1 タイトル 複合差別調査報告に見る障害女性の実態 差別禁止法制定の議論に重ねて、DPI女性障害者ネットワークおよび「社会的障害の経済理論・実証研究」研究協力員の、瀬山・臼井が報告する。 画像は複合差別調査報告書の表紙、「障害のある女性の生活の困難−人生の中で出会う複合的な生きにくさとは」。 2 報告の目的・趣旨 DPI女性障害者ネットワークで2011年度に実施した障害女性に関する複合差別実態調査が、年度末にまとまった。調査をどう位置づけるか検討素材を提供するとともに、差別禁止法への障害女性の課題の位置づけ、法制のあるべきかたちについて、障害学会に関わる方々と考え合う機会としたい。 3 障害者制度改革について 関連して、障害者制度改革の経過のアウトラインを述べる。 障害者権利条約の批准にむけて、2009年に障害者制度改革のエンジンとして推進会議が発足した。構成員の過半数が障害当事者・関係者。 2010年に推進会議は第一次意見、第二次意見を決定し、推進会議のもとに総合福祉部会、差別禁止部会が発足した。2011年、改正障害者基本法が成立。抜本的改正をめざした推進会議意見は十分には反映されなかった。推進会議意見には「これまでの障害者施策には、障害者の中でもっとも差別や不利益を受けるリスクの高い女性が置かれている差別的実態を問題にする視点が欠落していたと言わざるを得ない」と明確な問題意識が示されたが、改正法には「性別」という言葉の追加にとどまった。 2011年に55名の委員の総意として総合福祉部会骨格提言決定。「障害のない市民との平等と公平」「谷間や空白の解消」「本人のニーズにあった支援サービス」などを掲げた。しかし骨格提言を殆ど反映せず「障害者生活総合支援法」成立。そして障害者差別禁止法は、障害者制度改革の議論の最後に位置するもので、今年9月に差別禁止部会意見が決定した。法制化にむけて障害学会大会での議論機会は今年に限られるなかでこの報告をしたいと考えた。 4 複合差別調査の目的と方法 調査協力依頼文は「障害女性が出会う困難の実体験を集め分析することによって、問題解決のための方策を思考し、各種施策に有機的に反映させるための一助とします」と目的を述べた。調査対象と方法は、障害のある女性へのアンケートと聞き取り調査と、現行法制度と計画について都道府県サイトから文書を収集して調査した制度調査の二つ。2011年6月から11月にかけて実施した。障害女性が個々に点在しているなか、インターネットで協力をよびかけ、いくつかの障害者の全国団体の会報掲載などの協力を受けた。 5 調査の特色 当事者による目的志向型の調査 調査協力依頼文は、調査責任団体であるDPI女性障害者ネットワークについて「障害女性の多様な生き方が尊重され、自分らしく生きることができる社会を目指して当事者自身が声を発し、法律や制度、施策のあり方をめぐる様々な課題に取り組んできました」と紹介した。活動を通して、障害女性の困難について公的な調査集計も政策も乏しいこと、いずれの運動分野でも焦点があてられてこなかったこと、障害者制度改革の議論でも「実態が見えない、問題が存在していない」等とされるなどの壁にぶつかってきたことから、「私たちの生の現実を数多く蓄積し、問題の重要性を広く周知させるために、みなさんの実体験をお寄せいただきたい」と呼びかけた。聞き取り調査はDPI女性障害者ネットワークの当事者メンバーが聞き手となった。 一般的な社会調査とは異なり、不可視とされてきたことを可視化させようという目的を共有する仲間たちの声を集め発信するもので、調査という手法を使った調査者と調査対象者による共同作業だったと言える。 6 調査票の設問 調査票は自由記述を主にしたもので、「障害があり、女性であるために受けたと感じた、あなたの経験、困ったこと、暮らしづらいと感じることをお書きください。」という前置きで、障害について、経験をした地域、場所、時期、経験の内容を聞いた。このほか、氏名、居住地域、連絡先など任意記入。 7 調査の結果/アンケートから(一)棒グラフ アンケート回答者は実数で87名。障害種別の内訳では、肢体不自由35人、視覚障害24人、精神障害10人、難病9人、聴覚障害5人、知的障害2人、盲ろう1人、発達障害1人。 8 調査の結果/アンケートから(二)ドーナツグラフ 回答者の年齢層は、20〜30歳代 20人、40〜50歳代 44人、60〜70歳代 17人、回答なし 6人。 このように、多様な障害や病気をもつ、20代から70代まで女性たちが回答を寄せた。 9 調査の結果/アンケートから(三) 回答者の居住地は全国各地にわたり、得られた回答を15の項目に分けて分析した結果、最も件数が多かったのが性的被害経験で、回答者の35%がなんらかの性的被害経験を記入した。そのなかには、福祉施設や医療の場で職員から、家庭内で親族から、また、職場や学校で性的被害を受けたというもがあり、いずれも、深刻な被害の実態が記述された。病院や施設で男性職員による介助を強制され、性的被害と近接する不快な経験をした回答も複数の人から寄せられた。また、月経の介助を受けずにすむようにと子宮摘出を勧められた経験があるという回答や、子ども時代に優生手術を強制されたという回答もあった。就労に関する経験について記したもののなかには、就職面接における差別的取扱い、職場におけるハラスメント、出産退職を迫られたといった経験が多数寄せられた。 10 調査の結果/面談ききとり(一) インフォーマントは16名。語りの一部分を紹介する。 Dさん 進行性筋ジストロフィー 50歳代 一番辛いのはトイレ介助です。30歳代から人手を借りるようになって…。施設の中では女性職員にやってもらえるんですけど、男性職員が嫌だとか病院では言えないんですよね。勝手にトイレに入ってくるし、選択はできないんですよね。「女性の方と代わってもらえますか」というと、女性の看護師さんがくるんですけど、「しょっちゅうこんなこと言われたら私たちの仕事が増えて、男性の職員の仕事が少なくなる、職場が成り立たなくなるから、規則に従ってほしい」と言われるんですよ。 11 調査の結果/面談ききとり(二) Eさん 知的障害 30歳代 聞き手:知的障害の女性が暮らしやすくなるためには、何が必要と思いますか? Eさん:第一は情報。女性だったら自分の体を知るべき、でも誰も教えてくれない。学校も教えてくれない。見直ししてほしい。 12 アンケート・聴き取り調査の結論 調査に協力した障害女性の多くが、まさに複合的な困難といえる経験について、言葉にし声に出した。ある回答者は、「理解していただきたいのは、『私たちはこのような弱い立場にいます、保護してください』と伝えたいのではないということだ」 「どのような現実があったにせよ、私達の多くは、自ら立ち向かってきたのである。今後、明らかにし、解決の道をさぐるべきは、差別と抑圧の現実である」とし、まさに今回の調査が、回答者にとって声をあげる過程になっていたと記していた。 これからの法制度に反映させるために、法制度の現状も調査した。障害女性を視野にいれているのかどうか、視野にいれているならばどう取り扱っているのか、47都道府県の公式ウェブサイトを使い、男女共同参画基本計画とDV防止計画のなかから抽出した。 13 調査の結果/制度(一) 国レベルでは2010年末決定の「第三次男女共同参画基本計画」から、複合差別と障害女性について随所に書き込むように変化してきた。「男女別の統計情報の充実等についても検討する」と記述した。だが実際にはまだ進展していない。都道府県の計画の1/3には、障害女性に目をむけた記述自体がなく、障害者一般について書いて済ませている。残り2/3のなかに、3県だけ、具体的な事業がある。「盲婦人家庭生活訓練事業」。視覚障害女性を対象に家事全般、育児、美容、お茶、お花など「家庭での日常生活に必要とされる諸能力を訓練指導する」とある。「男女共同参画」を看板にした法律の趣旨とも矛盾する。 14 調査の結果/制度(二) DV防止法は、2004年に「障害の有無にかかわらず」と条文に追加しており、都道府県の計画も、相談・一時保護・広報・研修などの各メニューに障害者に関わる記述はある。しかし、視覚障害者のニーズが高いテキストデータの提供がない。音声電話の相談窓口には、聴覚言語障害者自身が連絡できない。つまり、情報や窓口があっても届かない、使えない。 15 調査の結果/制度(三) 障害者からの相談や一時保護の実施件数等の記載がみられたのは4県、それらの件数も少ないことからみて、相談の窓口や支援にたどりついていない状況がうかがえる。さらに、ほとんどの都道府県が障害者は社会福祉施設やデイケア施設で保護すると記述している。社会福祉施設にはDVシェルターのようなセキュリティもなく二次被害の危険もある。シェルターのバリアフリー化や、支援体制づくりも進みにくい。 16 制度調査の結論 男女共同参画分野では、課題の存在は認識されるようになったが、具体計画、工程表がない。DV防止法の関連施策には、メニューはあるが、障害のある被害者の支援にはつながっていない。現状で、障害者関連統計のほとんどに性別集計、クロス集計がない。調査報告書は、実態の可視化に不可欠な集計の公表−基礎データに基づく政策立案、障害女性当事者の参画促進を提言している。 17 調査報告書の発行と反響 調査報告書発行後、DPI女性障害者ネットワークの主催で二度の報告集会を開催した。 議員、研究者、学生などの講読者は高い関心 長野、京都、兵庫など地方条令に反映させるための動きと連携している。 9月には千葉市議会で議員が質問 取材・報道が進行中  右の画像は毎日新聞 2012年5月10日付 「女性障害者3割セクハラ被害  差別禁止法案反映へ 内閣府あす聞き取り」 18 制度改革への位置づけ(一) 権利条約は複合差別と障害女性の課題を6条等で明記している。 「第一に、締約国は、障害のある女性及び少女が複合的な差別を受けていることを認識し、また、これに関しては、障害のある女性及び少女がすべての人権及び基本的自由を完全かつ平等に享有することを確保するための措置をとること、また第二に、この条約に定める人権及び基本的自由の行使及び享有を女性に保障することを目的として、女性の完全な発展、地位の向上及びエンパワーメントを確保するためのすべての適切な措置をとること」(川島・長瀬訳)。 19 制度改革への位置づけ(二) 男女共同参画分野と、障害者分野の両方において、障害女性の課題の明確な位置づけを。特に、障害者分野では、ジェンダーに関する言及がない。実際には、性別集計のある数少ない統計や、本報告の調査からも、複合差別を受けている状況がある。 20 制度改革への位置づけ(三) 権利条約6条にもあるように、まず、認識を広く共有することが重要。また、そうしたところから、基礎データを整え、必要な対応をしていくことが求められる。 21 制度改革への位置づけ(四) ・差別禁止部会意見はこのように記述決定した。 「障害を理由とする差別の禁止に関する法制」についての差別禁止部会の意見(総則の「国等の責務」から引用) 国は、障害女性の複合的な困難が解消されるよう、障害女性の置かれた状況の実態調査を始めとして、基本的な責務として求められる各施策の全てに障害女性の複合的な困難を取り除くための適切な措置を取り入れることが求められる。 ・いかに法制化していくか。 22 学生、研究者、学会等において 関心を、調査研究の共同を 審議会、検討会などその構成に始まる政策決定過程での連携を ひきつづき議論機会を 次回の報告集会は11月13日に神戸で予定。 近日の発行物の予告 本報告を受けて障害学会でも議論が深まることを願って報告を終える。 23 調査報告書に関連のある文書 ・調査報告ダイジェスト版(差別禁止部会ヒアリング用資料 2012年5月)   英語、ハングル、日本語で提供 ・障害女性の複合差別についてのQ&A(2012年8月23日版) ・あなたのまわりにこんな方がいたら−避難所などでの障害がある人への基礎的な対応(2011年4月25日版) いずれもDPI女性障害者ネットワークのサイト・ブログからダウンロード可 24 参考文献 女性の複合差別について ・IMADR-JCマイノリティ女性に対する複合差別プロジェクトチーム(編集)2003『マイノリティ女性の視点を政策に!社会に! 女性差別撤廃委員会日本報告書審査を通して』反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)発行 ・カラカサン2006『移住女性が切り拓くエンパワメントの道』反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)発行 ・臼井・瀬山2011「障害女性の貧困から見えるもの」『障害を問い直す』東洋経済新報社 p55-87