現代財政学は,大きく分けて二つの学派の影響を受けて育ってきた。一つは官房学(Kameralwissenschaft)およびその流れを引き継いだドイツ財政学であり,いま一つは古典学派である。
ドイツ財政学の特徴は,経済における国家の役割を肯定的にとらえ,経済で生じる諸問題は経済政策を通じて解決できると考えた点や,国家経費を与えられたものとして,そのための財源をいかにして調達するかに重点を置く点(財政学における租税論の重視),また財政政策,租税政策を具体的にどのように行えばよいかを重視する点(財政学における財務行政論,制度論の重視)に求めることができる。
一方,イギリスを中心とした古典学派はドイツ財政学のように独立の学科としての財政学をもってはいなかった。古典学派の代表的な学者であったスミス(Adam Smith)は,その『国富論』の第5編「主権者または国家の収入について」において財政問題を扱っている。ドイツ財政学が行政論的な色彩を濃く帯びていたのに対し,スミス経済学における財政論はあくまでも経済学によって扱われるものとなった。
同じ財政現象を対象としても,その把握の仕方は国あるいは時期に応じて非常に異なったものとなる。しかしながら,それらに共通してみられるのは,財政現象というのは政治と経済が交錯した領域に生じるものであり,その政治と経済のいずれを重視するかという視点である。つまり,政治(行政)を中心に考え,それと調和すべきものとして経済を考えるか,あるいは経済を中心に考え,それに必要な限りでの政治(経済的な内容をもち,経済的な表現を伴うもの)を考えるかということである。
国家の経済活動(財政)は,予算という形式でまとめられ,執行される。近代的な予算制度は政府活動に必要な収入と,それによって賄われる経費をもれなく(総額表示で),統一的な様式で記載する予算を前提とする。予算をめぐっての財政学の伝統的な議論は,具体的な各国の予算制度の記述,予算原則,予算制度改革論をめぐってなされてきた。 現代財政学における予算論は,これらの議論の他に,予算にあらわれる具体的な経費,租税等がどのような過程をへて決定されたかを調べることが必要となる。例えば,民主主義的な国家において,ある経費がどのような基準によって予算にあらわれ,どのような過程をへて一定の水準に決定されたかを,予算をめぐる様々な関係者(行政府,与党,野党,官僚,圧力団体,個人等)の行動様式と,これら関係者の行動を具体化する制度(選挙制度,国会審議,調査会,委員会等)にもとづいて具体的に明らかにできなければならない。
経費とは,政府の活動を支えるための貨幣的な費用のことである。経費が生産的か非生産的かを考えるのはかつての財政学上の一大問題であった。現在では,経済で果たす政府の役割が無視できなくなったため,このような議論は余り行われなくなった。かわって,経費の性質をめぐっての分析(公共財をめぐる分析),経費の発展構造についての分析(クロスセクション,時系列でみて,国別,時代別に特定のパターンがみられるか),経費の構成(政府消費,政府投資,移転支出)についての分析などが行われるようになった。またこれらの分析とあわせて,経費が国民経済に与える影響の分析(フィスカルポリシー論),経費が経済主体(家計,企業)に与える影響の分析も行われている。これら分析の結果によって,政府活動の範囲はいったいどこまで認められるかの判断の一基準が各人に得られるだろう。
資本主義国家は,その活動に必要な経費を何らかの形で賄わなければならない。資本主義国家自身は財産や収入源をもってはいないし,あったとしても莫大な経費を賄うことはできないから,租税国家(Steuerstaat)とならざるをえない。したがって,国家活動に必要なものとしての租税についての研究が,財政学の一大課題となったのはいうまでもない。
学説史的には,まず経済の再生産過程や資本の蓄積過程を阻害しない租税(税源)を求めて,詳細な租税転嫁論が展開された。その結果として,重農学派,古典学派それぞれの主張にあう税源が求められた。19世紀後半になると,所得分配の問題がいっそう重要になって,限界効用理論の発展ともあいまって,所得税における累進課税の正当性が議論されるようになった。20世紀にはいると,経費の増大傾向に対応して,それに見合う財源として,所得課税,消費課税の双方が課税ベース,課税範囲を広げながら押し進められるようになり,公平性,効率性などの一定の課税原則に基づいて,それぞれの税が評価されるようになった。
現在においても,租税負担の最終的なあり方を求める租税転嫁・帰着論,所得階層別の租税負担率の計算,課税の国民経済に与える影響の計算などが形を変えながらも行われている。また経済構造が変化して,税源が多様化し,既存の租税体系では課税対象が十分把握できなかったり,また経済活動に対して阻害的な影響が顕著に現れると,既存の租税体系に対する税制改革の要求が出てくることになる。したがって,現行の租税体系(様々な直接税や間接税からなる複税制度)の絶えざる吟味が必要となる。
公債論では「借り手」としての政府の行動,およびその経済的な帰結を扱う。
「借り手」としての政府の行動の典型的なものは,公債発行である。公債は一般に,それに見合う資産勘定を持たず,将来の租税収入をあてにして発行される。公債発行はそれ自身,金融市場に大きな影響を与える。つまり,どのようにして発行されたか(市中消化か中央銀行引き受けか),どのような種類の公債を発行したか(長期債か短期債か),誰が引き受けたか(市中銀行か個人か)によってそれぞれ状況が異なってくるからである。また公債は,それを保有する人(世代)と,その償還のために租税を支払う人(世代)がいるので,個人間あるいは世代間で所得分配や資源配分に影響を及ぼす可能性がある。いわゆる公債の負担論と呼ばれるのは,このことについての議論である。 公債論と密接に関連する分野に「貸し手」としての政府の行動の分析がある。典型的なものは,財政投融資を通ずる行動である。「借り手」としての政府の行動と「貸し手」としての政府の行動の2つをあわせて財政学では公信用論と呼ぶことがある。
我々は中央政府から行政サービスを受けているのと同様,地方政府からも行政サービスを受けている。しかもその内容は生活に密着したものが多い。この地方政府の財政活動を収支の両面にわたって分析し,住民への影響や中央財政との関係を調べるのが地方財政論の課題である。地方自治の実現にはそのための財源の裏付けが必要であるが,わが国についてみれば地方交付税,地方譲与税,国庫支出金など地方自治体はその財源の多くを中央財政に依存しており,また地方債発行も中央政府の計画によって規定されている。中央政府と同様の財政活動を行いながら,他面中央政府の財政活動に制約されている地方政府の財政活動を扱う地方財政論は財政学の中で独自の領域を形成しており,そのための研究も地方財政理論のみならず各国の具体的な制度に即した周到な検討が必要である。
経済の国際化に伴い,一国の経済活動は他国の経済活動に大なり小なりの影響を与える。財政活動についても全く同様で,一国の財政政策は他国の経済活動水準に顕著な影響を与えることがある。また税制の構築に際しても,自国への影響のみならず他国への影響を考慮しなければ,資本,労働,商品が自由に移動する世界においては所期の効果が達成できないことがある。国際財政論とはある国あるいは複数の国の財政(政策,制度)が他国あるいは他のグループ国の財政および経済に与える影響を分析する財政学の一分野である。また関連分野には発展途上国のための財政を考える開発財政論と呼ばれるものがある。
財政学は非常に幅広い問題を扱い,また経済学のみならず,具体的な財政制度や財政史についての知識を必要とする。したがって,研究をすすめるにあたっては,財政学の文献の学習のみならず,基礎的な経済学の知識の習得に努める必要がある。
文献のうち,〔1〕は伝統的な財政学の典型的な教科書である。財政の意義,財政思想の発展など最近の教科書にはみられない部分が詳しい。〔2〕はアメリカの制度を前提に書かれたテキストであり,理論、制度双方について詳しい。〔3〕は非常に幅広い問題を扱った教科書であり,やや程度が高い。〔4〕は〔11〕と同じく,公共経済学的なアプローチからのテキストである。〔6〕,〔7〕は財政学の方法論について述べている。〔9〕は経済学の古典であり,経費論,租税論,公債論についていまだに示唆される点が多い。〔10〕は経費支出のパターンをイギリスについて分析し,転位効果などの仮説を提出したもの。〔12〕は医療、教育、住宅、環境および所得分配などの社会問題を経済学的に分析することを目的としたテキストである。〔13〕は戦後まもなくわが国で行われた税制勧告であり,現在のわが国の税制を研究するための必読の書。〔14〕はわが国の戦後税制史をたどるのに格好の著。〔15〕は〔13〕の著者による上級のテキスト。〔16〕は財政と金融との結びつきを強調し,「財政の金融論」を展開している。〔17〕は財政投融資について詳しい。〔18〕は地方財政論についての代表的なテキスト。〔19〕ではわが国地方財政の歴史と問題点をたどることができる。〔20〕は比較財政論をはじめ財政の国際的側面を体系的に著した著書。
〔1〕木村元一『近代財政学総論』春秋社,昭和33年。
〔2〕R.A.Musgrave and P.B.Musgrave, Public Finance in Theory and Practice (5th ed.), McGraw-Hill, 1989(木下和夫監修・大阪大学財政研究会訳『財政学 I・II ・III』 有斐閣,昭和58-59年。)
〔3〕能勢哲也『現代財政学』有斐閣,昭和61年。
〔4〕H.S.Rosen, Public Finance (3rd ed.), Irwin, 1992.
〔5〕玉岡雅之「財政学」,神戸大学経済経営学会編『経済学研究のために 第5版』平成3年,pp.204-209.
〔6〕G.Colm, Essays in Public Finance and Fiscal Policy, Oxford University Press, 1955.(木村元一・大川政三・佐藤 博訳『財政と景気政策』弘文堂,昭和32年。)
〔7〕宇佐美誠次郎『財政学』青木書店,昭和61年。
〔8〕木村元一、前掲書、第3章。
〔9〕A.Smith, An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations,(1776), Canan's ed., 1904.(大内兵衛・松川七郎訳『諸国民の富』全5冊,岩波文庫,昭和34-41年。)
〔10〕A.T.Peacock and J.Wiseman, The Growth of Public Expenditure in the United Kingdom, Oxford University Press, 1961.
〔11〕J.E.Stiglitz, Economics of the Public Sector (2nd ed.), W.W.Norton & Company, 1988.(薮下史郎訳『公共経済学 上・下』,マグロウヒル,平成元年。)
〔12〕J. Le Grand, C. Propper and R. Robinson, The Economics of Social Problems. 3rd ed., 1992, Macmillan
〔13〕Report on Japanese Taxation by the Shoup Mission volI-IV, General Headquarters Supreme Commander for the Allied Powers, Tokyo, 1949.(福田 幸弘監修『シャウプの税制勧告』,霞出版社,昭和60年。)
〔14〕佐藤進・宮島洋『戦後税制史(第2増補版)』,税務経理協会,平成2年。
〔15〕C.S.Shoup, Public Finance, Aldine Publishing Company, 1969.(塩崎 潤監訳『財政学 (1),(2)』,有斐閣,昭和48年。)
〔16〕鈴木武雄『近代財政金融』春秋社,昭和32年。
〔17〕林 栄夫『財政論』筑摩書房,昭和43年。
〔18〕米原淳七郎『地方財政学』有斐閣,昭和52年。
〔19〕藤田武夫『日本地方財政の歴史と課題』同文館,昭和62年。
〔20〕R.A.Musgrave, Fiscal Systems, Yale University Press, 1969(木下和夫監修・大阪大学財政研究会訳『財政組織論』有斐閣,昭和47年。)