(注意)以下のものは原稿提出後に法律が全面改正されたため、ボツになったかわいそうな原稿です。あまりにかわいそうなので、ここに公開します。なお、したがって、ここに書かれている内容は、1999年1月から施行されたドイツ競争制限禁止法の解説ではなく、旧法の解説ですので、十分に注意して読んでください。また、これは校正の過程を経ていないため、いくつかのミスがある可能性があります。

 法改正を反映した新ヴァージョンはこちら 。こちらは出版前の評価版です。重大な間違い、ケアレスミスなんでも結構ですので、お気づきの点はメールでご連絡ください。(注意)新ヴァージョンは4月出版予定です。出版されるとこちらは削除されます。

 

ドイツの独占禁止法制

 

1 ドイツ独占禁止法の仕組み

 歴史と概要 ドイツの独占禁止法は競争制限禁止法(GWB)です。この法律は、連合軍(英米仏)の占領時代から準備されてきましたが、占領終了後の一九五七年、長期にわたる国内的議論を経て制定されました。この法律の理論的背景には、オイケン、ベームなどのフライブルク学派の自由経済理論、いわゆるオルド・リベラリスムスがあります。これは社会的市場経済理論ともいわれ、機能的に競争経済を発展させるために競争過程における制度的枠組みを国家が確保すべきだとし、またナチ時代の反省から競争の維持や競争制限との戦いは経済的効率の促進だけでなく政治的自由の確保のために必要だとします。この法律は、米国反トラスト法と違った独自性をもち、その後のEC法の形成に強い影響を与えてきました。

 競争制限禁止法は、一九六五年、一九七三年、一九七六年、一九八〇年、一九八九年の五回改正され、一九七三年と一九八〇年の改正が大きな改正です。競争制限禁止法は、ドイツ法の伝統的な考え方から、(a)法律行為と(b)事実行為とに、さらに(a)をカルテル契約規制(1)、垂直的制限規制(2)に、(b)を妨害、濫用規制(5)に分け、さらに市場支配的地位の濫用規制(4)をおきます。一九七三年改正は、これに加え、事実行為によるカルテル規制(相互協調行為規制)、および独占・寡占市場の形成・強化を防止する企業結合規制(6)を新設し、一九八〇年改正では企業結合規制がさらに強化されました。現在、EC競争法との調整のための第六次改正が進行中であり、規制緩和による適用除外の縮小、企業結合規制・濫用規制の手直しが予定されています。

 法の執行 主要な執行機関は連邦カルテル庁ですが、行為の効果が一つの州に限定される場合は各州のカルテル庁が執行します。しかしこの場合にも企業結合は連邦カルテル庁の担当です。このほか、連邦経済省が、競争以外の公益に基づいて、実際の事例は少ないものの、特別カルテルの許可(八条)および企業結合の許可(二四条三項)を行います。また独占委員会は、行政権限はもちませんが、企業結合規制などで重要な役割を果たしています。競争制限禁止法に違反する行為に対しては、法律行為の無効、行政処分、過料(ただし刑罰はありません)および民事的制裁(損害賠償、違法行為の差止)が用意されていますが、どの制裁が科されるかは行為類型により異なります。なお、競争制限禁止法は、域外適用についていわゆる効果理論を明文で採用しています(九八条二項)。

 なお、競争制限禁止法のほか、不正競争防止法によっても、ボイコット、差別行為、略奪価格等が規制されています。前者をカルテル法、後者を競争法と呼ぶのが一般的です。

 

2 カルテル規制

 カルテル・相互協調行為の規制 競争制限禁止法一条は、「企業または企業の結合体が共通の目的のために締結する契約および結合体の決定は、競争制限によって、商品・役務の取引に係る生産または市場関係に影響を与える性格を有することとなる場合に、無効とする」とします。市場関係への影響があるというためには、市場への影響が知覚可能(spuerbar)であればよく、市場占拠率が五%を超えない中小企業の企業間協力が許される場合もありますが、価格カルテルや入札談合はたとえ市場占拠率一%でも規制されるといわれています。一条は水平的契約(共同ボイコットを含みます)に適用され、垂直的契約は一五条以下で規制されます。一九七〇年、連邦最高裁は、一条にいう「契約・決定」を民法典上の法律行為概念に限定する解釈を採り、事実行為によるカルテル等が規制できなくなりました。一九七三年改正はこの不都合を手当するため、相互協調行為規制(二五条)を導入し、契約(法律行為)概念で捉えきれない競争企業間の意思の一致も捕捉できるようにしました。ただし意思の連絡さえ伴わない意識的平行行為まで規制するものではありません。

 制裁 一条に違反する行為は無効です。カルテル庁は、カルテルの実施を禁止する命令を出します。さらにカルテル契約の無効を無視する行為は秩序違反とされ(三八条一項)、カルテル庁は、裁量により、一〇〇〇万マルクまたは違反行為によって得た超過利得三倍を上限として過料を科すことができます。ただし、秩序罰は無効な法律行為に従って行動することに対して科せられるのであり、単なる契約の締結、決定への参加は過料の対象ではありません。損害賠償については、競争制限禁止法はドイツ民法典の一般原則をほぼ踏襲するため(三五条一項)、保護法規性の有無が問題になり、一条が一般的に個人の保護法規とまではいえませんが、共同ボイコットや入札談合では保護法規性が認められ損害賠償請求の対象となるといわれています。

 最近の例では、消防用ホースの数量割当、価格協定等により六社およびその役員に対して四六〇万マルクの過料が科されました(一九九三年)。また、プラスティック製瓶ケースの主要な製造業者三社が、瓶ケースに関する特許プールを行い、特許ロイヤルティの共同で決定したことが、違法だとされました。

 適用除外カルテル 競争制限禁止法は二条〜八条でに、一条の適用を受けない適用除外カルテル一〇種類を定めています。一九九七年現在、適用除外カルテルは約二五〇件存在しますが、最も多い約一〇〇件が中小企業カルテルです(五b条)。なお、適用除外カルテルは原則として内容が公開され、濫用規制を受け(一一条以下)、競争制限禁止法に根拠のない適用除外はほとんどありません。

 

3 垂直的制限の規制

 再販売価格維持契約・価格推奨 垂直的制限規制は一五条〜二一条に定められています。競争制限禁止法は、垂直的取引制限を、@相手方と第三者とが結ぶ契約の内容を拘束する契約、A相手方と第三者とが結ぶ契約以外の相手方の活動の自由を制限する契約に分けて規制します。@は一五条により無効とされています。典型は再販売価格維持契約であり、相手方の契約の自由に対する侵害という考え方から、原則禁止主義が採られています。ただし、書籍、雑誌および新聞の再販売価格の拘束(出版物再販)は適用除外を受けますが(一六条)、この場合も濫用規制があり(一七条)、さらに最近この適用除外制度がEC法に整合するかが問題になっています。商標品の再販についても適用除外がありましたが、一九七三年に廃止されました。

 競争制限禁止法は、さらに再販売価格を推奨する行為も秩序違反行為とします。したがってドイツでは希望小売価格の表示等も禁止されます。ただし、商標品の価格推奨については、拘束的でない価格推奨は許されますが、濫用が監視され、拘束的でない旨商品に表示するなどし(三八a条一、二号)、かつ事実上も強制してはならないとされています。

 排他条件付取引など Aは原則として適法な行為であり、濫用監視主義が採られています。専門店制などの排他条件付取引、拘束的販売制限、抱き合わせ取引などがこれに該当します。著作権、意匠権、商標権のライセンスも同様の規制に服します。しかし特許権、実用新案権、ノウハウなどのライセンスは、二〇条、二一条により、一般に特許権等の権利の範囲内などうかで違法かどうかを判断する立場(権利範囲論)がとられています。

 最近の例では、大手旅行代理店二社が、スペインの観光地の一五のホテルと、ドイツの他の旅行代理店に部屋を販売しない等の排他的契約をしたことが、連邦カルテル庁により違法だとされました(裁判所に係属中)。

 

4 市場支配的地位の濫用規制

 市場支配的地位 当初、競争制限禁止法は、企業結合規制をもたず、市場支配的地位の形成には介入しないで、その地位の濫用のみに介入する立場をとっていましたが、現在は市場支配的地位の濫用および企業結合による市場支配的地位の形成・強化の双方が規制されています。これらの規制はかなり複雑です。二二条は、市場支配的地位の濫用を規制するとともに、企業結合規制とも共通の要件である市場支配的地位を定義しています。

 市場支配的地位は、当該市場に、@競争者がないか、実質的競争にさらされていない場合(二三条一項一号)、またはー一九七三年改正で新設されたーA競争者との関係で優越的(ueberragend)地位を有する場合(同条同項二号)に認められます(以下、「独占的市場支配的地位」)。Aの判断に当たり、考慮要因として、市場占拠率、金融力、供給市場・販売市場へのアクセス、他の事業者との結びつき、他の事業者の市場参入に対する法的または事実上の障壁が規定され、さらに一九九〇年改正で、購買力に係る要因として、供給・需要を他の商品に変更しうる力、取引先を他の企業に変更しうる力が追加されました。

 さらに、B寡占的市場支配的地位が定義され、二以上の企業が当該企業間で、市場において事実上の理由から、市場において実質的な競争が存在せず、かつこれらの企業全体として一項の要件をみたす場合にこの地位が認められます(二二条二項)。

 推定規定 次の場合に、市場支配的地位が推定されます。Aについては、一企業で特定の商品・役務について市場占拠率三分の一以上、かつ年間売上高二億五〇〇〇万マルク以上(二二条三項一号)、Aについては、三以下の企業の市場占拠率の合計が五〇%以上または五以下の企業の市場占拠率の合計が三分の二以上で、かつ年間売上高一億マルク以上です(同条同項二号)。

 支配的地位の濫用 カルテル庁は濫用行為を禁止し、契約の無効を宣言できます。ただし過料の制裁はありません。濫用行為は、搾取的濫用(価格濫用)、妨害的濫用に分けられます。搾取的濫用は、不当な高価格などをつける場合などですが、不当な高価格規制は、価格介入に対する原理的な疑義のほか、一九八〇年の連邦最高裁判決がこの規制に消極的な態度を示し、現在はあまり行われていません。ただし、過剰なリベート、ディスカウントシステムのような濫用的な価格システムの規制は行われています。妨害的濫用はとくに政府規制分野においてより活発に規制され、エネルギー産業、最近民営化された電気通信、郵便、鉄道などでは、独占的サービス市場での利益を競争市場に補填し競争者を妨害しないよう監視がなされています。

 最近の例では、ルフトハンザによるフランクフルト・ベルリン路線の独占的価格付けが価格濫用とされ、ベルリン高裁判決この判断を支持し(一九九七年)、医薬品の大手卸売業者三社が、並行輸入業者の並行輸入した医薬品を薬局に販売することを拒否したことが、妨害的濫用とされました(一九九二年)。また、

 

5 妨害・差別行為規制

 ボイコット 二六条一項は、企業または事業者団体が、特定の企業を不当に侵害する意図をもって、他の企業等に特定の企業に取引拒絶を勧めることを禁止します。

 妨害、差別的取扱い 二六条二項第一文は、二二条にいう市場支配的企業、適用除外カルテルを行う団体、出版物の再販価格維持をするものが、「同種の企業が通常行うことのできる取引において、他の企業を直接または間接に不当に妨害し、または同種の企業に対して正当な理由なく直接または間接に異なる取り扱いをしてはならない」とします。さらに、一九七三年および一九八九年改正により、中小企業の保護の観点から、市場支配的地位がなくても、取引相手または競争者との関係で相対的に有力な地位にある者に対しても同じ規制が課されるようになりました(同条同項第二文)。この結果、行為主体が広く、差別的取引が広くカバーされ、さらに本条の行為は保護法規性が認められることから、本条は私人間の損害賠償請求訴訟において広く利用されています。本条違反行為は過料の対象でもあります。

 

6 企業結合規制

 届出制度 競争制限禁止法は、売上高を基準に、@事前届出・審査制、A事後報告制を設けています(二四a条一項、二三条一項一号)。@の基準をみたす企業結合は義務的な事前審査に服し、連邦カルテル庁が届出受理後一ヶ月以内に審査開始を通知し、届出後四ヶ月間審査され、この期間経過後に企業結合が禁止されることは原則としてありません。Aの場合届出受理後一年間は禁止を命じられる危険があり、事前に任意に届け出てこの危険を回避することもできます。

 企業結合の定義 二三条二項が企業結合を定義し、@資産の全部・重要部分の取得、A会社の議決権付持分の二五%、五〇%、それ以上に至る各段階での取得、B会社契約、支配的影響力を行使できる場合などです(二三条二項)。

 禁止要件 二四条一項は、「企業結合によって市場支配的地位が形成され、または強化されることが見込まれる場合」、「企業側において、当該企業結合によって競争条件の改善が現れ、かかる完全が市場支配の弊害を上回ることを証明しない限り」、「連邦カルテル庁は、当該企業結合を禁止するものとする」とします。独占的市場支配的地位の形成、強化の判断に当たっては、前述の二二条一項二号と、法定の考慮要因が重要です。寡占的市場支配的地位の形成、強化の判断では、企業結合の結果、二二条三項の推定規定の水準に達しても、さらに寡占企業間に実質的な競争が存在しないことの証明が必要とされるので、証明が困難でした。そこで一九八〇年改正は、企業結合規制のための推定規定を新設しました。独占的市場支配的地位では、@大企業の中小企業分野への進出、A大企業とすでに市場支配的地位にある企業との結合、B大企業同士の結合について、企業の売上高、市場占拠率を基準とされ(二三a条一項)、寡占的市場支配的地位では、市場占拠率に基づいて二二条三項の推定規定について立証責任を転換します(二三a条二項)。@〜Bは水平型だけでなく混合型の企業結合をも規制しドイツ法の特徴となっています。

 連邦経済大臣の許可 連邦経済大臣は、右の基準をみたす企業結合について、競争以外の観点から、@競争制限の不利益が当該企業結合のもたらす経済全体に与える利益によって償われる場合、A企業結合が重大な公共の利益によって正当化される場合、申立に基づき、かつ独占委員会に諮問した上で、企業結合を許可することができますが(二四条三項)、後述のように、実際に許可される件数はわずかです。

 企業結合の実態 一九七三年から九四年末の間に、連邦カルテル庁は一一〇件を正式手続により禁止し、五八件が直ちに確定し、三分の二は裁判所により禁止が覆され、一六件は計画が撤回されるなどし、五件が経済大臣の許可を得ており、七件は継続中です。九件は経済大臣への許可の申請が棄却されました。また一九九五年には、一五三〇件の企業結合が審査され、四件が禁止、八件は届出前の連邦カルテル庁との非公式な話し合いの後企業が計画が撤廃され、他の七件では、届出後連邦カルテル庁の禁止の意向を示したところ計画が撤回されました。実務上、連邦カルテル庁は、企業が競争条件を改善する具体的措置を約束すれば、約束の履行のための担保措置をつけた上で承認する条件付承認制度(約束制度)をよく用います。

 新聞・雑誌の出版業の企業結合については、民主主義を守る目的から、規制を強化し、売上高を一般の場合の二〇倍と定めています(二三条一項第七文)。

 

参考文献

鈴木孝之「西ドイツ競争制限禁止法の論理(1)-(12)」公正取引三八四号―三九六号一九八二―一九八三年

伊従寛編・日本企業と外国独禁法 日本経済新聞社 一九八六年

正田彬編・アメリカ・EU独占禁止法と国際比較 三省堂 一九九六年

Langen/Bunte, Kommentar zum deutschen und europaeischen Kartellrecht, 8.Aufl., 1997

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W. Moeschel, Recht der Wettbewerbsbeschraenkungen, 1983

V. Emmerich Kartellrecht, 7Aufl., 1994

Taetigkeitsbericht des Bundeskartellamts 1995/1996

OECD, Competition Policy in OECD Countries: 1994-1995 (1997)

【泉水文雄】