
人口集団における感染症の流行動態の数理モデルを、微分方程式等を用いて構築し、その解析を行っています。代表的なSIR感染症モデル(参考文献1)では、全人口は感受性(S)、感染(I)、回復(R)の3種類に区分され、それぞれの時間変化を観測することが出来ます(右図)。

新たな感染症が初めて集団に侵入する際、全人口は感受性と見なされます。その際、侵入してきた1人の感染者の影響によって新たに感染される人数の期待値を、基本再生産数(参考文献2)と呼び、Roと表します。直感的に、Roが1より大きければ感染の規模は拡大し、1より小さければ縮小すると考えられます(左図)。

このRoの性質を数学的に表現すると、Ro > 1であれば感染症の定着する平衡解が安定、Ro < 1であれば感染症の無い平衡解が安定、となります。この性質が成り立つかどうかはモデルによっては明らかではなく、Ro < 1であっても感染症が定着したり(右図)、Ro > 1であっても平衡解が不安定になることがあります。

私の研究の興味は、個体の年齢や性別、位置などの異質性を考慮できる構造化感染症モデルを構築し、その安定性とRoとの関係を明らかにすることです。モデルは偏微分方程式や遅延微分方程式など多岐にわたり、扱いは困難になりますが、それらに有用となる解析手法を日々研究しています。
参考文献
- W.O. Kermack, A.G. McKendrick, Contributions to the mathematical theory of epidemics I, Proceedings of the Royal Society 115 (1927) 700-721.
- O. Diekmann, J.A.P. Heesterbeek, J.A.J. Metz, On the definition and the computation of the basic reproduction ratio R0 in models for infectious diseases in heterogeneous populations, J. Math. Biol. 28 (1990) 365-382.
- ミンモ・イアネリ, 稲葉寿, 國谷紀良, 人口と感染症の数理:年齢構造ダイナミクス入門, 東京大学出版会, 2014.
- T. Kuniya, J. Wang, H. Inaba, A multi-group SIR epidemic model with age structure, Disc. Cont. Syst. Series B 21 (2016) 3515-3550.