害者福祉制度に関わりのあるものは以下の4点であった。
第一に、個人内における症状の揺らぎである。CRPS患者は健常者と障害者を往来している。痛みの程度が弱いときは健常者に近い能力を発揮することも可能である一方で、激しい痛みがあるときは、突然重度の障害者ともなり得る。つまり、障害の状態が「1」のときもあれば、「10」のときもあるといったように、その波の振幅が極めて大きい。また、それは天候や気圧など様々な要因によって影響を受けることから、本人にも予測が困難である。
そのため、支援制度を設計する際の課題として、支援が必要なときと必要でないときをどのようにして見極めるかということがあげられる。
第二に、個人間における症状の差異がある。CRPSの臨床症状は多種多様である。個々人において、その経過中に症状が様々に変化し、自律神経系、運動障害、ジストロフィー様の変化が複雑に起こる。進行して、四肢全体に疼痛の範囲が拡大したり、患肢が廃用状態となる者もおり、進行の有無や程度にも個人差が大きい。ちなみに、労災保険制度においては、労働関節拘縮、骨萎縮、皮膚の変化の3要件を満たす場合に限り後遺障害と認定されることになっているが、これらをすべて満たす者は限られており、典型例というものを設定しづらい病いだといえる。このようなことから、CRPS患者全体としての支援のモデルを設計することが困難であることがうかがえる。 
第三に、CRPS患者にとっての「よい支援」の見えにくさがあげられる。「できない」とき、つまり激しい疼痛があるとき、どのようにしてもらうことがCRPS患者にとっての「よい支援」なのかが明らかではない。例えば、患者のなかには、食事や介助は必要だが、触れられると激痛が走る、誰かが傍にいること自体が苦痛なのでそっとしておいてほしいという人もいる。そのため、痛みがひどければ介助者の仕事の時間や量を増やせばよいという単純な話では収まりきらない問題がある。さらに、その日の痛みの程度はその日にならなければわからないため、結局のところ、その都度本人にニーズを聞いて、「介助者にいられることの苦痛」と「いて支援してくれることのメリット」を比較衡量してもらうしか方法がない。そして、その日の本人の意思を聞くことを可能にするためには、介助者は柔軟に対応できる状態で待機していなければならないこととなる。これは、介助者を派遣する事業所からすれば非常に厄介なことである。このように、CRPSは痛みという極めて激しい、かつ侵害的な刺激を主症状としているため、いつ、どのような支援が必要なのかがわかりにくい。
第四に、認定(判定)の問題があげられる。本来は必要であると主張する人に必要な分だけ支援を提供することが理想ではあるが、資源が有限である以上、実際に支援制度を構築するにあたっては、対象者の範囲をどこかで絞らざるを得ないこととなるだろう。その際、どのような基準によって線引きするのかという問題が生じてくる。ここで、痛みのような主観的なものを制度の対象とすると、いわゆる「ニセ患者」が現れるのではないかという批判がある。しかし、現行制度においても、精神障害の場合は日常生活上の困難から「障害」の有無や程度が推定され、福祉制度の対象とされている。また、韓国で現在議論されているCRPSの障害認定基準のように、痛みそれ自体は客観化できなくても、痛みから生じる困難については客観化することが可能である。
このようなことを踏まえたうえで、当日は、CRPS患者の支援制度を設計するにあたっての何らかの提言を行ないたいと考えている。