映像作品の中のサントゥール
SEGA『ソニックフロンティア』
「Ares Island Theme Music」録音風景
PERSIAN SANTUR · PERFORMANCE & RESEARCH
金属弦を二本の細い桴(ばち)で打つ、イランの伝統楽器、サントゥール。その音色と演奏は、楽器の構造だけでなく、調律や旋法、イラン音楽の伝承と深く結びついています。
PERFORMANCE & RECORDING|谷 正人
映像作品の録音と、イラン伝統音楽の演奏。 二つの場面から、サントゥールの音をお聴きください。
映像作品の中のサントゥール
「Ares Island Theme Music」録音風景
イラン伝統音楽のサントゥール
サントゥール:谷 正人
音が生まれる仕組み
台形の共鳴胴の上にコトのように弦を張り巡らせ、メズラーブと呼ばれる二本の細いバチで打奏する打弦楽器です。
基本的なタイプは、九個の駒を二列に配置した18駒・72弦。低音域には真鍮線、中・高音域には鋼線を張り、 一つの駒に同じ音へ調律した四本の弦を配置します。
共鳴胴には一般に胡桃材が用いられ、低音域には真鍮線、中・高音域には鋼線(スチール弦)を張ります。一つの駒に張られた四本の弦を同じ音に調律することで、音量と音の厚みが生まれます。
音を止める機構がないため、弦の響きと余韻が重なり合い、倍音に富んだ独特の響きが生まれます。弦を細いバチで打つ同系の楽器は、西アジアからコーカサス、東南ヨーロッパ、アジア各地に広く見られます。
楽器全体|上から
駒と四本一組の弦
明瞭な音の立ち上がりと、その後に残る余韻が一つの発音になります。
一組の弦は駒を境に分けられ、その両側を異なる音域として使います。鍵盤とは異なる立体的な音配置です。
同音に合わせた複数の弦が、単音の内部に密度と微細な揺らぎを生みます。
打った振動がほかの弦にも伝わり、調律や弦どうしの倍音関係に応じて反応します。
サントゥールは、半音をすべて常設したピアノとは異なります。演奏するダストガー(旋法)や曲目に応じて必要な音を選び、 あらかじめ弦を調律します。変化音が必要なら、事前に該当する弦を再調律しなければなりません。
基本的なサントゥールには、1オクターブの中に原則として7音しか配置できません。そのため、たとえばある弦をシのナチュラルに調律している場合、同じ音域のシ・フラットを同時に出すことはできません。こうした制約は、演奏するダストガーや曲目に応じた調律、レパートリーや演奏の組み立て方と密接に関係しています。
調律ピンと弦の巻き付け
二種類の調律ハンマー
調律ハンマーによる調律
イラン音楽の中で
単なる音階ではなく、イラン伝統音楽を営む上での決まりごとについての観念的な総体です。
ダストガーの具体的な表れとなる、伝統的旋律型群の総体。伝承者によって複数のラディーフが存在します。
ラディーフを通して身につけた知識と経験を手がかりに、その都度の演奏を形づくります。
ダストガーとラディーフは、イラン伝統音楽を理解するための重要な概念ですが、同じものではありません。
ダストガーは、一般には「体系」「組織」「装置」などを意味し、音楽用語としては「旋法」を指します。ただし、ここでいう旋法は単なる音階ではなく、イラン伝統音楽を営む上での決まりごとについての観念的な総体です。
ラディーフは、ダストガーの具体的な表れとなる伝統的旋律型群の総体です。グーシェと呼ばれる小旋律型あるいは小曲によって組織され、伝承者―すなわち解釈者―によって「誰々のラディーフ」と呼ばれ、複数のラディーフが存在します。
ダストガーがイラン伝統音楽を営む上での決まりごとについての観念的総体を指すのに対し、ラディーフはその具体的な表れ、すなわち音楽家による解釈の一例と見ることができます。(谷 2007; 谷 2021)
受け継がれ、変化してきた楽器
20世紀、ハビーブ・ソマーイーの演奏がラジオを通して広まり、サントゥールは再び多くの若者を惹きつけました。 その後、教材化と合奏での活用が進み、現在の主要楽器としての位置が形づくられます。
サントゥールはサファヴィー朝期のチェヘル・ソトゥーン宮殿の壁画に描かれ、ガージャール朝期には絵画や写真にも姿を見せます。『Encyclopaedia Iranica』によれば、ハビーブ・ソマーイー(1905―1946)が活動を始めた時期、イランでサントゥールを弾ける人はごく少なく、この楽器は急速に忘れられつつありました。1940年に開局したテヘラン・ラジオでソマーイーの演奏が放送されると大きな反響を呼び、多くの若者がサントゥールを学び始めました。同項目は、これをソマーイーによるサントゥールの「再活性化(rejuvenation)」として位置づけています。その後、アボルハサン・サバーやファラーマルズ・パーイヴァルらによって、ラディーフと奏法の教材化、教則本の整備、合奏での活用が進み、現在の主要楽器としての位置が形づくられていきました。(Hosayni Dehkordi 2018)
裸の木(左)/フェルト付き(右)
バチやフェルトの材質、重さ、打弦スタイルによって、音色は大きく変わります。
音の変化をよく示すのがバチです。フェルトを貼らない木のバチは打点が明瞭で、金属弦の硬質で鮮やかな音を引き出します。20世紀には、先端下面にフェルトや綿などを貼り、音を柔らげる奏者が増えました。現在はフェルト等を付けたバチが広く用いられ、裸の木のバチを使う奏者は限られています。
同じ構造の楽器でも、バチやフェルトの材質や重さ、打弦スタイルによって、鋭い粒立ちから柔らかな余韻まで音色は大きく変わります。サントゥールの歴史は、形の変遷だけでなく、演奏家がどのような音を求めてきたかの歴史でもあります。(Zonis 1973:165―169; 谷 2021:62―63)
サントゥール曲をたどる
イランのサントゥール奏者たちが残した作品や編曲を、谷正人の演奏で紹介します。
1926—1976
現在一般化したサントゥール奏法とは異なる、個人性の強いスタイルを築いた奏者。中・低音域を中心に、簡潔な反復型と変化に富むリズムを組み合わせ、拍節のある部分と自由リズムの部分を行き来しながら、即興的に演奏を展開しました。
レザー・ヴァルザンデの演奏に基づく作品|谷正人
掲載映像は、ヴァルザンデの演奏を素材に、スィヤーヴァシュ・カームカールが編曲した作品です。奏法そのものの再現ではなく、低音部の反復型とリズムの推進力を聴くことができます。
YouTubeで見る ↗1933—2009
テヘラン生まれの作曲家・サントゥール奏者。二つのサントゥール用ラディーフと多数の作品を発表し、著名な音楽家との録音・演奏を通して楽器の認知を高め、現代サントゥール奏法の礎を築きました。打弦では原則として手首から先を用い、繊細で軽い音色を特徴とします。
1955—2009
ネイシャーブール生まれの作曲家・サントゥール奏者。1977年に主宰したアーレフ・アンサンブルをはじめ、国内外に多くの演奏・録音を残しました。セタールにも造詣が深く、流麗な音色、演奏技術、作品によって高く評価されています。
1951—
サナンダジ生まれ。シェイダー・アンサンブルの創設に加わり、カームカール・アンサンブルのサントゥール奏者として長く活動してきました。ミールザー・アブドッラー伝承のラディーフをサントゥール用にまとめ、教本『サントゥール奏法』を刊行しました。舞台活動だけでなく、ラディーフとサントゥール奏法を次世代へ伝える教育者としても重要な位置を占めています。
伝統から現代作品へ
アレス島のBGM「Ares Island Theme Music」ほか、全7曲の録音に参加。サントゥールの打音と余韻が、複数の民族楽器を用いた楽曲の中で使われています。
SEGA公式YouTubeで録音映像を見る ↗2023年放送。紅海の深海を扱う番組音楽の録音に参加し、サントゥール演奏を提供しました。
『京都大火編』『伝説の最期編』『最終章 The Beginning』の劇伴録音に参加しました。
REFERENCES
楽器の構造、歴史、イラン音楽の用語に関する主な典拠をまとめています。
谷 正人|サントゥール
執筆・演奏者
サントゥール奏者・民族音楽学者/神戸大学教授
イラン国立芸術大学音楽学部でサントゥールを学び、パーイヴァル系、カームカール系から若い世代まで、 世代や奏法の異なる複数の演奏家から現地で学んできました。現在も定期的にイランで研鑽を続けています。
さらに、サントゥールの表現力とイラン音楽全体への理解を深めるため、他の器楽、声楽、古典詩の韻律も現地で集中的に学んだ経験があります。 楽器単体ではなく、声と言葉を含む音楽全体の中からサントゥールを捉えることが、演奏と研究の双方の基盤になっています。
1990年代のイラン留学中、ファラーマルズ・パーイヴァルと、その弟子サイード・サーベットに長期にわたり師事しました。2014年以降も研究と演奏実践を結びつけて定期的にイランへ渡り、カームカール一家の奏者をはじめ、世代や奏法の異なる複数の演奏家から指導を受けてきました。パーイヴァル系とカームカール系の対照的な奏法から、若い世代による新しいスタイルまでを現地で学び、現在も定期的にイランで研鑽を続けています。
長期的に師事:サイード・サーベット、ファラーマルズ・パーイヴァル(1990年代)、スィヤーヴァシュ・カームカール、アルダヴァーン・カームカール(2014年以降、複数回・複数期間)
一定期間、集中的に師事:モスタファ・モーメニアン、マヒヤール・トレイヒー、アリー・バハラミーファルド
『イラン音楽―声の文化と即興―』(青土社、2007年)、『イラン伝統音楽の即興演奏―声・楽器・身体・旋法体系をめぐる相互作用』(スタイルノート、2021年)、Traditional Iranian Music: Orality, Physicality and Improvisation(Trans Pacific Press、2024年)
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