■報告者(共同報告の場合は代表者)
□氏名:川  英友
■報告題目(40字以内):『「外見では分かりにくい障害の当事者が当事者性を主張することに伴う葛藤」と「その葛藤の原因としての人々の社会的な態度」』から
『「当事者性」「当事者概念」』について考察する〜うつ病という診断を受けた人へのインタビューから〜(仮題)
■発表要旨(2,000字以内)[註、文献、図表等を含む]:

本報告の目的は、外見では分かりにくい障害の当事者が、「当事者性」を主張する際に体験する葛藤やジレンマを明らかにすることである。そして、その葛藤やジレンマが、社会の側、とりわけ当事者を取り巻く人々の態度によってもたらされていることを明らかにする。そして、明らかにした現実を踏まえたうえで「当事者性」「当事者概念」について考察をすることである。
病気と診断を受けた人間や障害と判定された人間が、自らの病名や障害名をカミングアウトして社会的に当事者と認知された際に、その病気の体験や当事者の語りに耳が傾けられることがある。しかし、実はその当事者がカミングアウトをして、自らを語る中で感じているかもしれない葛藤やジレンマは必ずしも語られるとは限らず、語られなければそれらは不可視化される。その不可視化された葛藤やジレンマを病気と診断を受けた人間へのインタビュー調査を通じて可視化することに本報告の意義がある。
 さらには、その葛藤やジレンマの原因を個人の心理的原因に求めるのではなく、社会の側に求めることにより、葛藤や問題をもたらしている社会の側の問題についても明らかにする。
本報告では、うつ病と診断されつつも、うつ病の当事者と名乗ることに様々な違和やジレンマを感じる人物(Iさん)にインタビュー調査を行うことを通じて、そのことを明らかにした。
 インタビューを通じて、Iさんは、生活を成り立たせていくために障害年金の申請をせざろない状況にあるものの、そのことで障害者と認定されてしまうことへの違和感をまず語ってくださった。また、周りに人から見て「話がまとまらない、集中力が続かないっていうことがあるので、欝の当事者であるということをガチッといってしまったほうがいろんな付き合いが楽になるのではないのか。」と感じているということを述べてくださった。
一方で、障害「当事者」と名乗ることで、「何かこういうことがあるけど、来られますか。」という時に、誘いを受けなくなったりするなどして、社会参加から遠ざけられてしまうのではないかということを危惧していることを述べてくださった。また、「うつ病」の当事者とは名乗ってはみたものの、実際の自分と世間一般が持っている「うつ病」のイメージの間にズレがあることの当惑を述べてくださった。
社会政策における政策や制度形成などの際には、「当事者性の主張」は必須のものではあるが、日常における人と人の関係性の中では、当事者性を主張したとしても当事者のニーズの主張に応えて、当事者の周りの人間が考えたり行動したりするとは限らず、場合によってはかえって社会生活の中で、不利益を被ってしまうことがあるということがIさんの語りから読み取れた。
本報告ではさらに、Iさんの語りから、「当事者性の主張」について考察する。
マイノリティの属性に属する当事者の「カミングアウト」や「当事者性の主張」により、そのマイノリティへの偏見や差別を減ずるための社会への途が開かれるという見方がある。
 しかし、常にそうとは限らない。
病気や障害という診断や判定を受けた人間が「当事者性の主張」によってしか、その特性のあることやその存在を許されず、苦しみや困難を訴えることができない社会があるとする。そうであるならば、一方でそのような社会は、何らかの事情により「当事者性の主張」をできない人間やしない人間にとっては、その特性のあることやその存在を許されず、苦しみや困難を訴えることのできない社会ということになる。また、当事者性を主張できたとしても、Iさんの語りにあるように、病気や障害という診断や判定を受けたことに伴うスティグマや日常生活での社会参加からの排除から、必ずしも免れることができるとは限らない。
 Iさんへのインタビューおよび当事者性をめぐる以上のような考察を踏まえたうえで、本報告では、報告の最後に「当事者性の主張」をせずとも多様な特性や存在が許され、苦しみや困難を訴えることが許される場所や社会の可能性についても述べる予定である。
 
<引用 参考文献>
田垣正普,2008,「軽度障害というどっちつかずのつらさ」『障害・病いと「ふつう」のはざまで』
中西正司 上野千鶴子,2005,当事者主権,岩波新書
上野千鶴子,2008,第一章 当事者とは誰か?『ニーズ中心の福祉社会へ』
上野千鶴子,2011,『ケアの社会学』
社会福祉辞典,2002,大月書店
広辞苑,2008,岩波書店
T.パーソンズ,佐藤勉訳,1974,『社会体系論』青木書店