現代財政学は,大きく分けて二つの学派の影響を受けて育ってきた。一つは官房学(Kameralwissenschaft)およびその流れを引き継いだドイツ財政学であり,いま一つは古典学派である。
官房学はもともと封建制下の君主の私的な家計をつかさどる学問であった。当時,君主は領地をもっており,そこからの収入があったが,商品経済の発展につれて次第に貨幣形態での収入で経費を賄うようになった。当時の諸候の富国強兵,殖産興業政策を進めるために,これらの収入や経費について体系的に研究する必要が出てきた。官房学とは財政すなわち国家収入の確保とその管理を中心として,警察を含む行政論,経済政策等を主に財務行政論的な観点から研究する学問であった。
19世紀後半になると,この官房学の中から社会政策学派や歴史学派の影響を受けて,いわゆるドイツ財政学が生まれた。そのドイツ財政学を代表する学者に,シュタイン(Lorenz von Stein),シェフレ(Albert Schaffle),ワグナー(Adolph Wagner)がいる。このうちシュタインは租税→政府支出→収入→担税力→租税という「租税再生産説」を唱え,国家財政と経済の有機的循環を強調した。ワグナーはドイツ財政学を代表する学者であり,「経費膨張の法則」,「ワグナーの課税原則」で有名である。彼は,当時のドイツ資本主義経済を念頭において,ドイツ経済の重化学工業化と台頭する労働運動の融和策を国家の手によって行おうと考えた。具体的には,資本制経済のもとでの所得の再分配を租税制度を通じて行ったり,課税における「国民経済上の原則」によって資本蓄積を押し進めることを考えた。前者は課税における公平課税の原則であり,後者は資本蓄積の原則である。これら複数の原則を租税体系の中で実現しようとした結果,重農学派の説く単一地租論によるのではなく,直接税を中心とした複税制度によって所期の目的の達成を試みた。
これらドイツ財政学の特徴は,経済における国家の役割を肯定的にとらえ,経済で生じる諸問題は経済政策を通じて解決できると考えた点や,国家経費を与えられたものとして,そのための財源をいかにして調達するかに重点を置く点(財政学における租税論の重視),また財政政策,租税政策を具体的にどのように行えばよいかを重視する点(財政学における財務行政論,制度論の重視)に求めることができる。
一方,イギリスを中心とした古典学派はドイツ財政学のように独立の学科としての財政学をもってはいなかった。古典学派の代表的な学者であったスミス(Adam Smith)は,その『国富論』の第5編「主権者または国家の収入について」において財政問題を扱っている。スミスは経済学の目的を国民に豊かな収入を供給することと,国家に十分な収入を供給することと規定しているが,彼は彼の批判した重商主義の考えとは異なり,国民経済そのものが豊かになれば財政自身も豊かになるとした。したがって,国富を増すためにはどのようにすればよいかという点に考察の主眼をおき,経済的自由の達成こそが国富の増大のために必要であると考えた。また国家経費を基本的に不生産的なものと考え,国家の果たすべき役割をかなりの程度限定した。つまり,国家活動といえども経済法則に規定されており,国富の増大に不可欠な経済的自由の達成に必要な国家活動の範囲を限定したのである。あくまでも経済の中にある国家を考え,この意味で財政学を経済学の中に位置づけたのである。ドイツ財政学が行政論的な色彩を濃く帯びていたのに対し,スミス経済学における財政論はあくまでも経済学によって扱われるものとなった。
このような傾向は次のリカード(David Ricardo)においては,より顕著になってきた。彼はその主著『経済学および課税の原理』において,10数章を財政問題,特に課税の問題にあてているが,そこではもはやスミスにおいてみられた国家の役割についての考察は行われておらず,国家活動を経済にとっての撹乱要因とみなし,経済にとってもっとも撹乱作用の少ない租税を経済学の価格論,分配論を用いて詳細に分析している(租税転嫁論)。つまり,財政学を経済学の中に位置づける点ではスミスと同じだが,リカードにおいては財政学は経済学の中に完全に埋没しており,財政学が応用経済学の一分野になってしまった。このような傾向は現在も支配的になっている。
以上簡単にみたように,同じ財政現象を対象としても,その把握の仕方は国あるいは時期に応じて非常に異なったものとなる。しかしながら,それらに共通してみられるのは,財政現象というのは政治と経済が交錯した領域に生じるものであり,その政治と経済のいずれを重視するかという視点である。つまり,政治(行政)を中心に考え,それと調和すべきものとして経済を考えるか,あるいは経済を中心に考え,それに必要な限りでの政治(経済的な内容をもち,経済的な表現を伴うもの)を考えるかということである。
いずれにせよ,現代財政において生じている諸現象は上で述べた二つの考えの一方だけでは把握できないものが多い。財政学は経済学の一分野ではあるが,経済学の単なる応用分野ではない。国家財政のもつ政治的な側面,また年々再生産されるものとしての財政現象,財政関係を政治経済学的に分析する必要がますます高まっているといえる。
国家の経済活動(財政)は,予算という形式でまとめられ,執行される。近代的な予算制度は政府活動に必要な収入と,それによって賄われる経費をもれなく(総額表示で),統一的な様式で記載する予算を前提とする。予算をめぐっての財政学の伝統的な議論は,具体的な各国の予算制度の記述,予算原則,予算制度改革論をめぐってなされてきた。 現代財政学における予算論は,これらの議論の他に,予算にあらわれる具体的な経費,租税等がどのような過程をへて決定されたかを調べることが必要となる。例えば,民主主義的な国家において,ある経費がどのような基準によって予算にあらわれ,どのような過程をへて一定の水準に決定されたかを,予算をめぐる様々な関係者(行政府,与党,野党,官僚,圧力団体,個人等)の行動様式と,これら関係者の行動を具体化する制度(選挙制度,国会審議,調査会,委員会等)にもとづいて具体的に明らかにできなければならない。
経費とは,政府の活動を支えるための貨幣的な費用のことである。Iでも述べたように,経費が生産的か非生産的かを考えるのは財政学上の一大問題であった。現在では,経済で果たす政府の役割が無視できなくなったため,このような議論は余り行われなくなった。かわって,経費の性質をめぐっての分析(公共財をめぐる分析),経費の発展構造についての分析(クロスセクション,時系列でみて,国別,時代別に特定のパターンがみられるか),経費の構成(政府消費,政府投資,移転支出)についての分析などが行われるようになった。またこれらの分析とあわせて,経費が国民経済に与える影響の分析(フィスカルポリシー論),経費が経済主体(家計,企業)に与える影響の分析も行われている。これら分析の結果によって,政府活動の範囲はいったいどこまで認められるかの判断の一基準が各人に得られるだろう。
資本主義国家は,その活動に必要な経費を何らかの形で賄わなければならない。資本主義国家自身は財産や収入源をもってはいないし,あったとしても莫大な経費を賄うことはできないから,租税国家(Steuerstaat)とならざるをえない。したがって,国家活動に必要なものとしての租税についての研究が,財政学の一大課題となったのはいうまでもない。
学説史的には,まず経済の再生産過程や資本の蓄積過程を阻害しない租税(税源)を求めて,詳細な租税転嫁論が展開された。その結果として,重農学派,古典学派それぞれの主張にあう税源が求められた。19世紀後半になると,所得分配の問題がいっそう重要になって,限界効用理論の発展ともあいまって,所得税における累進課税の正当性が議論されるようになった。20世紀にはいると,経費の増大傾向に対応して,それに見合う財源として,所得課税,消費課税の双方が課税ベース,課税範囲を広げながら押し進められるようになり,公平性,効率性などの一定の課税原則に基づいて,それぞれの税が評価されるようになった。
現在においても,租税負担の最終的なあり方を求める租税転嫁・帰着論,所得階層別の租税負担率の計算,課税の国民経済に与える影響の計算などが形を変えながらも行われている。また経済構造が変化して,税源が多様化し,既存の租税体系では課税対象が十分把握できなかったり,また経済活動に対して阻害的な影響が顕著に現れると,既存の租税体系に対する税制改革の要求が出てくることになる。したがって,現行の租税体系(様々な直接税や間接税からなる複税制度)の絶えざる吟味が必要となる。
財政現象は,政治と経済の交錯する領域で生じると述べた。経済面に即してみると,財政現象は他面,金融現象でもある。予算にあらわれる歳出,歳入のいずれをとっても貨幣タームで表されており,予算の執行,租税の徴収は政府の銀行たる中央銀行を媒介として行われることからも明かである。公信用論では,経済の金融現象に影響を与えるものとしての政府の金融活動のうち,「借り手」としての政府と,「貸し手」としての政府の行動,およびその経済的な帰結を扱う。
「借り手」としての政府の行動の典型的なものは,公債発行である。公債は一般に,それに見合う資産勘定を持たず,将来の租税収入をあてにして発行される。公債発行はそれ自身,金融市場に大きな影響を与える。つまり,どのようにして発行されたか(市中消化か中央銀行引き受けか),どのような種類の公債を発行したか(長期債か短期債か),誰が引き受けたか(市中銀行か個人か)によってそれぞれ状況が異なってくるからである。また公債は,それを保有する人(世代)と,その償還のために租税を支払う人(世代)がいるので,個人間あるいは世代間で所得分配や資源配分に影響を及ぼす可能性がある。いわゆる公債の負担論と呼ばれるのは,このことについての議論である。 「貸し手」としての政府の行動の典型的なものは,財政投融資を通ずる行動である。財政投融資とは,国の制度と信用をもとに集められた資金を原資として,各種の公的機関に投融資することによって,公共投資を始めとした国の政策を,本予算を通じないで行おうとする国の金融活動のことである。例えば,戦後大々的に行われた生産関連社会資本(道路,港湾等)の整備にみられるように,日本の高度成長はこの財政投融資による点が大である。
以上,財政学の取り扱う問題領域を,伝統的な財政学の分類に従って述べてきた。この中で述べなかった重要な問題にフィスカル・ポリシー論,地方財政論,公企業論,国際財政論等がある。
このように,財政学は非常に幅広い問題を扱い,また経済学のみならず,具体的な財政制度や財政史についての知識を必要とする。したがって,研究をすすめるにあたっては,財政学の文献の学習のみならず,基礎的な経済学の知識の習得に努める必要がある。
文献のうち,〔1〕は伝統的な財政学の典型的な教科書である。財政の意義,財政思想の発展など最近の教科書にはみられない部分が詳しい。〔2〕はアメリカの制度を前提に書かれたテキストであり,理論についても詳しい。〔3〕は非常に幅広い問題を扱った教科書であり,やや程度が高い。学部上級生向けである。〔4〕は〔10〕と同じく,公共経済学的なアプローチからのテキストである。〔5〕,〔6〕は財政学の方法論について述べている。〔7〕は予算編成の過程を政治学的な立場から研究したもの。〔8〕は経済学の古典であり,経費論,租税論,公債論についていまだに示唆される点が多い。〔9〕は経費支出のパターンをイギリスについて分析し,転位効果などの仮説を提出したもの。〔11〕は戦後まもなくわが国で行われた税制勧告であり,現在のわが国の税制を研究するための必読の書。〔12〕は〔11〕の著者による上級のテキスト。〔13〕はアメリカ税制についての書であるが,個々の税についての分析は日本の税制を研究するときにも非常に参考になる。〔14〕は財政と金融との結びつきを強調し,「財政の金融論」を展開している。〔15〕は公債負担論についての論文集。〔16〕は財政投融資について詳しい。
〔1〕木村元一『近代財政学総論』春秋社,1958年。
〔2〕R.A.Musgrave and P.B.Musgrave, Public Finance in Theory and Practice (5th ed.), McGraw-Hill, 1989(木下和夫監修・大阪大学財政研究会訳『財政学 I・II・III』有斐閣,1983-84年。)
〔3〕能勢哲也『現代財政学』有斐閣,1986年。
〔4〕H.S.Rosen, Public Finance (2nd ed.), Irwin, 1988.
〔5〕G.Colm, Essays in Public Finance and Fiscal Policy, Oxford University Press, 1955.(木村元一・大川政三・佐藤 博訳『財政と景気政策』弘文堂,1957年。)
〔6〕宇佐美誠次郎『財政学』青木書店,1986年。
〔7〕A.Wildavsky, The Politics of the Budgetary Process, Little Brown, 1964. 小島 昭訳『予算編成の政治学』剄草書房,1972年。)
〔8〕A.Smith, An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations, (1776), Canan's ed., 1904.(大内兵衛・松川七郎訳『諸国民の富』全5冊,岩波文 庫,1959-66年。)
〔9〕A.T.Peacock and J.Wiseman, The Growth of Public Expenditure in the United Kingdom, Oxford University Press, 1961.
〔10〕J.E.Stiglitz, Economics of the Public Sector (2nd ed.), W.W.Norton & Company, 1988.(薮下史郎訳『公共経済学 上・下』,マグロウヒル,1989年。)
〔11〕Report on Japanese Taxation by the Shoup Mission volI-IV, General Headquarters Supreme Commander for the Allied Powers, Tokyo, 1949.(福田 幸弘監修 シャウプの税制勧告』,霞出版社,1985年。)
〔12〕C.S.Shoup, Public Finance, Aldine Publishing Company, 1969.(塩崎 潤監訳『財政学 (1),(2)』,有斐閣1973年。)
〔13〕J.A.Pechman, Federal Tax Policy (5th ed.), The Brookings Institution, 1987.
〔14〕鈴木武雄『近代財政金融』春秋社,1957年。
〔15〕J.M.Ferguson(ed.), Public Debt and Future Generations, The University of North Carolina Press, 1964.
〔16〕林 栄夫『財政論』筑摩書房,1968年。