新しい株式所有・合併等ガイドライン(原案)についての意見

 

                                1998年8月19日

大阪市立大学法学部助教授 泉水文雄

 

 今回の公表された「株式保有・合併等における『一定の取引分野における競争を実質的に制限する事となる場合』の考え方(原案)」(以下、原案)は、従来のガイドライン(以下、旧ガイドライン)および実務において必ずしも明確でなかった点を明確にし、かつ問題点を改善し、基本的に優れたものであると考えますが、以下に関してなお問題点および改善すべき点があると考えます。

 

1.役員について(第1の2(1)役員の範囲)

 原案は、「部長・・・の名称を有するだけの者は、従業員であって役員ではない」とし、旧ガイドラインの解説にも同様の説明が見られますが、商法上、本店の「営業本部長」については支配人たる名称であると考えられています(森本滋編『商法総則講義』、落合誠一ほか『商法T』など)。「本部長」は「部長」ではないという趣旨かも知れませんが、この表現では「営業本部長」等の名称や権限をもつ者は独禁法にいう役員に入らないという誤解を生むように思います。

 また、出向者と退職手続者での扱いの違いは、旧ガイドラインの解説にも書かれており、実質的にはこうなると思いますが、舟橋和幸編『独占禁止法による合併・株式保有の解説』(以下、旧ガイドライン解説書)では、慎重に、後者について脱法行為として行った場合は別である旨注意を促しています。周到、という意味では、旧ガイドライン解説書のほうがよいのではないかと思います。

 

2.「重要部分」について(第1の4営業譲受け等)

 原案は、「重要部分」の解釈について、「譲渡会社にとっての重要部分」を意味するとしています。周知のように、学説上は議論が分かれており、当事会社にとって「重要」かどうかではなく、競争秩序から判断すべきとする見解も有力です(正田教授など)。公取委は従来からこの見解は採っていませんので、この点の議論についてはあえて述べませんが、仮に「重要部分」を「譲渡会社にとっての重要部分」と解するにしても、商法245条にいう「重要部分」とは異なる概念であるということを明示すべきだと考えます。この点、原案は続けて、「当該譲渡部分が一つの経営単位として機能しうるような形態を備え、譲渡会社の営業の実態から見て客観的価値を有していると認められる場合に限る」とすることから、商法とは異なることを示しているということなのでしょうが、「 」の部分は商法25条にいう営業譲渡が商法245条にいう営業譲渡と同じかどうかという論点に関する最高裁判決(最大判昭和40・9・22民集19巻6号1600頁)の判示部分をリライトしただけのようにも見えます。つまり原案の表現では、「重要部分」ではなく「営業」を限定しただけに見えてしまいます。そうすると「重要部分」についてはガイドラインには書かれていないがさらに絞りがかかる、と読まれる危険があります。そうでなくても、「 」は「場合に限る」としているため「 」は「重要」かどうかを判断するための必要条件にすぎず十分条件ではないとも読まれる危険があります。そのような誤解を与えないためには、「 」の部分は16条を適用するための必要十分条件である、と何らかの形で明示すべきであると考えます。なお、旧ガイドラインはさらに、年間売上高5%の裾きり基準をおいていましたが、これが削除されたことは好ましいと考えます。この論点の最後に、確認として、たとえば売上高10兆円の企業Aが、その100億円分に相当する営業をBに譲渡したとします。Bのいる市場規模は200億円で、営業譲渡前にはABが50%ずつのマーケットシェアをもっていたとすると、営業譲受け後のBは100%のシェアを持つことになります。この場合、旧ガイドラインでは、原則として規制できないが、市場規模が1億円を超して大きいので例外的に規制されることになるはずですが(旧ガイドライン第6の2)、原案はこのような場合にも「当該譲渡部分が一つの経営単位として機能しうるような形態を備え、譲渡会社の営業の実態から見て客観的価値を有していると認められる場合」であればそれだけで当然に規制される、という立場であると理解してよいのでしょう。しかしこの場合、Aの売上高の0.1%にすぎないので「重要」でない、という主張を封じることが重要ですが、原案の表現で封じきれるのか心配です(立法問題かも知れませんが)。

 

3.市場画定の基本的アプローチについて(第2の2商品又は役務、第2の1)

 原案が採用している、商品の交差弾力性または合理的交換可能性に基づいて市場を確定するというアプローチ(以下、従来のアプローチ)は、周知のように、米国、欧州では5%ないし10%の仮定の価格引上げテストにより需要の弾力性を測定する手法に転換しています(米国水平合併ガイドライン、EC関連市場画定告示)。理論的には価格引き上げテストのほうが従来のアプローチより優れている点が多いと考えられますが、価格引き上げテストにも実際面ではいろいろ問題があり、実務の蓄積がある従来のアプローチによりつつその欠点を補うというのは現実的な手法であると考えます。ただ、個々の商品間の合理的交換可能性を見ていくと、機能的な交換可能性はあっても需要家にとって他の要因から価格が上昇しても交換可能でない場合(EC関連市場画定告示)のほか、合理的交換可能性ある商品が他にもあるのに見落としてしまう場合、交換可能性が非対称である場合、個々の商品間の交換可能性は小さいがそのような商品が多くあって全体としては市場力が発揮できない場合などには、市場が広くなりすぎたり狭くなりすぎたりします。製品差別化されている商品では、差別化が進むと差別化された商品を生産するメーカー間で合併することは差別化されていない場合よりもかえって市場力を高めて危険だという研究成果もあります。したがって、私は当面従来のアプローチを維持することには賛成ですし、現段階のガイドラインの書き方としてはこの程度の抽象的な書き方の方がよいのかも知れませんが、従来のアプローチの欠点をよく認識し欠点を十分補うよう運用されることを希望します。また、市場画定および市場力認定のための他のアプローチも選択的または補完的に利用してよいのではないかと考えます。他の選択的アプローチについては、上述のEC関連市場画定告示にも採用されていますが、一般的な文献として次のものをあげておきます。Baker & Bresnahman, Empirical methods of Identifying and Measuring Market Power, 61 Antitrust L.J. 3 (1992).

 なお、原案はいわゆる部分市場(submarket)の存在を肯定しています(第2の1)。一部の論者は米国の議論を引き合いに出して、部分市場概念を認めるべきでないと批判していますが、米国の判例法では部分市場は認められており、最近もそのような判決が出ています。部分市場の画定を正確に行う限り、原案の考え方に賛成します。

 

4.輸出入取引と市場の画定について(第2の2取引の地域(地理的範囲))

 原案は、「国内ユーザー向けの輸入があればそれを含めて画定されることになる」としています。この意味は、文脈からは、輸入があれば輸入を勘案して地理的市場を画定する、つまり輸入を考慮事由の一つとするという意味なのでしょうが、読み方によっては、現実の輸入があれば、日本へ輸出しているメーカーの輸入量はもちろん生産能力まですべて含めて地理的市場を画定するとか、さらにはそのようなメーカーのいる地域(国、地域)のメーカーで日本に輸出していないメーカーの生産量や生産能力も自動的に地理的範囲に含めると読まれかねません。とくに現実の輸入がある場合のシェア画定に「生産能力」を含めるというのは米国で有力に主張され合併ガイドラインでも一部採用されているアプローチですので、そういう誤読の危険は十分あります。第2の2(1)アにちゃんと書いてあるといわれればそれまでですが、この部分にもう少し詳しく書くか(たとえば第2の2(1)アを参照させる)、あるいは何も書かない方がよいと考えます。

 また原案は、「(日本からの輸出取引に係る一定の取引分野がそれ自体で成立することはあり得る)」としています。これはどのような場合を想定しているのでしょうか。メーカー間の合併が輸出カルテル類似の効果を持つ場合でしょうか。輸出カルテルは、国内市場への影響がないのが一般だと考えられますが、国内市場へ影響(効果)のない行為にも日本の独禁法(6条は除きます)は適用できるという、90年代の初めから米国が再び採りだした立場を前提とした記述でしょうか。あるいは、「一定の取引分野」は画定できるが、一般には競争の実質的制限がない、ということになるのでしょうか。上記の文章をおくことによって、とくに問題が発生するとは考えませんが、独禁法の域外適用との絡みで気になるところです。

 

5.「こととなる」について(第3の1(2)「こととなる」の考え方)

 原案が、「こととなる」について、「企業結合により、競争の実質的制限が必然ではないが容易に現出し得る状況がもたらせられることで足りるとする蓋然性を意味する」「法第4章では、企業結合によりその市場構造が非競争的に変化して、当事会社がある程度自由に価格・・・左右できる状態が容易に現出しうると見られる場合」と捉えていることについては、賛成します。ただし、6以下に述べるように、具体的な運用にはやや疑問があります。

 

6.寡占的市場について(第3の2(2)、第3の2(1)(参考1)<1>

 原案は全体の書き方や第3の2(1)(参考1)の内容から、原案は1社が市場力(市場支配力)をもたない場合でも、寡占的市場を規制するという立場をとっているのでしょう。この点について、私は全面的に賛成します。

 他方、原案で最も気になるのが、寡占的市場の定義の部分です。原案は、「いわゆる寡占的な市場」に言及し、「上位3社累積シェアが70%を超える場合等」と定義したうえで、寡占市場に変化する場合、競争者間において協調的行為が行われやすくないことを考慮するが、ただし、有力な競争者の存在が牽制力となる場合もあるので、牽制力となるか、協調要因となるかは、市場の過去の競争の状況、とくに市場シェアや価格変動状況を参照する、としています。

 企業結合規制によって寡占市場の形成・強化を規制するということは、一般に行われており(米国水平合併ガイドライン、ドイツ競争制限禁止法23a条、23b条など。ECはやや特殊ですが、合併規制が寡占をも規制すること自体は今年3月のKali+Salz事件欧州裁判所判決で確認されました)、このような方向を明確に打ち出したことは賛成です。また、寡占市場にも協調的寡占と競争的寡占があり、前者をターゲットにすべきという点も理論面では賛成できます。

 しかし「いわゆる寡占的な市場」を「上位3社累積シェアが70%を超える場合」等とするのは、「等」という文言が入っていることを差し引いても、あまりにもシェアの数字が高すぎると考えます。この数字をHHIに置き換えると、あまりに大きな数字になってしまいます(市場内の企業を1位から並べて40%, 20%, 10% として2100以上、HHIが低く出るように30%,30%,10%としても1900以上。)。米国の上記ガイドラインはHHI1800を3段階の寡占市場の中で最も寡占が進んだ市場と捉え、HHI1800を超える市場ではHHIの増加が50以上あれば次の審査段階に進み、増加が100以上では直ちに違法性を推定します。ドイツ競争制限禁止法は、3社集中度50%以上、および5社集中度66.6%で競争制限効果(市場支配的地位)を推定します(同条同項2号)。これらに比較すると、3社集中度70%超という数字はあまりに高いと考えます。

 原案は、独禁法18条の2の価格の同調的値上げの市場構造要件とリンクさせようと考えたのかも知れませんが(たしかにそうすると独禁法の体系上はうまく説明できるでしょう)、18条の2の市場構造要件をみたす場合が寡占であるのは間違いないとしても、これをみたさなくても寡占が成立することは比較法が教えるところからも明らかだと思われます。私は、かつて「18条の2の監視対象産業レベルの市場構造を作る企業結合を規制できるか」どうかを独禁法が寡占規制を行えるかどうかの1つのメルクマールとして提示したことがありますが(経済法学会年報18号15頁)、逆に18条の2の市場構造基準をみたせば寡占市場規制として十分であるというつもりはありませんでした。寡占市場規制として企業結合規制を用いるためには、より低い数字にしたうえで、協調的寡占か、競争的寡占かなど原案にあるような考慮要因をおくべきです。したがって、3社集中度70%という数字については、米独の数字を参考にしてより低い数字にするか、それが困難であれば最低限70という数字をだすのはやめるべきだと考えます。

 この関係で、第3の2(1)(参考1)<1>のホワイトリストが、寡占的でない市場で、シェア25%以下、順位2位以下の場合をホワイトとするのは、問題があると考えます。たとえば、シェア14%10%の会社が合併して2位となり、合併後の市場で1位以下が35%, 24%, 10%となるとします。この場合、HHI1621から1901に増加し、増加分は280であり、ドイツ(3社集中度69%>50%)でも米国(1901>1800280>100)でも違法性が推定されます。このようなものをグレイというのはともかく、ホワイトとするのは問題であると考えます。

 

7.有力な競争者による牽制力について(第3の2(2)ア)

 原案は、「有力な競争者の存在が牽制力となっているか協調要因になっているか」と述べている点については、理論的には妥当だと思いますが、過去の相談事例を見る限り、牽制力となっているかどうかの判断要因が必ずしも説得力があるとはいえないものもあったように感じます。もちろん、相談事例では限られたデータしか一般に公表されていないという事情もあるのでしょうが。寡占は長期的な問題であり、一時的な牽制力にすぎない場合、単なる将来に対する期待にすぎない場合、競争型寡占がが協調型寡占に移行するおそれがある場合など、安易に競争型寡占と認定すべきではないことはいうまでもありません。協調型寡占や寡占における共謀の立証については新産業組織論やゲーム理論の分野で研究が進んでいますので、これらの成果を取り入れた分析も有効でしょう。この点で、原案に対してさえ八幡富士合併事件同意審決を引きずったものだという誤解もあるようですので、別物だということを明確にする意味でも、「牽制力」という概念を上記の経済学の用語等によってリファインするとともに、より踏み込んだ記述をとくに考慮要因について行うべきではないかと考えます。

 

8.破綻会社の扱いについて(第3の2(3)ア総合的事業能力等)

 原案は、実質的に債務超過に陥っているか運転資金の融資が受けられない状態であって、近い将来倒産し市場から退出する蓋然性が高い場合には、一般に、独禁法上問題になるおそれは小さいと考えられる、とします。

 いわゆる破綻会社や倒産寸前会社との合併については、米国において倒産会社の抗弁(failing company defense)が認められますが、(1)近い将来において債務を支払えない場合で、(2)連邦破産法11条に基づいて再建できない場合であり、(3)他の適正な申し出を実現すべく誠実に努力したが不成功であって、(4)合併をしなければ当該企業の資産が退出してしまう場合、という厳格な4条件をすべて満たさなければなりません(水平合併ガイドライン5.1)。ECにおいては、とくに旧社会主義国の編入以後この問題がクローズアップされ(1)(2)の要件は若干異なりますが、(3)(4)はみたす形で判例法が形成されています。とくに(3)のより制限的でない代替的な手段があったかどうか(いわゆるLRA)については慎重な判断がされ、EC委員会は選択的な相手を探知するための手続さえもっているようです(最近のEC裁判所の判断として前述のKali+Salz合併事件判決およびとりわけ法務官意見参照)。

しかし原案の本文は(3)の要件に一切言及していません。たとえば、市場に1位から順次シェア40%A20%B10%Cがあったとして、Bが倒産寸前であるとすると、Cが取得する意思があったにもかかわらずAが取得しても当該合併は許容されることになり、その結果A60%C10%という市場になります。しかし、Aによる取得を禁止すればBCが合併し、A40%C30%になり、両市場におけるHHIの差は11003700+α-2600+α)にもなります。この場合、ABの合併がなければ3700超という数字にはならなかったということで、破綻会社との合併ではあっても合併と競争制限との間に因果関係があることになります(ただし、埋蔵量が枯欠した鉱山のように合併してもBのシェア分がAのそれに付け加わらないような場合は因果関係がないということになるでしょう(いわゆるGeneral Dynamics抗弁))。この因果関係の観点からも、LRAの考慮は不可欠と考えます。過去においては監督官庁が主導的に合併をセッティングするといったことが多かったためにこの問題が実際には問題になる(問題にできる)ことは少なかったのかも知れませんが、規制緩和後の金融分野のように民間主導で大規模な合併が行われる事態が増えればこの問題はとくに重要と考えます。原案は<例>において、「両社を支援できる企業が他に見あたらないことも考慮され」とするのは、このような考慮をすることを<例>の形で示唆しているのでしょうし、その趣旨はよくわかりますが、<例>にあげるだけでなく、何らかの形で本文にこの文言を入れることが、国際的整合性の観点からも、また透明な独禁法の運用という点からも、必要であると考えます。

 余談ですが、様々な非競争的な配慮がいわれるボーイング・MDの合併事件ですが、FTCの決定においては、MDGeneral Dynamics抗弁が適用できるかどうかというもっぱらの法的争点についての多数意見とアズケナガ委員との見解の対立であったということは、具体的事件の結論の是非はさておき、破綻会社の問題を考える上で参考にしてよいと思います。

 

9.効率性について(第3の2(3)ウ効率性)

 原案に対してはおそらく様々な意見が出るでしょうが、原案の表現が適切であると考えます。

 

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