ドイツにおける電子書籍のアクセシビリティをめぐる現状と課題(★1)   青木 千帆子(立命館大学 立命館グローバル・イノベーション研究機構)   1 背景 ◇電子書籍の登場 様々な機器や形式によって書籍を利用することが可能になった 問題点:デジタル著作権保護技術(Digital Rights Management、以後DRM)によって、流通している電子書籍のテキスト情報にアクセスできない 書籍のテキスト情報: ・音声読み上げ機能を搭載した機器を用いて読み上げるだけでなく、自動点訳をするためにも、また複合的情報提供システムであるマルチメディア・デイジーとして活用するためにも必要(★2) ・データの複製・改ざんが容易であること、外部への流出の可能性が払拭できない(★3) ◇2004年「Google Book Search(★4)」以後 日本:2010年改正著作権法施行「障害者の情報利用の機会の確保のための措置」として書籍のテキストデータの製作と頒布が認められた ⇔著作権者の権利の保護に重心を置く議論が多い アメリカ・イギリス:全米盲人連合(National Federation of the Blind: NFB)が電子書籍のアクセシビリティに関して精力的に活動(★5) 2012年3月「ハリー・ポッター」シリーズがDRMをかけずに発売 ⇒著作権保護よりも読者の利便性を重視する議論が散見(★6) ドイツ:2011年4月アマゾン社の電子書籍サービス開始 ⇒議論に接する機会はあまりない   2 目的 ・電子書籍のアクセシビリティについてどのような議論が展開されているのか? ・出版社や著作権者、図書館や教育機関、当事者組織がどのような活動を展開しているのか? ⇒ドイツにおける電子書籍や書籍のアクセシビリティをめぐる現状と議論について調査し考察する   3 方法 ◇インタビュー調査: 1. ドイツ国立図書館フランクフルト館(★7) 2. バイロイド市立図書館(★8) 3. 視覚障害者団体BLISTA(★9) 4. ライプチヒ中央点字図書館(★10) 5. ドイツ出版社協会(★11) ◇文献調査 ◇家電販売店などの視察   4 ドイツにおける視覚障害者の読書環境   4.1 書籍のアクセシビリティを確保する方法について 出版社が自動的に本をアクセシブルにする仕組みはない 点字図書館や録音図書館が本を買い上げてこれを点字書籍かオーディオブックブックに変えて提供している テキストデイジーは制作されていない。実験的に聖書をテキストデイジー化する試みが始まったばかり ・2002年 障害者の平等のための法律(障害者平等法)(★12) ・2003年 著作権法45a条(★13) ・2006年 平等待遇原則の実現のための欧州指令を実施するための法律(★14)  ・2009年 国連障害者権利条約(★15)   4.2 書籍データ共有システムの有無およびその仕組み 7つの音声図書、点字図書間の連合体であるMDEIBUS(★16)が、音声図書、点字図書の目録をオンラインで共有 また、各図書データの共有は加盟図書館同士のみであり、個人利用者によるダウンロードはできない 大学間のデータ共有に関しては、ドルトムンド技術大学に中央カタログシステム(★17)がある ライプチヒ中央点字図書館が、2011年からブックシェアとのパートナーシップ   4.3 共有する書籍データの著作権保護 書籍の点字化や音声化に関する除外規定は著作権法45a条に記載されている 対象を重度視覚障害者に限定。全ての本はアクセシブルな形に変換することができる   4.4 書籍のアクセシビリティを確保するとりくみにおける図書館、学校、民間組織、出版社間の連携 出版社が障害のある個人に書籍のデータを提供することはない 点字図書館から出版社にデータの提供を依頼することはある -ただし、書籍の代金以外にextra copy(複本?)代として20ユーロから60ユーロ請求される -送られてくるデータはPDFデータなどアクセシブルな形式ではない   5 ドイツにおける視覚障害者の学習環境 教育に関する法律は州ごとに異なる 視覚障害者専用の初等学校は各州にあるが、視覚障害者専用のギムナジウム(大学進学校)があるのは3つの州のみ(ヘッセン州、ザクセン州、バイエルン州) 視覚障害のある大学生への支援は、3つの大学(Kurtsruher Institut fur Technologie、Technische Hochschule Mittelhessen、Technische Universitat Dresden)が積極的 教育課程において視覚障害のある学生の教材は学校が準備   6 ドイツにおける視覚障害者の電子書籍利用状況   6.1 電子書籍普及状況 2011年電子書籍市場に参入している出版社は65%、2012年度見込みは79%(★18) EPUBフォーマットがスタンダードになりつつある(★18) 図書館の電子化やオンライン化も進行 例: -フランコニア・オンライン(★19)ではバイエルン州北部にある16の図書館が蔵書目録を共有 -利用者は各図書館が所蔵する電子書籍をオンラインで借りることができる。現在6000冊の蔵書、フォーマットはすべてEPUB しかし、厳重なDRMを使用する書籍が多く、テキストデータへのアクセスは困難   6.2 電子書籍のアクセシビリティに関して Amazon Kindleはドイツ語の読み上げ機能を搭載していない。 ドイツ国内で発売されたタブレットは、iPadをのぞいていずれも読み上げ機能を搭載していない 一方で、携帯電話、スマートフォンのアクセシビリティは向上 例: -NOKIAが発売している上位クラスの携帯電話には、TALKS&ZOOMS(★20)やMobile Speak(★21)というスクリーン・リーダーをインストールすることができる -iPhoneは4年前にボイスオーバー機能を搭載 -Androidも昨年発売したバージョン4(Ice Cream Sandwich)以後、TalkBack(★22)というスクリーン・リーダーがインストールできるようになった ドイツ語のPC用スクリーン・リーダーは主に4つ、JAWS for Windows、Window Eyes、NVDA、FSReader。NVDAはフリーソフト ⇒電子書籍を読むための技術は十分に発展。しかし、そのコンテンツが不在   6.3 視覚障害者の電子書籍利用状況 CDで送られてきたデイジーデータをフラッシュカードやSDカードに移すことで、技術に明るい人々の間での利用が広がっている しかし、視覚障害者が利用することができる電子書籍や機器は少ない ⇒視覚障害者の電子書籍利用は一般的ではない ⇒電子書籍のアクセシビリティに関する議論は、視覚障害者の間でもそれほど存在しない   7 まとめ 電子書籍のアクセシビリティを達成するために設計されたEPUBが標準化しつつあるが、視覚障害者のアクセスは達成されていない ⇒EPUBフォーマットの普及と併せてDRMの問題も積極的に議論する必要 電子書籍の著作権問題を視覚障害者の読書の問題と関連づける議論は希少 ⇒ドイツにおいても「個別の技術はすでに活用可能な水準に到達しているにもかかわらず、その組み合わせが不適切(★2)」な状況が発生している   8 注 ★1 本研究はJSPS科研費 24700243の助成を受けたものです ★2 山口翔・植村要・青木千帆子 印刷中「視覚障害者向け音声読み上げ機能の評価――電子書籍の普及を見据えて」『情報通信学会誌』30(2): **. ★3 植村 要 2008「出版社から読者へ、書籍テキストデータの提供を困難にしている背景について」『Core Ethics』4:13-24 ★4 マイナビニュース 2009「『日本の著作権者が大混乱』米Googleブック検索和解案に抗議 - 文藝家協会」http://news.mynavi.jp/news/2009/04/16/026/index.html ★5 NFBは、2009年6月にアリゾナ州立大学に対して起こした訴訟が有名であるが、2012年に入ってからも5月7日にフィラデルフィア図書館に対し、同年5月22日にMaricopa Community Collegeに対し、6月27日に米国国務省に対し、訴訟を起こしている。ここではリハビリテーション法やADA法の存在が大きな影響力をもっている。 ★6 例えば、Digital Book World 2012 "More Publishers Go DRM Free" http://www.digitalbookworld.com/2012/more-publishers-go-drm-free/ などが例として挙げられる。 ★7 Deutsche Nationalbibiliothek http://www.dnb.de/DE/Home/home_node.html ★8 RW21 Stadtbibliothek Volkshochschule http://bayreuth.de/rathaus_buerger_service/bildung_wissenschaft/rw21_2384.html ★9 Deutsche Blindenstudienanstalt e.V. http://www.blista.de/ ★10 Deutsche Zentralb?cherei fur Blinde http://www.dzb.de/ ★11 B?rsenverein des Deutschen Buchhandels e.V. http://www.boersenverein.de/de/portal/index.html ★12 Gesetz zur Gleichstellung behinderter Menschen (BGG) http://www.gesetze-im-internet.de/bgg/ ★13 Gesetz uber urheberrecht und verwandte schutzrechte §45a UrhG(Behinderte Menschen)http://www.juraforum.de/gesetze/urhg/45a-behinderte-menschen ★14 Gesetz zur Umsetzung europaischer Richtlinien zur Verwirklichung des Grundsatzes der Gleichhandlung Vom 14. August 2006 齋藤純子による以下の邦訳が出ている。齋藤純子 2006「平等待遇原則の実現のための欧州指令を実施するための法律」『外国の立法――立法情報・翻訳・解説』230: **. http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/230/023004.pdf ★15 川島聡=長瀬修 2008「障害のある人の権利に関する条約 仮訳(2008年5月30日付)」http://www.normanet.ne.jp/~jdf/shiryo/convention/index.html ★16 Medieugemeinschaft fur Blinden und sehbehinderte meuchen http://www.medibus.info/ ★17 Sehgeschadigtengerechten Katalog Online: Sehkon http://www.ub.uni-dortmund.de/sehkon/ ★18 B?rsenverein des Deutschen Buchhandels e.V. 2012 "Markt mit Perspektiven: Das E-Book in Deutschland 2011" ★19 franken-onleihe http://www.franken-onleihe.de/verbund_franken/frontend/welcome,51-0-0-100-0-0-1-0-0-0-0.html ★20 NUANCE社製 http://www.nuance.com/for-individuals/by-solution/talks-zooms/index.htm ★21 code factory社製 http://www.codefactory.es/en/products.asp?id=316 ★22 Google社製 https://play.google.com/store/apps/details?id=com.google.android.marvin.talkback&hl=en