■報告者(共同報告の場合は代表者)
□氏名:堀内 浩
■報告題目(40字以内):いかにして障害は笑うことができるようになっているのか
■発表要旨(2,000字以内)[註、文献、図表等を含む]:

1.問題設定
 本論では,障害,特に脳性麻痺の不随意運動がいかにして,笑いを志向する会話のリソースとして使用されているのかについて,分析を行うことを目的とする.さて,個人的な不幸,不便,不自由さなどとして見なされているような障害を,他者を笑わせるために使用し,またそれに成功しているということは,ある一定の会話のデザインや発話の順番により可能になっていると言える.本論では,実際のやり取りからその会話の方法の一部について明示する(なお,本論の問題設定は,「障害を笑っても良いのか」という問いを付随させているため,当日は分析データの詳細や文献などと共に,その問いを含め報告する予定である).

2.研究方法
 本論では障害当事者(脳性麻痺者)の2人によって行われる会話をデータとしながら,障害者本人が笑いを産出させるために使用している障害特性を提示する方法を,会話分析により焦点化し分析を行っていく.

3.研究結果
 当該データの分析により以下のことが明らかになった.障害者が行うコントでの言語実践では,笑うべきとして提示されている場所において,脳性麻痺の不随意運動や筋緊張による身体の震え,そして言語の発話障害などを,別の何かと勘違いするということから産出されている.つまり,笑いを産出する構造は,1.風邪であると調べるための質問(フリ),2.脳性麻痺の特徴と風邪の諸症状を間違う(ボケ),3.間違いの修復,および,当該シークエンスが笑い所であるというマーキング(ツッコミ),というシークエンスから成立している.なお,このデザインはすでに漫才など笑いを志向する会話の研究において,すでによく知られるものである.
 もう1つ特徴的なシークエンスが,発話が聞き取りにくいことがある演者の発話が明瞭ではない場合には,その次ターンにおいて,発話が明瞭なもう1人の側がその発話を繰り返すというものである.これにより,聞き手は話し手側に理解を提示しているだけではなく,演者側ではない人にとっても演者のやり取りへの理解が容易になっている.また,笑うべき点が次ターン以降に配置されている,という演者側の期待を提示するようなデザインにもなっているのである.
こうしたことは,日常的に障害者を記述したり障害を指示する場合には,あまりなされないような障害特性の提示の仕方であると言える.ある行為について笑うことが適切であるとされるには,当該行為を笑うべき行為として提示しながら,その行為を笑っても良い状況,笑うことが普通である,適切である場面として行為の期待を提示することを必要とする.そのため,障害概念を社会問題やアカデミックな議論,そして政策立案などといったシリアスな場面のそれとは異なったものとして提示しなければならないのである.
 具体的に言えば,分析データにおいては,脳性麻痺の障害特性を風邪の諸症状として勘違いをしている人間の行為について,おかしみがあるという記述を可能とするためのデザインを演者が行っている,ということである.それは例えば,脳性麻痺者の行う行為に脳性麻痺の障害特性が見えることは,そうではないことよりも普通の場面とすることが可能,といったものである.つまり,いかに脳性麻痺者の行為の常識的な記述から離れずに,脳性麻痺者にありそうなトピックを選択する,といったデザイン(や上記したシークエンス)からこの会話は構成されていると言える.

4.結論と考察
 本論では,障害者のコントを分析することによって,障害の提示がいかにして笑えるようにデザインされているのかについて分析を行ってきた.ところで,以上のような分析が可能ではある一方で,当該データは以下のような記述を行うこともまた可能であるだろう.つまり,日本は障害者との共生が実現化している進歩的で自由な社会である,不幸な身体を持っているのにも関わらず努力して感動的なほど頑張っている,悲劇的な障害を克服するために健常者以上に人生を精一杯生きている,あるいは,障害者を見せ物にしているため不謹慎にも程がある,同じ障害を持った障害者はその障害の疾患に苦しんでいる(だから障害によって笑いを取ることは止めるべき),社会福祉教育や障害の理解促進の役には立たない,などといったものである.結局,こうした記述の差異からは,障害や障害者という概念についてどのような期待を持って記述しているのか,ということが理解できると言える.つまり,笑いを取る障害者というものをどのように理解すれば一番普通であるのか,一番ありそうな現象とするにはどんな理由を配置すべきか,という差異がそれら記述には明示されているのである.