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「はしがき」より

 統計解析をしたい、統計解析の手法を身につけることは大事だと思っていても、どのようにしたらよいかわからないという人は少なくないと思います。かつて私もそうでしたし、これまでにわたしが接してきた多くの学生や大学院生、研究者の中にも、そうした人がたくさんいました。
 たいていは、統計解析は数学的センスが必要な難しいもので、人文・社会系の人間には向かないと思い込んでしまって、いわゆる「食わず嫌い」になっているようです。「統計解析を勉強しようと思い立ったけど、数式だらけでちっともわからないから投げ出した」とか「Σ(シグマ)の記号を見ただけでゾッとする」という声もよく聞きます。
 しかし、この本を手にしたあなたは安心してください。この本に書かれている通りにやれば、いままで苦手にしていた統計解析がウソのように簡単に行うことができるようになり、統計解析がずっと身近なものに思えるようになるにちがいありません。これは、無責任な励ましの言葉ではありません。もう30年以上も前のことですが、コンピュータやプログラムのことについて何もわからなかった私が、当時は大型計算機センター(といっても、知らない人も多いかもしれませんが)でしか使えなかったSPSSやSASといった統計解析ソフトを入門書を片手に見よう見まねで利用したときの経験から、確信をもって、そう言うことができます。そこで、当時の自分を思い出しながら、統計解析に関して全くの初心者−ウルトラ・ビギナー−がSPSSという便利なソフトを使って統計解析を実際に行うことができるようになるための入門書になれば、と思いながら書き進めました。入門書といっても、要点にサラッと触れて、あとは別の本で各自が勉強せよ、ということのないように、これ一冊で統計解析の基本を学ぶことができ、SPSSの操作が不自由なくできるように心がけました。
 SPSSという名称は、Statistical Package for Social Sciencesの頭文字をつなげたもので、あえて日本語にすれば、「社会科学のための統計計算ソフトの詰め合わせ)」とでも言えましょうか。もちろん、統計解析は自然科学だろうと社会科学だろうと学問分野に関わらず行われていますから、SPSSも自然科学系の研究に利用できますし、実際に頻繁に利用されていますが、「社会科学のための」というところがみそで、そこに秘められているのは、“統計学を苦手としている社会科学系の人のために気軽に使える統計解析ソフトの詰め合わせをご用意いたしました”というところでしょうか。もし、多くの社会科学系の人が統計理論やコンピュータのプログラミングに精通していたら、このようなソフトは決して生まれなかったでしょう。各自が自作のプログラムで統計解析を行えば済むからです。
 実際、統計解析ソフトの利用者の多くが統計理論や解析のアルゴリズム(計算の方法)について熟知しているかというと、そんなことはありません。むしろ、その逆であるといった方が事実に近いでしょう。統計解析ソフトは、「統計理論やアルゴリズムについて詳しくなくても統計解析ができる」ことを目的に開発されてきたからです。そうでなければ、SPSSやその他の何種類もの統計解析ソフトが現在のように普及するはずはありません。そういうことですから、この本を手にしてこれからSPSSで統計解析の方法を身につけようと思っている人も、気負うことなく気楽な気持ちで始めて下さい。
 もちろん、統計理論やアルゴリズムを知らないよりは知っていた方がよいことは言うまでもありません。本来ならば、統計理論や各種の分析手法の詳細について学んだ後に統計解析ソフトを用いることが望ましいでしょうが、この本は、SPSSを使って統計解析を行うときの基礎を身につけることを目的にしていますので、統計理論の詳細やアルゴリズムにまでは深入りしません。それらについては、統計解析ソフトを使いながら少しずつ学んでいく方が理解しやすいでしょう。統計解析ソフトを使い慣れていくと、次第に統計理論やアルゴリズムに関心が向いていき、それらについて知りたいと思うようになるはずですが、まずは、統計理論を学ぶことと統計解析を行うこととは別のことだと割り切って始めることにしましょう。ちょうど、そのメカニズムがわからないままに自動車を運転し、パソコンや携帯電話を使い、デジカメで撮影するように、統計解析ソフトをデータ解析の道具として活用できるようにすることを目指しましょう。
 道具を上手に使うことができるようになる秘訣は、「習うより慣れろ」であることは誰でもが経験的に知っていることです。そして、スポーツや芸術活動でも同じですが、初心者にとって大事なことは、形から入っていく、あるいは、その通りに真似をしていくことです。学ぶ(まなぶ)は学ぶ(まねぶ)=真似る(まねる)と語源が同じです。学ぶことは真似ることなのです。統計解析ソフトを利用することも、統計解析の方法を身につけようとする際に、まずは形から入っていくこと、真似ることだと思って下さい。理屈は抜きと割り切って難しく考えないことが上達の早道です。そこで、この本を手にしたら、まずはパソコンの前に座って、書いてある通りに真似しながら実習してください。
 どのようなソフトでも、それを購入したときにはマニュアル(解説書/手引き書)がついています。SPSSにも、「ユーザーズ・ガイド」というとても詳しいマニュアルがついています。Base Systemと名付けられた基本パッケージには657頁の日本語版「ユーザーズ・ガイド」と774頁の英語版「ユーザーズ・ガイド」がついています。そして、SPSSのプログラムで使う用語やプログラムのしかたについて詳細に説明した1,994頁もの英文マニュアルもついています。
 それらを読みこなすことができれば難なくSPSSを操作することができますが、マニュアルというのは、どの製品についても言えますが、詳しければ詳しいほど初心者にはわかりにくいものです。たいていは一目見ただけで「うえっ」となって全部に目を通すことなく投げ出してしまうことになります。詳しい操作方法を解説した分厚いマニュアルは、使い慣れた人にとっては便利でしょうが、初心者にはちんぷんかんぷんで、かえって興味を失わせてしまいます。これでは、せっかく統計解析の方法を身につけたいと思い立っても、統計解析は難しくて手に負えないという印象をあたらめて植えつけられるだけです。SPSSを使って統計解析を行う基礎を本書で学んだ後に、これでは物足りないと思うようになったら、そうした詳細なマニュアルにも目が向いていくことになるでしょう。そのときには、あなたは、もう、ビギナーを卒業していることにみなります。
 統計解析に関して誤解されていると思われることについて触れておきましょう。よく、「統計をいじくったって何がわかるか」とか「数字だけでは深い意味はわからない」、「SPSSでちょこっとやったっくらいで分析したなんて言うな」などということが言われます。たいていは、統計解析を苦手にしている人とか、統計解析に理解を示そうとしない人の発言です。統計解析を分析の方法として用いている人は、統計解析が万能などと思っている人は誰もいないでしょう。統計解析が必要であったり、有効な分析と考えられる場合に統計解析を行っているのであって、何が何でも統計解析をしなくてはならないなどと考えているわけではありません。
 統計解析−もっと一般的に言えば統計理論−は、どちらかといえば、疑い深くて慎重で、控えめであることを特徴にしている、と私は思っています。統計理論における確率や誤差、仮説検定の考え方は、憶測や思いつきと揺るぎない信念で大胆に自説を展開することと正反対の思考方法だといえます。
 統計解析に馴染んでいくと、さまざまな事象を説明するときに、言ってみれば、おっかなびっくりというか、こうかもしれない、ああかもしれない、ひょっとすると間違いかもしれないと思いながらおそるおそる作業を進めていることに気がつくはずです。そして、統計解析から得られる結果に関しては、「えい、やっ」と言い切ってしまえないもどかしさを覚えるかもしれません。統計解析なんかしなければ、もっと大胆に自説を主張できたのに、と思うかもしれません。そう感じるようになれば、あなたは統計解析の真髄に一歩近づいたことになります。
 最近では、わかりやすいとか簡単に読める本というと、子ども向けの絵本のような「読まずに見る本」と思われているようです。そして、そうした本でないと多くの人が手にしてもらえないような雰囲気があります。しかし、初学者がそうした本を必ずしも歓迎しているわけでもないことも私は知っています。そこで、「見てわかる」本ではなくて、「読んでわかる」本になるように努めました。そのために、繰り返しや重複する部分、説明が長たらしいと思われる箇所もあると思いますが、実習しながら読んでいけば、そうしたことも納得してもらえると思います。
 取り上げた例題やデータは、私の専門が社会学であることから社会科学系のものばかりですが、この本で学ぶ統計解析の方法は人文・社会科学、自然科学に関わりなくさまざまな領域に適用できますから、想像力をたくましくして自分の専門分野の課題やデータに置き換えて読み進めていってほしいと思います。
 この本で取り上げた解析手法は、SPSSの基本パッケージであるBase Systemに収録されているものに限られていますが、その他の解析手法に関しても、この本で学ぶことが十分に参考になるはずです。また、この本で説明していることは、SPSS以外のさまざまな統計解析ソフトの操作や出力の読み方にも参考になるはずです。本書が、統計解析ソフトを使いこなしてデータを有効に分析する方法を身につける一助になれば幸いです。