2007年2月26日、キシナウ(モルドヴァ)から沿ドニエストル共和国の首都ティラスポリへ。

ウィーンからモルドヴァへはモルドヴァ航空のプロペラ機で。
機体の塗装もずいぶんとカラフルになりました。
キシナウ市内の共和国宮殿。
ロシアのLukoilの看板が目に付きます。
お仕事先の一つ、輸出促進庁の建物です。ただ、活気がないので、これでやっていけるのでしょうか、と思ってしまうのです。 キシナウ空港のロータリー前。
機体を飾っているところがなかなかです。
2月28日、車をレンタルし、キシナウから沿ドニエストル共和国の首都「ティラスポリ」へ。国境は3重(モルドヴァ・OSCE・沿ドニエストル)と興味尽きないものであったのですが、写真を撮る勇気はありませんでした。とは言え、廣瀬陽子さんの「強権と不安の超大国ロシア」に書かれているようなたいへんなものではありませんでした。
これは市議会。
沿ドニエストル最高会議の前には、立派にレーニン像が。
沿ドニエストルは、91年11月から92年7月までモルドヴァと戦闘を行いました。この紛争でで名を馳せたのがロシア第14軍の指揮者レーベジです。 シェフチェンコ名称沿ドニエストル国立大学のメイン・ビル
沿ドニエストル国立大学の教育学部は、1930年10月1日に創設されたモルドヴァ社会主義共和国連邦で最も古い高等教育機関であるということです。 最近は学部が増えて歴史・国家・法学部は以前は教育学部付属の幼稚園の敷地を使っているとのことでした。
左から2番目がステファン・I・ベリル学長で、右端の髭の先生が我々を受け入れてくれた歴史学部のニコライ・V・バビルンガ教授です。 壁にはスミルノフ大統領の写真が飾られていました。
大学を出た後、バビルンガ先生の弟子のソイン・ユリェヴィッチ氏に話を聞きました。社会情報・分析「Sセンター」の代表でもありますが、ここはヨガを教えるほか、「突破」という若者を独立志向に洗脳していくための組織でもあります。机の上の黄色い旗がそれですが、なぜかゲバラの肖像も。
沿ドニエストルにはちゃんと独自通貨(沿ドニエストル・ルーブル)もあります。Wikipediaによると、2008年現在1ユーロ=約10沿ドニエストル・ルーブルだそうです。