by 玉岡 雅之
以下では、財政学総論の「公債論」の中の一部である「公債負担論」を扱います。公債論全般については、参考文献を参照して下さい。
「公債発行はそれが内国債である場合、(1)公債発行国の国民は、(2)公債発行時も公債の 償還時も、(3)1国内の利用可能な資源の減少という意味では負担を負わない」 モ ある時点で1国で利用可能な資源の量は限られており、公債発行はそれがあった場合 でも、資源が国内にとどまる限り1国全体で利用可能な資源量は同じで、この点は租 税による資金調達と何ら変わらない。 (モデル) ((内国債の場合)) 今期(第1期)に政府は政府支出G1を行うために、公債をB発行し、国民が所得Y1から 公債を買うものとする。したがって国民の今期の消費額C1はY1−Bとなる(簡単化のた め貯蓄は考えない)。次期(第2期)になり国民は公債の償還を受け、利子率をrとして 元利合計で(1+r)Bを受け取る。政府は公債の償還のためにこの(1+r)Bに等し いだけ国民から税金Tを徴収すると、政府の手元に残る金G2はT=(1+r)Bだから 0であり、国民の消費額C2は所得Y2に公債償還額(1+r)Bを足したものから税金T を引いたものだから、結局Y2に等しくなる((1)式)。 (1)((課税の場合)) 今期の政府支出G1を公債発行ではなく、公債発行額と同額の税金で賄う場合、国民の今 期の消費額C1はY1−T、政府支出額G1はTで、いずれも公債発行の場合と同額である。 次期の消費額C2は公債償還の必要がないためY2であり、政府は国民から税金を徴収しな いので政府の手元に残る金G2は0である((2)式)。したがって、公債発行、税金徴収い ずれの場合を考えても、第1期にこの国で利用可能な資源はC1+G1=Y1であり、第2 期にはC2+G2=Y2であって変化がないことになる。 (2)
((外国債の場合)) (3)
第1期にはこの国全体での利用可能な資源量がY1+Bに増える(反対に外国ではBだけ 利用可能な資源量が減る)が、第2期には外国債の償還のための課税により国民の消費額 はY2−T、政府の手元に残る金は0で、この国全体での利用可能な資源量が公債の利払 いを含めた償還分だけ減っている。 モ 第1期には公債発行により利用可能な資源が増加し、第1期に存在する世代に便益を 与えるが、公債償還の第2期には国内で利用可能な資源が減少し、第2期に存在する 世代に実質所得の減少という負担を押しつける形になる。 (注意点) 上の内国債の議論が成り立つためには、内国債を公債発行国の国民が購入するという条 件が必要であるということである。もし内国債を自国以外の人が購入し、得られた資金で 政府が外国から必要な資源を輸入すると、内国債の場合でも(1)式は(3)式に変わることに なる。
「公債発行により、(1)公債発行国の国民は、(2-1) 公債発行時に、(3-1)効用の低下と いう意味では負担を負わないが、(2-2) 公債の償還時には、 (3-2)納税者の効用の低下 という形で納税者が負担を負う」 モ 主観的負担論 ブキャナンは公債負担の定義を新正統派のように1国で利用可能な資源量の減少とせず に、個人の効用の減少とした。先の新正統派の議論になぞらえると、政府支出を租税で 賄った場合、課税によって本来ならば民間で利用可能であった資源が政府のものとなり、 租税徴収時の個人が負担をすることになるが、公債によって政府支出を賄った場合、利用 可能な資源が政府に移る点は租税の場合と同じだが、公債購入者は自分の意志で現在消費 と引き換えに公債という資産を購入するのだから現時点では負担を被らないし、公債購入 者以外の負担もない。ところが、公債償還時には公債保有者は元利合計分が手元にはいる ので効用の低下は起こらず、償還のために課税される将来時点の納税者は課税一般と同じ く効用の低下を被る。 モ 公債を負担するのは公債償還時の納税者、つまり将来世代であり、内国債と外国債を 区別した新正統派の議論があてはまらなくなる。
「公債発行により、(1-1)公債発行時の国民は、(2-1)生涯を通じて、(3-1)生涯消費の 減少という意味では負担を負わないが、(1-2)公債償還時の国民は、(2-2)公債償還時に、 (3-2)生涯消費の減少という形で負担を負う」 モ 異世代間で負担の転嫁が起こることを示す。 ((第1期に公債を発行し、第2期に若年世代が公債を償還する場合)) (4)今期(第1期)に政府は政府支出G1を行うために公債をB発行し、来期(第2期)に公 債を償還するものとする。今期には老年世代である第1世代と若年世代である第2世代が 生活しており、今期首に第1世代が公債Bを政府から購入し、今期末に第2世代にBで売 り渡すものとする。第1世代の今期(第1期)の消費C11はY11に等しく、第2世代の 今期の消費C21は今期の所得Y21から第1世代の公債購入分Bを差し引いたY21−Bと なる。第1世代は来期(第2期)にはもう存在しないと仮定すると、第2世代の来期の消 費C22は来期の所得Y22から公債償還分を加えたものから、償還のために取られる税金 Tを差し引いたY22になる。第1世代の生涯消費は生涯所得Y11のままだが、第2世代 の生涯消費は現在価値に割り引くと、 (5)
となって、公債発行分だけ減少する。 モ 生涯消費の減少という意味で負担をとらえると、公債の負担は第1世代から第2世代 に転嫁されたことになる。 (結論が成り立つための前提条件) 第1に、第2世代は次なる世代に更に公債を売却しないということである。もし売却すれ ば次の世代以降に負担がかかることになる。 第2に、第2期に公債を償還するための税金を同じ第2世代の人が払うということである。 もし、償還額(1+r)Bを次の世代の人からの税金で賄うとすると、 C22=Y22+(1+r)B となり、生涯消費も C21+C22/(1+r)=Y21−B+Y22/(1+r)+B=Y21+Y22/(1+r) となって、第2世代は何ら負担せず、次の世代に負担がかかるということである。 最後に第2の前提と関連するが、第1世代は税金を支払わないということである。この 点を少し詳しく見る。今期の政府支出G1を公債発行ではなく、第2世代からの税金で 賄うとすると、(6)式に見られるように、第1世代の生涯消費はやはりY11であるが、 第2世代の生涯消費はもしT=Bであるとすると、(7)式となり、公債発行の場合と同じ になる。 ((第1期の政府支出を若年世代の税金によって賄う場合)) (6)
(7)
モ 公債発行の場合は生涯消費の減少は公債の償還時である第2期に起こるが、課税の場 合は課税時点である第1期に起こる。いずれの場合も第1世代が税金を支払っていな いという点から導き出され、負担の時点の相違を除けば公債発行と課税は変わらない ことになる。
「公債発行により、(1)将来の国民は、(2)将来時点で、(3)資本ストックの減少ならび にそれに伴う将来所得の減少という形で負担を負う」 モ 資本ストックの減少が将来長期にわたって所得の減少をもたらすと考えることから、 公債償還時以降の世代にわたってまで影響が及ぶと考える。 完全雇用経済を前提とし、公債発行と課税による資金調達において、民間資本がどれ位削 減されるかを比較する。まず公債発行による資金調達を考える。政府支出GをΔGだけ増 やすために公債をΔBだけ発行するものとする。完全雇用経済だから、総需要は一定で消 費支出C、投資支出I、政府支出Gの増分の合計は0となる。つまり、 ΔC+ΔI+ΔG=0 である。ここで消費支出は所得から税金を差し引いた可処分所得のみに依存すると仮定す ると、税金は公債発行により一定水準に保たれるから、可処分所得は変化せず、ΔC=0 となる。したがって、 ΔI=−ΔG=−ΔB となり、資本ストックがΔI減ることになる。これに対し、政府支出増を増税(ΔT)で 賄った場合、消費支出は増税分に限界消費性向cを乗じた分だけ減少するので、 ΔC=−cΔT となる。民間投資は完全雇用経済の仮定の下では、 ΔI=−(ΔC+ΔG) =−(−cΔT+ΔT) =−(1−c)ΔT=−sΔT=−sΔG 減少する(ただし、sは限界貯蓄性向でs=1−c)。 モ ΔGが公債発行と課税による場合とで等しいとすると、民間投資の削減分は公債発行 による場合の方が、ΔG−sΔG=cΔGだけ多いことになる。
公債発行も課税もそれが国民経済に与える影響は実は同じであるとする見解が古くから 存在していた。「等価定理」と呼ばれるものがそれであり、この見解によると公債発行は 課税の単なる繰り延べにすぎなくなる。 (モデル) ある世代が今期(第1期)で政府支出を賄うために課税されるか公債購入をするかのどち らかで、公債購入の場合、来期(第2期)で公債償還のために課税されるものとする。 ((今期の政府支出を課税によって賄う場合)) 今期の政府支出G1を課税T1によって賄うと、この世代の消費可能額C1は今期の貯蓄 をS1とすると、 Y1−S1−T1 となる。来期においても政府は税金T2で政府支出G2を賄うものとすれば、来期の消費 C2は、今期から来期へかけての利子率をrとすれば、 Y2+(1+r)S1−T2 となる((8)式)。 (8)この世代の2期間にわたる予算制約は(9)式のようになる。 (9)
((今期の政府支出を公債発行によって賄う場合) 一方、今期の政府支出を公債発行Bによって賄うとすると、今期の消費、政府支出は(10) 式の第1式、第2式のようになる。来期も政府支出G2を行うが、公債償還のための元利 払いも課税によって賄うとし、民間貯蓄と公債に対する利子率が等しいとすると、来期の 消費は(10)式の第3式のようになる。このとき、この世代の2期にわたる予算制約はや はり(11)式のようになって、課税の場合と同様になる。しかも今期と来期の政府支出の 水準が同じであれば、世代全体としてみれば、今期と来期の消費額も課税の場合と同じに なる。つまり、ある時点での政府支出を課税で賄おうが、公債発行で賄おうが、国民経済 に与える影響は等しいということになる。 (10)
(11)
ヤ この議論はある世代の生存中に公債の償還をその世代自身によって行うことを前提と している。ボーウェン・デービス・コップの議論のように、公債償還を先送りして、 将来世代に負担を転嫁できる可能性も残っている。 モ 償還が将来世代によって行われたとしてもなおかつ負担は将来世代に転嫁されないと いう新たな議論が1970年代になって出る。バロー(R.J. Barro)は公債発行時の 世代が公債償還時の世代に公債負担を転嫁しないように遺産相続をする可能性を考え た。 ヨ (ライフサイクルモデルによる説明) ((第1世代が第2世代のことを考慮しない場合)) 第1世代が第1期に公債を購入し、第2期に第2世代によって償還されるが、第1世代は 第2世代のことを全く考慮しないケースを扱う((12)式)。第1世代の今期(第1期)の 消費C11は所得から貯蓄Sと公債購入分Bを引いたY11−S−Bで、公債発行分Bは今 期の政府支出G1に充てられる。第1世代の第2期の消費C12は第2期の所得と、公債償 還分の合計となり、第1世代の生涯の予算制約は(13)式となって、公債発行がない場合 と同様になる。第2世代の第2期の消費は所得から公債償還分を差し引いたY22−Tとな り、第2世代が公債を負担していることになる。 (12)
(13)
((第1世代が第2世代のことを思いやり遺産を残す場合)) 第1世代が第2世代のことを思いやって、第2世代が第2期の公債償還に耐えられるよう に第2世代に公債発行額と同額の遺産Bを残すものとする。したがって、第1世代の生涯 の予算制約は(15)式となって、ちょうど公債発行額、つまり第2世代への遺産贈与額だ け(13)式の場合より減少している。そのかわりに第2世代は第1世代から受けた遺産額 が第2期には(1+r)Bになっているので、ちょうど公債を償還できるようになり、自 らは公債を負担しなくてもよくなる。 (14)
(15)
((第1期の政府支出を第1世代からの課税で賄う場合)) 第1期の政府支出を公債発行の代わりに第1世代からの課税で賄うとすると、(16)式に みるように第2世代は(14)式と同様で、第1世代の生涯の予算制約もG1が同じであれ ば、(15)式と同じになる((17)式)。つまり、将来世代への遺産を考えれば、課税も公 債発行もその効果は同じになると言うことが出来る。 (16)
(17)
モ この命題が完全に成立するならば、公債発行によって需要増加をはかる政府の財政 政策は、公債発行と同額の個人貯蓄増となって、経済全体として需要増加が起こら ず、無効となってしまう。 モ この命題はその前提となっている個人の合理的期待形成理論とあいまって、論争を 引き起こしたが、現在では実証研究により、中立性命題がどのような状況で、どの 程度あてはまるかに関心が移ってきているといって良い。
参考文献:玉岡 雅之「公債」(入谷純・岸本哲也編著『財政学』八千代出版、1996年所収)