■報告者(共同報告の場合は代表者)
□氏名:甲斐 更紗
■報告題目(40字以内):社会・文化的モデルからみた聞こえない子をもつ聞こえる母親の「語り」
■発表要旨(2,000字以内)[註、文献、図表等を含む]:

1.研究目的
 障害がある子どもをもつ親の心理状態については,Drotar et al.(1975)による段階説や,Olshansky(1962)による慢性的悲嘆説,中田(1995)の螺旋型モデルなどの障害受容といった概念がある.そして,東村(2005)によると,障害がある子どもへの療育(教育)は「障害の克服・軽減」が目的であり,障害児の早期療育に合わせてその子どもの母親に,障害受容を促進するよう支援していくことが必要である(大鐘,2011).このことは,障害を個人・医療モデルから捉えるということでもあろう.
 現在の我が国では,聞こえない子どもに対して聞こえることを目指す教育方法がされ,母親も聞こえない子どもを聞こえるようになるために必死という時期があった.このことは,母親が聞こえないことを個人・医療モデルで受け入れなければならなかったと考えられよう.そのため,様々な問題が生じた (Leigh・Stinson,1991;河ア,1999 etc ).そのような中,「聞こえないひとたち」を「ろう者とは,日本手話という,日本語とは異なる言語を話す,言語的少数者である」といった「ろう文化宣言」(木村・市田,1995)がされた.これらは,手話を固有言語とし,文化的マイノリティとしての社会・文化的モデルの位置づけであった(澤田,2003). 
 従って,聞こえない子どもをもつ聞こえる親に対して,社会・文化的モデルの視点も取り入れた支援が必要,と考えられよう.しかし,聞こえない子どもをもつ聞こえる親(主に母親)の心理状態に関する研究は見当たらない.心理状態を把握することなしに,より有効な支援は行えないと考えられる.
そこで,聞こえない子どもを育ててきた母親に,これまでの子育てを振り返り,こころの動きを語ってもらうことにより,母親自身のライフストーリーの中で,聞こえないことをどのように認識していくのか模索したい.それぞれの「語り」に注目する中で,自分とは異なる世界にいるわが子の存在の認識や,聞こえないことそのものの認識はどのように影響し合うのかを社会・文化的モデルから考察したい.
2.研究方法
 聞こえない子ども(10から30代,聴力レベルは軽度から重度まで)をもつ聞こえる母親11名を対象に,インタビュー調査を行った(平成22年から24年).1時間から3時間,ナラティブの方法を用いた半構造化面接により「語り」を得た.分析内容はインタビュー内容から逐語記録を起こし,エピソードごとに区切るという切片化を行った.
3.研究成果
 紙幅の都合上,ここでは詳述できないが,当日のポスター報告では,3名の母親の半構造化面接データ分析結果を提示しながら,それぞれの「語り」について論じる予定である.具体的には,社会・文化的モデルからみた聞こえる母親の「聞こえない」ことの認識の様相を提示する.
文献
Drotar D, Baskiewicz A, Urvin N, Kennell J & Klaus M (1975)The adaptation of parents to the birth of an infant with a congenital malformation:A hypothetical model. Pediartics,56,710-717.
東村知子(2005)通園施設における障害をもつ子どもとその親に対する支援―「物語」を媒介とする新しい支援の試み―.実験社会心理学研究,44(2),122-144.
河ア佳子(1999)聴こえる親と聴こえない子.村瀬嘉代子(編),聴覚障害者の心理臨床.日本評論社,pp121-147.
木村晴美・市田泰弘(1995)ろう文化宣言-言語的少数者としてのろう者.現代思想,23(3),354-362.
Leigh,I.W.,&Stinson,M.S.(1991)Social environments, self-perceptions, identity of hearing-impaired adolescents. Volta Review, 93(5),7-22.
中田洋二郎(1995)親の障害の認識と受容に関する考察-受容の段階説と慢性的悲哀-.早稲田心理学年報,27,83-92.
Olshansky S (1962) Cgronic sorrow: A response to having a mentally defective child. Social Casework,43,190-193.
大鐘啓伸(2011)母子通園施設を利用した母親の心理状態:支援家庭において障害児をもつ母親の表出された気持ちから.発達心理学研究,22(3),308-317.
澤田誠二(2003)障害学(disability studies)における文化モデルの課題と可能性-「ろう文化」と教育をめぐって-.日本教育社会学会大会発表要旨集録,(55),152-153.