物性物理(固体物理)のすすめ と これから現代物理を学ぶ人たちへ
(物性物理に携わって思うこと)
物理は、読んで字のごとく科学の根本をなすもので緻密な法則を探求する学問ある。物理学という分野を大きく分類すると以下のようになるだろう。
宇宙物理学 ・ 天体物理学 ・ 地球物理学 ・ 固体物理学 ・ 分子物理学 ・ 原子物理学 ・ 原子核物理学 ・ 素粒子物理学
ここで、私の専門分野である「固体物理」の宣伝をしておこう。「固体物理?」あまり聞いたことないのではないだろうか?みなさんのなかには、宇宙論や素粒子物理などにあこがれて物理学科を目指した人も多かろう。当然のことである。都立大在籍中から広大に移籍してから、何度か、実験や演習で1年生や2年生に「固体物理」の認知度のアンケートを採ったが、「固体物理あるいは物性物理」という分野があることを知っているという人は、毎年30名中2人くらい(多い年で5名位)で、それも教養ゼミで知ったというのが理由である。昨年だったか、MgB2の超伝導発見のおかげか、5名くらい答えてくれたのはとても嬉しかった。
この原因は、我々物性物理学研究者の怠慢(宣伝不足)も否めないが、高校までの教科書にも多少なりとも問題があるのではと思っている。ちなみに、高校教科書に対する不満としては、高校の物理では前期量子論までが載っており、原子核とかそういったところで終わっており、そこから、多数が集まった場合の物理への架け橋が書かれていない。原子・イオン・粒子の結合、や気体についての記述は、化学の教科書に書かれているのだが、これこそ、原子から集合体への架け橋のところで、まさに物性物理の最も面白いところの基本となるところなのである。この”面白いところ”を化学の教科書にもって行かれているのは、実に憂慮すべきことであるとおもっている。つまり、高校の教育から物性物理は化学で習うものであるという、概念?を無意識のうちに植え付けられているようである!
また、NHKスペシャルや科学大衆紙ニュートンなどでは、相対論や宇宙論、素粒子物理など大きく取り上げられ、これらが現代物理の主流であるように聞こえる。たしかに、究極の粒子を見つけるとか宇宙の誕生を探るという内容はエレガントでロマンに満ちあふれ物理を志すものにはとても響きがよい。特に宇宙の星の絵は綺麗だし、物性物理研究者の中にもアマチュア天文家がいるくらい魅力ある分野である(ただし、天文と宇宙物理は素人ながら違う分野であると理解しているが。。?)。一方、「固体物理」はというと、何となく泥臭いような感じがするし、名称を聞いただけでは興味がわかないのではないだろうか?実際、我々が見せられる絵と言えば「黒っぽい固まり」や「少しきらきら光っている固まり」をこれが「・・・の超伝導体です」というのが関の山で、実に冴えない。
私も、大学にはいるまで、「ご冗談でしょうファイマンさん」を読み、素粒子理論や原子核物理などにあこがれてたし、固体物理がなんたるかを全く知らなかった。丁度、大学に入ったころ、高温超伝導フィーバーをきっかけに固体物理という分野を知った程度である。ところが、この業界に入って日本物理学会で発表する際、初めて手にしたプログラムを見て驚いた。プログラム中で、素粒子・原子核・宇宙物理研究者は2割程度であり、8割が固体物理もふくめた物性物理の研究者なのである。そのときは、「へ〜!!」という程度であったが、今思ふに、1個の究極粒子を見つけたり、宇宙の誕生という一つの対象を探るにそれほど沢山の研究者は必要としないかもしれないが、固体物理はというと、周期律表上の103個の元素の組み合わせ(500万とおり以上)だけ物質があるので、相応の研究者が必要であると自分なりに勝手に理解している。実際、毎年のように新しい物質が見つかっているわけだし(新聞に載るような物質は数年に1度くらいではあるが。。。)、研究テーマは物質の数だけ作れるのだから。。。。(ちなみに、私の場合、重い電子超伝導、スクッテルダイト、多極子秩序、非フェルミ流体、重い電子磁性、ハフニウム超伝導、フラーレン超伝導と数えただけで、今すぐにでもやりたい面白いテーマは少なくとも10以上はある!!)。
ところで、話は変わるが、みなさんは科学には階層構造というものがあることをご存じだろうか?実を言うと、上述の分野の並びは、おおよそ階層の順に列べたつもりである。他の分野の詳細は分からないので、物性物理研究のもつ意義を歴史的な背景を例にとって話そう。
歴史的な事実として20世紀前半までは、物質の究極の構成要素であるいろんな素粒子と、その間の相互作用を調べる方向で物理学は進歩してきた。実際、1970年頃まで、``Simple Is Beautiful'' という考えが根底にあり、素粒子とその相互作用を支配する法則が自然界の基本法則であると考えられていた。つまり、素粒子物理や核物理が真の物理であり、多数の素粒子の凝集体である固体の研究は、素粒子で見つけられた基本法則の応用であるという考えが支配的であった。
ところが、素粒子の集まりである原子が配列してできあがった原子集団としての固体は、孤立した原子、すなわち、素粒子について想定している世界と対称性の異なる世界(
broken symmetry )を作っているために、`` Simple Is Beautiful ''によって構築された概念では到底理解できない現象が多々起こり、素粒子を支配する法則とは異質の新しい法則が生まれる。つまり
素粒子の理解 ≠ 身の回りの物質の電気伝導性・光透過吸収性・熱伝導性・磁性 などの理解
であって、素粒子の理解が我々の身の回りのテクノロジーを支えているものの理解には至らない。多数が集まれば新しい性質が生まれる (``
More Is Different '') のである。これは、人間界では集団とその中の一人との関係として例えられるかも知れない。例えば、集団を構成するある人の性格があまねく理解されたとしても、その人の意志や性格は集団のもつマクロな意志や性格とは必ずしも同じではない。ましてや、時としてその人の意志と反する方向に所属する集団の意志が動く状況さえある(みなさんも経験あるのでは)。素粒子物理とその集合体の固体物理は違う階層の物理なのである。
物理に戻ると、超伝導現象や磁石としての現象(磁性)等がその一例である。もちろん固体物理の中でも、階層構造があり、その階層構造独自の法則が物質なり現象なりをカバーしている。例えばサッカーボール状に炭素が配列したのフラーレンからなるフラーレン超伝導体では、高温でフラーレン分子の回転運動などがあり、単純な金属超伝導体の高温の性質とはことなった振る舞いが見られており、研究対象の一つとなっている。つまり、そこに通常金属という階層とは違った分子性結晶という階層があるわけである。
この階層構造の概念は物理のみならず自然科学全般に当てはまることをノーベル物理学賞受賞者のP.W.
Andersonが米科学雑誌SCIENCE (4 Augast 1972, Volume 177, Number 4047, pp393-396)に
More Is Different -- Broken symmetry and the nature of the hierarchial
structure of science''
という題で述べている。興味ある人は、是非、読んでみてください。
固体物理のたいていの現象には量子力学の申し子である``スピン''が関与してくるし、また、固体の性質はその中にあるアボガドロ数個程度の電子が関与しているため、統計的な取り扱いも重要になる。
相互作用するものが沢山あるために単純な1体問題では扱えず、多体問題(`` many body problem '')として取り扱わなければならない。 水素原子のシュレディンガー方程式は電子を2個にした途端に解析的な解が得られなくなることを量子力学で学ぶ(んだ)であろう。多体問題の単純なたとえとしては、人間界で言えば三角関係はいい例かもしれない。恋人同士だけでもいろいろ大変なのに、新たに一人加わると事情が一気に複雑になることを容易に予想できるだろう。展開が予想できないだけにテレビドラマもつくりやすいのかもしれない。 物理の世界において、この複雑な多体問題こそ固体物理の本質であり、多くの複雑な相互作用の中から如何に必要な相互作用を見抜けるかが鍵であり、理論・実験の両面から精力的な研究が展開されている。そして、多くの複雑な相互作用の中から、その階層を支配しているであろう相互作用を見つける宝探しこそ`` More Is Different ''の醍醐味である。
わたしは、この宝探しをNMRという実験的な手段を用いて、新しい実験結果が出るたびに、一喜一憂しながら楽しんでいる。
みなさんも、この宝探しに参加して私たちと一緒に一喜一憂してみませんか?
興味のある人は、先端研106N 藤(tou@hiroshima-u.ac.jp) か電子相関物理学研究室まで。。。。
参考文献
P.W. Anderson、SCIENCE (4 Augast 1972, Volume 177, Number 4047, pp393-396)
金森順次郎他著 固体ー構造と物性 岩波講座 現代の物理学